木原と向き合って座る。木原が知っていることは、私が隠していたことだ。木原が先に口を開く。

木原 悠月

君のことについて知ったのはつい最近かな。君が退学届けを出したって理事長から聞いてね

足立 環奈

その理由を探って、私がやんごとなき家のすごい人であることがわかったということですね

木原 悠月

実はちーちゃんからも君が元気ないとか様子がおかしいっていう相談が来たんだ

足立 環奈

……

 木原は回想する。
 2日前、ちーちゃんからメッセージが届いたのだ。
 環奈の様子が少し、気になると……。

環奈ちゃん、最近黙っていることが多くて、
悩んでいるような、深刻な顔をしていました

どうしたのって言っても何でもないよって笑うのですが、すぐに元の表情に戻っちゃって

いつも笑顔なんですが、目が笑ってないことが多くて、怖いのです。環奈ちゃん、大丈夫かなって

悠月先輩、隠密行動が得意なんですよね。環奈ちゃんをこっそりと調べてくれませんか。
環奈ちゃんの元気がない原因が、私なのか、それとも他のことか

お願いします

 小牧千夏のことについて知っていることは、不幸体質ってことしか知らない。自分と関わった人間はだれもが不幸になってしまうことを言っている。
 そんなことしか知らない。

足立 環奈

千夏は……

 と言ったきり口をつぐむ。視線を右往左往させて落ち着きがなくなる。悠月は黙って環奈を見る。環奈にこのことは秘密にするからとささやいた。

足立 環奈

いずれ言わなければならないことですね。みんなには

 悠月は環奈の話を静かに聞く。環奈は落ち着いて話をつづけた。

足立 環奈

千夏は……みなさんが追いかけている殺人鬼の関係者です。私の父はその殺人鬼を追っていた刑事でした

木原 悠月

刑事でした……って?

 悠月は千夏の事実に驚いたが、環奈の父についての証言が気になった。過去形ということは何かあったのだろうかと。

足立 環奈

父は、今病院で癌の末期なんです。医師からはあと一か月は覚悟してくださいって言われました

 環奈の声は少し震えていた。父親とあまり一緒に過ごせなかったから、学校に行っても身が入らないことから環奈は退学届けを出した。

足立 環奈

嫌になったんです。学校に通うことが、あの閉じ込められた空間にいるのが耐えられなかった

 口を開けば千夏のことしか言わなかった環奈の本音を初めて聞く。環奈とは距離を感じていた。
 千夏が自分たちといるときは、環奈もかかわるだけで遭遇しても目であいさつされるだけだった。

足立 環奈

何も知らなくて純粋な人たちが多くて、あの中にいると息苦しくて嫌でした。先輩たちのことは事前に調べていたから多少は好感を持ってましたが、私にとってはまぶしすぎてもったいないくらいでした

 環境を言い訳にするのはよくないけれどと前置きしてから環奈は語った。
 悠月が事前に調べていたことと一致していた。
 自分も複雑だけれど、環奈も複雑だ。
 同じ複雑だけれど、自分と環奈の違いは過去を吹っ切れているかどうかだ。

木原 悠月

環奈は、俺やみんなの事情を知っても遠い人と感じたんだね

足立 環奈

ごめんなさい。最低なことをしちゃって

木原 悠月

いや、誰だって知る権利はあるし、相手と深く関わる前にちゃんと調べるのはよくあることだから

 環奈が罪悪感を感じているが、悠月は受け入れている。自分の過去は簡単に言えば施設で育ったことである。どうして施設なのかは自分自身知っている。比較的幸せな家庭が多いこの世の中で注目される存在であると自覚している。

木原 悠月

過去は過去、今は今。感情に振り回されたら、前に進めないからね

木原 悠月

けれど、俺は今環奈に憤りを感じているんだ

 怒ってはないけれど、悠月は環奈に話を続ける。
 環奈はまるで過去の自分のようであり、今言わなければと彼女に迫る。

木原 悠月

君は学校に通うべきだ。今は休んで家族の元にいてもいいけれど、ちゃんと通うべきだよ

足立 環奈

……

木原 悠月

理事長から頼まれたことでもあるけれど、俺も環奈が退学するのは嫌だな。学校で会えなくなるのが嫌だ

足立 環奈

会えなくなるのが嫌?

