その翌日の朝、電話がかかってきた。日曜日になるとどうしても早起きできず、今日も電話の音で起こされた。応対すると電話の声はこう告げた。

おはよう。お母さんよ。今日の夜、空いてる?

空いてるけど

じゃあ広島プリンセスホテルのロビーで六時に待ってるわね

そう言ってお母さんは電話を切った。私は少し考え込んだ。広島プリンセスホテルは広島市の市街地にある有名なホテルだ。そんな所で待ち合わせなんて、どういうつもりなんだろう。
お母さんは離婚してからも私とは月に一回ほど会って、二人で外食をしたり買い物をしたりしていた。夫婦の縁は離婚で切れるけど、親子の縁は切れない。親子三人では円満な家庭を築けなかったのかもしれないけど、良好な家族の形態のようなものに私をつなぎ止める貴重な存在だ。
一般的な家庭の場合だと親というものは子供が欲しいものをねだってもなかなか買ってくれないのだが、お母さんは私には甘く、何かに欠けた家庭像を埋め合わせるように何でも買ってくれた。だからというわけではないけど、私はお母さんが大好きで、その分父子家庭で育ったことにも不満を持たなかった。
 夕方になるとバッグに必要なものを入れて家を出た。このバッグも私がねだったわけでもないのにお母さんが買ってくれた高級ブランド品だ。今やすっかり私のお気に入り。これを持ち歩いているのを友達に知られてうらやましがられたこともあったけど、金額よりもそこに込められた愛に価値があるつもりでいた。
 電車に乗って広島駅に向かう間、あることがふと脳裏をよぎった。鳩美から告白されたことをお母さんに相談してみようか。でも、そうすると危ない世界に足を踏み入れたと思われて心配させてしまうかもしれない。だったら名前を出さずに一般的な恋愛として相談してみようか。誰かに相談してみようかという気持ちと秘密にしておこうかという気持ちが心の中で入り混じっていたけど、答えが出ないまま電車は広島駅に着いた。
 言われた通り六時頃になって、私が広島プリンセスホテルに入ってロビーを見渡すと、見覚えのあるお母さんの姿はすぐに見つかった。

お待たせ

私の方から声をかけたけど、いつもと様子が違って見えた。

よく来てくれたわね。じゃあ場所を変えようか

と言ってエレベーターの方へ歩いて行って、そのままエレベーターに乗り込んだ。どこへ連れて行くんだろうと思った。
 目的の階とおぼしき所に着くと、あるレストランに入って行った。お母さんが店員に名前を告げると

お待ちしておりました

と席に案内した。おしゃれな作りの机と椅子。テーブルには刺繍の入ったテーブルクロスがかかっていて既にナイフとフォークが数本ずつ並べられていた。何なの、この店は?
 まもなく蝶ネクタイをした店員がメニューを手渡した。そこにはポワレとかブレゼとか聞いたことがない言葉が並んでいた。
 半ばうろたえていると、お母さんは

一番高いのでいいわね?

と二万円もするコースを示した。一回の食事にそんな大金を費やしたことのない私は、しばし絶句してその場の流れに身を任せるしかなかった。
それにしても今日はどうしてこんな店に連れて来たんだろう。そう思うとお母さんと対座して緊張してきた。漫画やドラマだと純朴な青年が彼女をこんな店に連れ込んでプロポーズする場面があるけど、今日のお母さんは何かあるんだろうか。まさかこれから私と心中するつもり? いずれにしても何かあるなと私は直感的に感知した。そう思って私はしんみりとした雰囲気の均衡を破ってみた。

今日はどうしてこんな店に連れて来たの?

やっぱりわかってしまうものね。親子なんだから

お母さんは一呼吸置いて続けた。

私ね、東京に行くのよ

えっ……

軽く驚いて率直な感想が言葉にならなかった。どうせ、そんなことだろうと思っていたけど、やはり性急な告知はショッキングなものだ。

今、付き合っている人が大江戸予備校の数学の先生なんだけど、息子が今年から東京の大学に進学したのよ。それで一人暮らしをさせるのは心配だからって東京の校舎へ転勤を希望したの。だから私も彼と結婚して東京に行くのよ。だから、あなたと会うのもこれで最後になるかもしれないわね

そうか。これは最後の晩餐なのか。

そうね。お母さんにはお母さんの人生があるんだもんね

私の方もお母さんのよき理解者であろうと努め、わがままを言わなかった。それがわかると先ほどまでの緊張が解けてきた。
 会食が終わると二人でイルミネーションを見ながら街中を歩いた。そう言えば、去年の今頃も二人でイルミネーションを見たなとふと思い出した。その光は心に染み込んできた。イルミネーションは東京にもあるんだろうけど、これと同じものはここにしか存在しない。それが私たちの郷愁を誘った。
 お母さんにとっては、この夜景が見納めになるのだろうか。私はしんみりとしたその場の雰囲気に身を浸していた。
 いつか素敵な男性に見初められて、この平凡な日常から連れ出してくれるなんて願望もあるけど、お母さんにその時が来たのだろうか。今、私は切なさに満たされている。
いつまでもその場の雰囲気に浸っていたかったけど、別れの時はまもなく訪れた。

さよなら、由梨。元気でね

 そう言って去って行くお母さんの言葉は私の中でいつまでもリフレインした。
 帰りの電車の中で言葉にならない複雑な感情が心の中を満たした。同じ所を通っているけど、方向は正反対。でも、正反対なのは電車の方向だけじゃない。私は時代という大河のさなかに流される自分の人生について考えていた。
 この世は無常で変わり続ける。川を流れる水が常に入れ替わり続けているように私の人生を往来する人々も絶えず通り過ぎて行くのだろう。今回のことも人生の経験の一つとして私を一回り成長させてくれるのだろうか。
でも、もしこれがなかったらどうなるんだろう。お母さんは永久に私のそばにいてくれるのだろうか。仮に今回のことがなかったとしても、いずれは死という形で別れは訪れる。それがいくらか早くなっただけかもしれない。変わらない時がいつまでも続くと思っていたけど、出会いの数だけ別れはあるんだ。その避けられない命題は私の心に深く沈み込んだ。

 帰宅するとお父さんが先に訊いた。

今日はどうだった?

