奈久留が死んで10日後の事だ。

緋色

俺、ちょっと修行に行ってくる。


 緋色はボク達に別れを告げた。よその町へ行くと言う。頭をかいて照れくさそうに彼が笑った。

緋色

だって、いつまでも弱いままじゃ、創たちに守られてばかりじゃカッコ悪いもんな!


 頭をかいてぎこちなく笑う緋色は、いつもの緋色のように見えた。挙動不審なその表情を除けば本当にいつも通りの彼だった。

奈久留はボクが冷凍保存しておいた。


 ボクの言葉に緋色の笑みが霞む。空を見て、その後彼はまたボクへ笑った。

ボクが、ボクがいつか奈久留を絶対に助ける! 約束だ、緋色!


 ボクと緋色は腕を絡める。『みれい』は頭を伏せて緋色の前に居た。ゆっくり振り上げられた顔の下で唇が狂おしく動いている。

みれい

緋色は死なないよね? 私の所に戻ってきてくれるよね?


 みれいは胸の前で腕を組み緋色へ願った。

緋色

ああ。


 緋色がみれいの髪を優しく撫でる。そして緋色はボク達に背を向けた。

みれい

待ってよ! 私を置いていかないでよ、緋色!


 振り返らずに緋色は答えた。

緋色

助けてほしい時は呼んでくれ。何処からでも駆け付ける。


 ボクとみれいを残して緋色は旅立った。苗字を持たない幼馴染の緋色はその日、夕陽と共に赤茶けた山へと沈んでいった。

【2033年、イバラキ。ヒト腹創】

みれい

創! どうすればいいの? 聞いてるの? 創!


 意識が6年前から帰ってくる。



 皆が『ペストネズミ』に近づけず手をこまねいていた。果敢に近づこうとするキメラ(仲間)も居る。けれどその全てを、『みれい』と『飼葉(かいば)タタミ』が抑えていた。

 背に『タタミ』が体を寄せる。そのミディアムストレートの黒髪がボクの肩に触れた。

『飼葉タタミ』。彼女は飼育・調教兼、お茶くみ隊長である13歳の女の子だ。

タタミ

リーダー。『みぃちゃん』なら行けるよ。


『みいちゃん』とはボク達が作った猫ベースのキメラだ。体長11mの巨体で、うちのメンバーで唯一『ペスト』に強い耐性がある。

 しかし敵体液の噴出は免れない。いくら『みぃちゃん』が良くてもボク達が感染する。

 けれど『みぃちゃん』しか安全に戦えるメンバーは居なかった。

お困りのようだね、『化け物クリエイターズ』の諸君。

……誰だ? お前は。


 頭上を見上げると、民家の上に何者かが立っていた。黒い帽子鳥形の仮面を被った長身の男。そいつは高いそこからボクを見下していた。

歯車フォーチュン

『歯車フォーチュン』と申します。キミたちには是非とも挨拶がしておきたくてね。

あんた、このキメラ(ねずみ)達のリーダーかい?


 鳥仮面のそいつが頷く。杖を突き、そのくちばしがボク達を前につり上がった。

おいおい。こんなお粗末なものじゃなく、もう少し『格』のある奴らを連れておいでよ。ネズミ3匹じゃ、うちの『みぃちゃん』だって腹ぺこさ。

歯車フォーチュン

そうかい。失礼したよ。


『歯車フォーチュン』そいつが喉を鳴らし笑った。表情は仮面の中で読み取れない。

歯車フォーチュン

なら、うちの子たちは肩を借りようじゃないか。その『みぃちゃん』に。……それでは、皆さんごきげんよう♪


『フォーチュン』はハットを手に頭を下げた。

逃げるのか?

歯車フォーチュン

いやいや。世間に響く『化け物クリエイターズ』さんがどれほどのモノかと思ってね。……いや、とんだ期待外れだったよ。


 杖を振り屋根上で陽気に足を鳴らす。その背がボク達から立ち去ろうとしていた。

最後に聞きたい。お前、……6年前この街に来なかったか?


 その背が止まる。ハットを目深に被り『フォーチュン』は笑った。

歯車フォーチュン

さぁ、どうだろうね。


歯車フォーチュン

……あ、

と、『フォーチュン』が顔だけを振り返らせる。

歯車フォーチュン

そうそう。私もキミ達に言いたかった事がある。


 その仮面のレンズが煌めいた。顔の角度を変えることなく『フォーチュン』はボク達に語った。

歯車フォーチュン

――ネズミ肉、美味シソウに食べてたよ。あの子。


 喉を震わすその姿に、腕がチカラを抑えることを許さなかった。

 杖を鳴らしてその背が屋根を渡っていく。燃える夕日に向かい悠々とボク達から遠ざかっていく。追いかけようとするボク達を『フォーチュン』の僕(しもべ)である巨大なネズミが阻んだ。

『みぃちゃん』が襲い掛かる。だが『みぃちゃん』と巨大ネズミの交戦はすぐに均衡が崩れた。3対1、しかも『みぃちゃん』はボク達に『ペスト』が感染らないように、ボク達を守りながら戦うしかない。

みれい

みぃちゃんっ!


 みれいが悲鳴を上げる。みぃちゃんの巨体が民家を押し潰し倒れていく。

――大変そうだね。


 知らない男が路地裏からボク達の元は歩んでくる。それは、あの『フォーチュン』とは別の男だった。

 齢は50くらいだろうか? フォーチュンより歳を重ねているように見える。幅のある肩、大きな体躯で、彫りの深い顔に幾つものシワを蓄えている。その目は無邪気に笑っていた。彼は自身の左手側に剣を携え居合の姿勢を見せた。

 一方的に、街を壊し、みぃちゃんを虐げた巨大ネズミたちは、その剣に危険を感じたのか、目標を男へと変更し襲いかかった。

 それは瞬きの間に起こっていた。
 一瞬で大気に6つの太刀筋が奔る。本当に、見えないくらい一瞬の出来事だった。

ジョーカー

これも、……朽ちた世の綻びか。


 男の呟きののち、巨大ネズミ3匹はそのままの姿勢で前傾に倒れた。奥の建屋、『化けクリ』メンバー、全てを無傷に、巨大ネズミ3匹にも一切の傷が見受けられない。

ジョーカー

四肢の腱を切った。あとはキミ達が好きにするといい。

みれい

あなたいったい? いったい何者なの!


 みれいの声を受け、剣を納めた男が振り返る。

ジョーカー

私に名は無いよ。どうしても名を呼びたかったら、……そうだね、『ジョーカー』と呼ぶといい。


 唖然とした顔でみれいが口にした。

みれい

ジョーカー(切り札)?


 男、『ジョーカー』は優しい笑みを示した。軽々とその巨体を立ち上げボク達へ語る。礼節に満ち埃を払う所作(しょさ)すら見せない。

ジョーカー

そうだ。キミ達が欲すれば私は文字通り『切り札』となろう。キミたちが私を、『ジョーカー』を手札に加える事が出来たら、だがね。


 ――『ジョーカー』と名乗る男が去っていく。茫然と立ち尽くすボク達を置き捨て、陽を背にして何処までも歩いていく。

 それが、謎の男『ジョーカー』とボク達『化け物クリエイターズ』の出会いだった。

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