一年前 某所

――それから今までのところ

I がその話術を

 用いたことは―――
  

芳賀 駿人

あったよね?

五日町

……

芳賀 駿人

……といっても僕は、当時の警察内部のことはそこまで詳しく知らないんだけどさ

檜原絵巻物ビル爆破事件

……

あの事件のとき、僕は本当に驚いたんだ

僕はあの「子」のことをかなり頼もしく思っていたからね。実際面白い事してくれたし

……

まさか、逮捕からわずか数日で、首謀者として僕の名前を吐くまでに堕落するなんて思わなかったよ

あの件のおかげで、僕の名前が警察に知られることになった

ある意味感謝しているけど……

あのときから僕は、警察を警戒することにしていたよ

あの有能で忠実な子から、情報を引き出せる人材がいる組織だと

芳賀 駿人

……その相手に、こんな形で会うことになるとは思ってなかったけどね

五日町

……そうだったか

芳賀 駿人

あの子、きみが本気で「話して」あげたんだろ?

五日町

……

芳賀 駿人

あの事件は大きかった。犯人の取調べは重大な要件だっただろう

きみが拒んでも、きみの能力を知る者が、何もしないでいることを許すかな?

…………

……ねえ、環ちゃん。取調べって、ずいぶん一方的なコミュニケーションだよね

容疑者は情報を出したくない。刑事は引き出したい。単純に考えて、互いの目的は相反してる

その容疑者に勝つってことは、相手の心を曲げるってことだよ

五日町

捜査は勝ち負けではない

芳賀 駿人

勝負だよ。僕たちと君たちの、ひとつの盤上のゲームだ

舌戦。心理戦。
これを制する大きな駒を警察は持ってる

それが君だ

最強の駒、
女帝(クイーン)

Queen

それだけのことだよ

もしきみがそう思わなかったところで、これは、相手の駒を奪う戦いだ

相手を曲げて言葉を引き出すのは、一種の洗脳だ

その言葉を意識的に使っても、何も変わりはしないのに

違う

その盤内で、きみだけが、本来の力を出していない。この勝負を、勝手に降りている

僕に、本気で当たってこようとしない

きみには、クイーンには、それが許されているのに

違う

芳賀 駿人

違わないよ。
あの頃からずっと、

あの頃とは違う!

……

今の……それは、知っている

内心の自由

たとえどのような人間でも、どのような結果に繋がる思想でも、思考は制限されてはならない

それが芳賀駿人、お前であっても

思想は何者によっても制限されてはいけない

どうして?

僕は警察……いや、きみが思っている数の倍は人を殺してるよ

きみの言葉を使えば、それを全部検挙できる。遺体を見つけてあげられる。無念を晴らせる。僕を早く裁くことができる

……情に、訴えるつもりか

情じゃないよ。きみの正義感に

……

おかしな話だよ。誰しも持っているはずの正義感を、きみは制限されなければならない

きみには公正な目も、それを執行する力もあるのに

……

僕には、環ちゃんがただ、意味もなく自分を律しているようにしか見えない

僕は、クイーンなしで勝負できるほど格下の相手かい?

対等であろうと格上であろうと、本来ルールに記されている以上の動きは出来ない

だからさ

きみには許されてるんだよ

少なくとも、一度は許された

そうだろ?

っ……

そのときの話はするな

……

あのときの、話は、しないでくれ

……気に入らないな

芳賀駿人、止めろ

きみの背後に、何者かの意図を感じる

きみの行動に、別人の思惑が見える。誰?

近づこうとするな

環ちゃん、僕は本気で聞いてるよ

触れようとするな

きみはどうして、そうやって……

触れるな!

……やはり、首か

っ!

……ネックレスなんて、して

……いけない子だな

こんな風に、謀るなんて

この首は魅力的だと、かつて言ったな

お前が、自由を、奪われて、から、一ヶ月近く、……経つ

そろそろ、殺人衝動が、……溜まって、きて、いるのだ、ろう?

はっ

……ああ

目の前に魅力的な首が――
絞めやすい首が見えていれば、掴んでしまいたくなるほどに

ネックレスをしていれば、それを引きたくなるほどに

こうなるのを分かっていて、煽ったね?

はぁ

衝動を、解消、すること、が、できなければ、……どこに、エネルギーが、飛ぶか、分から……ない

ならば、その、前に、小出し、に、発散……させ、た、方が、――

誰が考えた?

……う

環ちゃんじゃない

環ちゃんは、こんな一時しのぎにもならない、こんなことは、思いついてもやらないよ

誰?

誰がこんなくだらないことを考えて、環ちゃんにやるように命じた?

芳……賀、

環ちゃんの上司? 情報限界第陸域(リミットシックス)の奴ら?

それが「カルガモ」の名付け親?

やっぱりだ。
きみの背後で、誰かがきみを制限している。操っている

はっ

はぁ

輝夜樹、照……

あ……

環ちゃん、大丈――

はっ

胸鎖……乳突、筋、斜角筋、僧帽筋。
首の、筋肉は、多少鍛えて、いる

は、ぁ

……

誰、かの、指示があったとしても。
これが覚悟だ

死と引き換えでも、変える気はない

……使わない。
お前に、そんなものは、使わない

環、ちゃん

使わない――

――それってやっぱり、枷は法だけだよね?

僕には、環ちゃんが、形骸化した「ルールを守る」って概念に、ただ縛られてるようにしか見えないよ

形骸化。ケイガイカ

……そう見えるかもしれないな

ただのがらくたに、しがみついて

それで僕も、救えずにいるなんて

……?

……僕は、救われたいんだよ

ねえ、環ちゃん。
五日町、環

僕を、救ってくれよ

――ああ

――そうやって何人が、いや何十人が、お前の教唆で犯罪に身を堕とした?

……へえ

すごく「いい流れ」だったのにな

僕の真剣な頼みに、それ言っちゃう?

言うさ。何度でも

一年……いや、まだ11ヶ月くらいかな?
あの頃のことを思い出したよ

……あの日か

一週間前、会った際に「初めて会ってから一年記念」と言っていたな。ならば、あれは、十一ヶ月と十日前だ

計算しちゃう? そこ

単純な暗算だ

……環ちゃん

今日僕と目を合わせないね。何かあった?

何もない

ほら、逸らしてる

その様子だと……僕に何か悟られたくなさそうな……

……もしかして、数奇くんに何かあったね?

それも、「子供」関連で

……どうだろうな?

誰?

もし、僕の「子供」の誰かが勝手に危害を加えたんなら、僕には、そのオイタを罰する責任がある

僕が「子供」を精査できてなかったのが原因なんだから

そのような責任も権利も自由も、お前にはない

できないと思ってるわけじゃないでしょ?

……やはり、組織内部に内通者が存在するのは確実なようだな

あ、ばれちゃった?
僕に「お話」して、暴いてくれても良いんだよ

……そのようなことは、決してしない

くだらないことで話を脱線させるな

あはは、相変わらず堅いな

おそらくは、ただの嘘だったのだろう

だが、もしも

芳賀駿人。お前が本当に、救われたいというのなら

完璧には程遠い方法でこそ、救ってみせる

To be finished someday.

‡4.5 堪えるにも程がある ―ⅴ

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