お母さん、再婚するんだって

そうか。それもいいかもね

もう何とも思わないの? 一度は心を通わせた人なんでしょ

離婚した時点で自分の気持ちには一区切り付いているよ。それにお母さんのこれからを応援したい気持ちもあるしね

 そんなものかと私は一応納得した。
 その夜、恋愛と制度の関連について考え続けた。結婚することは制度に当てはまること。戸籍上夫婦と認められるし、所得税の控除や年金の扶養といった優遇措置も受けられる。お母さんはそれが自分の幸せと信じてその選択肢を選んだんだ。
 でも、逆に互いに愛し合っていても制度の方で祝福されない場合はどうなんだろう。例えばロミオとジュリエットのように。同性愛もそう。それは二人の間に交わされた感情以上のものにはならない。それは本当の幸せと言えるの? 
 そんなことを考えながら、いつの間にか眠りに落ちた。

 翌日、登校すると教室の一角に五、六人の人だかりが出来ていた。さりげなく紛れ込むと、大衆的な雑誌を見ながら世間話に花を咲かせているようだった。それをのぞき込むと「ふられた女は狙い目」なんて見出しだった。何なの、それ? と思って一団の一人に尋ねた。

これはどういうことなの?

失恋して傷心に浸っている女は他の男になびきやすいんだって。そういうの私たちにはまだ早いけど、憧れちゃうよね

 そういうものなの? というのが私の第一印象だった。
 でも、人間の営みを見渡してみると、思い当たることもある。『落窪物語』だと零落した女を貴族の色男が救い出すし、あるいは人生の岐路に立たされた若者がオウム真理教に入信した事例もある。人は潜在的に白馬に乗った王子様や新興宗教の導師に連れ去られたいという願望があるのではないだろうか。
 それは救済を待つ方だけではない。救済する方も救済する対象を求めているのかもしれない。『源氏物語』では幼くして母親と死別した光源氏はそれに生き写しと言われた藤壺の宮を思慕するようになり、それも叶わないと知ると、その姪の若紫を幼少の頃から養育し、自分の妻に仕立て上げた。誰かを愛しても、それを受け止めてくれる相手がいないこともある。愛が実らない時は行き場のない感情に心が乱されてどうかなってしまうのかもしれない。
 そして、それは今の私の境遇にも似ている。実の母親と別れた私は愛を求めているのかもしれない。こんな時に素敵な人が現れたら、なびいてしまうかもなんて思ったりした。

 一日の日程がいつも通りに進んだその日の放課後。校門を出た直後に「由ー梨っ」と由の字を長音にして私を呼ぶ声が聞こえた。鳩美だった。
 あの一連の事件の後で鳩美と二人で並んで歩くと、緊張してうまく話せないと思ったけど、この時はなぜかいつも通りに接することができた。

聞いたわよ。あんたのお母さん、東京に行くんだってね

どうして知ってるの?

昨日、うちに来てお別れを言いに来たのよ。私もちょっぴり寂しいわ

 しんみりとしたその声があたりの空気になぜかなじんだような気がした。

私は両親がそろっている家庭に憧れていたけど、これでさらに遠ざかってしまったわ。人生ってこんなものなのかな?

桜の花は限られた時期にしか咲かないけど、地球が太陽の周りを公転して同じ所に帰ってくると、また同じ花を咲かせるのよ。人間の社会はせわしなく動いているけど、その土台の自然は同じことを繰り返しているのかもね。私はそうポジティブに考えているの。だから心の中の桜前線はいつも北上中よ

でも、人間は過去には戻れないわ

そうだけど、だからこそ新しい出会いもあるのよ。お母さんと会えなくなるのは寂しいかもしれないけど、そんな経験をした人はその分、誰かを深く愛せるようになるんじゃないかな。だからあんたも前を見てよ。若さって振り向かないことなんだからね

 その言葉を聞いて鳩美の方を向くと、鳩美が満月の輝きを放ったようだった。見慣れているはずの鳩美がどうしてこんなにキラキラして見えるの? 私はにわかに戸惑いを覚えた。
 共通の帰り道の終わりまで来て、別れ際に「またね」と言って別れた。
 帰宅してからも、このことを思い出すと胸の奥がほのかに熱くなった。鳩美の言葉は私の印象に強く残った。そして、初めて見たキラキラした鳩美の見え方。今日の鳩美は昨日とは違っているの? 私はしばらく考え込んだ。
 物心ついた時から水や空気のようにあるのが当然だった鳩美の存在がいつの間にか別の存在に変わっていった。そして、私の中で何かが変わり続けている。私の心に一つのものを形作ろうとしているこの感情は何なの? 
 私はベランダに出て荒涼とした秋の風に吹かれた。風は季節や天候によっていろんな表情を見せてくれる。心に季節感を呼び起こすそよ風や厳しく吹きすさぶ突風、時には雷雨を伴う暴風。
 でも、物理的には強弱の違いでしかない。それを異なった様相に感じさせているのは人の主観なんだ。人の主観は見る物を採々に変化させる。今の私もそう。鳩美の存在の見え方が私の心の中で確実に変化し始めているんだ。
 そうして風に吹かれているうちにようやく一つの結論にたどり着いた。私は鳩美のことが好きなんだ。心の琴線を震わせる感情にやっと気付いた。

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