――

――様

数奇様

あ……

数奇

……すみません、何でしたか?

先ほどから、手元が全く動いていません

あ……

数奇

……すみません

その……とても美味しいです

…………数奇様

考え事をなさらないように、などとは申しません。ですが、せめて食事中は、胃腸の負担になることは避けてください

数奇

……はい

…………

……その程度の注射痕でしたら、心配なさらずとも数日で痕跡なく消えます

ど う し て

ですので、食事の間くらい落ち着いてください

……はい

……わたくしには、分かりません

数奇


何が、でしょうか

……数奇様の、最近のご様子です

数奇

失礼を承知で申し上げますが

数奇様はお優しい。
デザートよりも甘すぎます

数奇

僕が、ですか?

ええ

……どうして、ご自分に害を与えようとした者のことまで心配する必要があるのですか?

まして今回は自業自得……数奇様には責任の一端もございません

数奇

……花藤(はなと)さん

数奇様の博愛は、いずれ数奇様自身を危険に追い込みます。
今回も危険な橋をあえて渡られたのでしょう?

得心がいきません。もし今回のようなことをお続けになるおつもりなら……

大丈夫です

数奇様……

数奇

花藤さん。
僕は、人の命に上下をつけることはしたくありません

過ちを犯したから、犯罪を犯したから、命を粗末に扱われても良い。そういう風には、思えません

生きていれば、過ちを犯すこともあります。僕もそうです

僕には、それを責めることはできません。肯定も否定もできません

「どうして」と聞かれても、納得のいく理由は言えません

ただ、助けたいんです

善悪の判断ではなく、取捨選択をすることなく、目の前のその人を助けたいんです

……きっと、傲慢な考えなんでしょうね

……いえ。わたくしとしたことが、ご無礼を

お許しください、数奇様

……僕に気を遣っていただく必要などないと、何度かお伝えしたはずです

……そもそも、敬語を使う必要も

それに対しての返答も、何度もお伝えしたはずですが

ですから……

食器を片付けて参ります。
それからに致しましょう

僕も片付けます。
……ご馳走様でした

お粗末様です

夜暮

すみません、書類にインク落としちゃいました

五日町

……後で片づける。
今は別の書類にかかれ

は~い

五日町

……

……お前は

五日町

何故、「所有」に意味を見出す?

夜暮

うーん

それ、地味に答えるの難しくないですか?

夜暮

だって、僕には当たり前の考えですし。
1足す1が2なのを証明しろって言われてる気分です

五日町

成程

夜暮

あー、でも、ちょっと思い出したことありました

五日町

何だ?
手は止めるな

夜暮

いや、昔のことなんですけど

小学生の時、初めて付き合ったコが束縛オッケー系だったんですよ

というか、好きでいてくれてるっていつも証明してほしい、みたいな

五日町

ほう

でまあ……中学校別になって自然消滅するまで付き合ってたんですけど

まあ、凄く正直な子で。
単純に付き合ってて楽しかったですし、なんで別れたみたいになったのか今でも分かんなくて

思ったんですよ、やっぱり離れるとあんなにしててもダメなんだなって

五日町

……

夜暮

で、ペット飼ったらすごく気持ちが落ち着いて。
ああ、こうしてれば良かったんだなぁ、と

それは

あ、そのときはちゃんと動物ですよ。モノって名前のメス猫。
もう寿命で死んじゃいましたけど

五日町

では、「輝夜樹照」のことはどう考えている?

夜暮

……なんか今日、環さんいっぱい話してくれますね

輝夜樹さんのことは……
そうだなぁ

最初はテレビで知って、面白い人だと思って……

夜暮

あ、そうだ。たしか、闇サイトで調べたんですよ。なんとなく

五日町

ほう

夜暮

何でしたっけ、たしか、「ヒトサシユビ.こm」とかいうサイト。
もう警察に摘発されて潰されてますよね

あそこに、一瞬だけ輝夜樹さん本人の書き込みがあったんですよ。
五日町さんなら知ってるかもしれませんけど、一部の事件の詳細とか、本人じゃなきゃ書けないようなことが書かれてて

それで、ビビッときちゃって

だって、選ぶ対象や選別基準が僕の好みと完璧に一致してるんですもん

初めて趣味の合う人を見つけた気分でした。しかも、僕よりずっとうまくやってる

これって運命じゃないですか?

五日町

……そうか

夜暮

はぁー

話聞いてても五日町さんの手って止まりませんね

五日町

お前はずっと止まっていたな

夜暮

あはは。すいません

……花藤さん

先ほど言ったことですが

……もし

もし僕の行動が、善でも偽善のためでもないとしたらどう思われますか?

数奇様?

……僕は、あの人を、恐れています

輝夜樹照という人を

自信がないんです

……僕にはあの人を、止められない

もし、あの人が何か恐ろしいことをしようとしたら、僕には、何も救うことができない

そう……思ってしまうんです

だから、無暗に怯えるのだと言ったら……どう、思いますか

勾留中の被疑者、もう有罪になることは覆らない人に対して何を考えているのか、とお思いになるでしょう?
……情けない話です

……

安心……してしまうでしょうね

え?

一年間も殺人鬼に誘拐・監禁されていた人間が、まだ正常な感覚を喪っていないことに

きっと私は安心するでしょう

そして

まだその人間が、人に助けを求めることに絶望していないことに

……まあ、大切に保護されてしかるべきなのに、危険に立ち向かうのは自分なのだと信じて疑わない点は、まだまだ直していただかないと困りますが

……

よく意味がお分かりになっていない、という顔ですね。
……それで構いません

今は、まだ

‡4.9 理由は要らない ―ⅱ

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