それから一週間後。実行委員の初めてのミーティングがあった。それをクラスメイトに話すと

いいな~。生徒会長とお近づきになれて

なんて言う人がいた。
 この学校の生徒会長は若王子樹(いつき)さんという芸名みたいな名前の人で、その名に違わずなかなかの美男子で、ファンの間からは王子様なんて呼ばれている。生徒会長なら生徒の統合の象徴なのかもしれないけど、こういう行事でもなければ一般の生徒に接点はない。そんなにうらやましいなら、あの時立候補すればいいじゃないのと私は心の中で不平を言った。
 その日の放課後、私は会議室に行った。机には紙を折って作ったネームプレートが置いてあって、私は「二年三組」と書いてある席に座った。既にほとんどの人が着席していて、私のお向かいに当たる二年二組の席だけが空いていた。まだ開始の時間まで五分あるから遅刻ではない。知り合いがいないせいか一同はあまり話もせず、開始の時間を待った。
すると

皆さん、お待たせ~

と明るい声がして一人の生徒が入室し、二年二組の席に座った。私は心の中であっと声を上げた。それは鳩美だったのだ。鳩美は私に気付くと

あら、由梨も実行委員だったの? よろしくね

と声をかけたけど、私は突然のことに平静を装えず、黙りこくってしまった。
 そうしているうちに若王子さんが開始を宣言した。

それでは時間になったので、ミーティングを始めます

私は王子様ファンじゃないけど、文化祭は生徒会の最大の行事だけあって職務に励む姿が凛々しく見えた。
 まず全員に用紙が配られ、それが行き渡ると一同に通告した。

何をするのか、そして必要な道具を記入してください。備品は学校にあれば貸与するし、費用がかかるなら学校から支給します

私のクラスは「にわか茶道」をやることになった。クラスの中に茶道の経験者は一人もいないけど、付け焼刃で作法を覚えてやってみたらおもしろいかもしれないとある人が言い出したのだ。
空欄にそれを記入しながら、手を止めてふと鳩美の方に視線を送った。鳩美は下を向いて記入しているから目が合うことはなかったけど、独特の緊張感に包まれた。鳩美が一瞬前を向くと、あわてて机の上に視線を落とした。どうしたんだろう、私。鳩美と目を合わせられない。どうしてこんなにドキドキしているの?
 気が張り詰めっぱなしの時間はあっという間に過ぎた。いつもだったら鳩美と一緒に帰ったかもしれないけど、今はそんな気分になれない。解散すると鳩美が話しかけるより前にそそくさと会議室を出た。
 帰宅する途中、このことを思い出すとなぜか体が火照ってきた。以前なら実行委員の中に知り合いがいることで少しは気が楽になっていたかもしれない。だけど、今は全く違う。鳩美と顔を合わせることにためらいを感じてしまった。初めて感じるこの感情。これは何と名付ければいいんだろう。

翌日、土曜日だったので市内のショッピング・モールに買い物に行った。買い物と言っても自分の私物を買いに行くのではない。家庭のための食料や雑貨を買うのだ。父子家庭になってもう十年近い。主婦っぽいことにも慣れてきた。
このショッピング・モールは三年前にオープンした。自転車で通える距離にあって重宝する。人口が二十万人程度の都市にも大型ショッピング・モールが出来るなんて現代は便利になったものだ。
メモを見ながら目当ての品々を一通り買って帰ろうとすると、中央の広場の時計台の下に見覚えのある顔があった。若王子さんだった。こんな所で会うのは気まずいような気がしてとっさに建物の陰に隠れようとしたけど、考えてみたら彼は私の顔を知らないんだった。
それにしても一人で何もせずに立っているなんて何をしているんだろう。誰かを待っているのかな。まあ、そんなところだろうと思って、彼のいる方に背を向けて帰ろうとした。
その時だった。

樹ー

と彼の名を呼ぶ声が聞こえて、その声の主は近くまで駆け寄って来た。振り返ると私ははっと息を呑んだ。何とそれは鳩美だったのだ。

ああ、鳩美。昨日はご苦労だったな

そちらこそご苦労さま。あんたが会長をやっているところを初めて見たけど、なかなか板に付いていたわよ

そう言われると、ちょっと照れるな

惚れ直したわよ。憎いね

ははっ。そんな……

と言って鳩美の頭に手を置くと、整った髪がくしゃっと崩れた。

じゃあ少し時間をつぶそうか

鳩美はそう言って、二人でいちゃいちゃしながら、すぐそばの喫茶店に入っていった。
 その瞬間、私の全身に稲妻のような衝撃が走った。私はその光景を目の当たりにして絶句してしまったのだ。そして、目の前で起こった光景が信じられず、しばらく茫然としていた。名前で呼び合っているなんて、この二人はどういう関係なんだろう。あれはただの友達じゃない。特別な関係なんだ。私は瞬時に察知した。
帰宅してから微熱を帯びた心身を落ち着かせようとしたけど、尋常ではない事実を前に心臓の鼓動は加速する一方だった。
鳩美は私に告白したのに。私のことをからかったの? それに私は今どうしてこんなにドキドキしているんだろう。
この日の光景が私の脳裏に鮮烈に焼き付けられて離れなかった。

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