 環奈は説教をされるのかと身構えたが、そんな厳しいものではなかった。簡単なことを言われた。

足立 環奈

まあ、確かに学校で会えなくなるのはつらいでしょうね。親しくしていた人がいなくなったら

木原 悠月

環奈だからだよ。環奈がいないと、俺にとっての生活が成り立たない

足立 環奈

え、生活ですか?なんかすごい話になってません?

木原 悠月

大事な話だよ。俺は今の時間を大切にしたい。仲間といるのはこの時間だけなんだって。かけがえないものなんだ

足立 環奈

確かにそうですね。いつまでも今が続くとは限りませんし、この時だけしかないものってありますよね

 自分のことを重要視しないように語って話を終わらせてみるが、悠月は引かない。
 冷静な人かと思ったけれど、話してみれば熱い人だ。

木原 悠月

いなくなったらすごく世界は変わるよ。環奈は重要人物なんだ

足立 環奈

私がですか

木原 悠月

そう、一度は深くかかわったのに、自分とは違う人間でしたってデータだけの事実なのに何もしないなんてもったいないじゃん

足立 環奈

もったいなくはありませんよ。自分が無理せずに取捨選択をして人間関係を管理するのって結構大切ですよ。誰もがすべての人類と仲良くできるわけではありませんから

 そろそろ寝たいなと思い始めた。自分は退学したいけど、木原先輩は反対している。実は足立家の人にも反対された。青春は一度しかないとか、なんとか。

 自分の話が通じないことに次第にいら立って、環奈は舌打ちした。

足立 環奈

どうだっていいじゃないですか。私がいようがいまいが

 自分の心の醜さが一気に出たなあと感じる。どす黒くて深いな匂いがする自分の心の中。詩音に対して当たった後少し後悔というか胸糞悪いなと思っていた。

足立 環奈

何なんですか、あなたは。気持ち悪いですよ。なんで私に執着するのですか。面倒くさいなあ

 自分は独りぼっちなんだって感じている。その寂しさが簡単には取れなかった。この気持ちを暴力行為で発散していた。
 悪を退治して、自分の心が浄化されるのを試したいた。

足立 環奈

みんなの言っていることが信じられないからだよ。友情とかそんなの、簡単に壊される弱いものなのに、なんでそんなのに幻想持っているだって

 自分が千夏と関わったのは調査のためだ。千夏のこれからが心配で、事件の解決が彼女の命運を握るからって……。

 悠月は環奈の怒りを受けていた。そして、頭をぽんぽんと優しくなでた。

木原 悠月

そうだね、友情とかそういうのって永遠に不滅ではないけれど、ある場合もある。環奈はこの世界の矛盾について深く考えていたんだね

 その手が、声が優しくて心が震える。さっと暖かいものが頬を伝い、静かに流れていく。

木原 悠月

似ているよ。俺もそういうことを常に考えていた。でもね、俺は夢や希望にあふれている方を選ぶんだ

 ぎゅっと抱きしめられる。いつの間にか自分は泣いていたようだ。こうして誰かに抱きしめられるのは久しぶりだった。つらいときは一人で膝を抱えて自分の中で処理していた。

木原 悠月

俺は今までの自分を不幸とは思ってないよ。今の自分がいるのはみんなと出会ったからなんだ。環奈は俺にとって大事な人だよ

 小さいころ、父親が申し訳なさそうに自分を抱きしめてくれた。それは自分が足立家に引き取られる前のこと。自分の物語の最初のページであった。

木原 悠月

俺は環奈の大事な人になりたい。会ってよかったと言われたいんだ。どんなに君に拒否されても、俺は君を支えるよ

 それが悠月が環奈を退学させたくなくて失いたくない理由だった。

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