ハールとヴォルツヴァイが出会ってから一週間。行く当てもない彼らはモルタニスの城に滞在していた。ハールは女中の仕事、ヴォルツヴァイは猟犬のような仕事をし、未だに人の姿に戻るタイミングがない。
ハールとヴォルツヴァイが出会ってから一週間。行く当てもない彼らはモルタニスの城に滞在していた。ハールは女中の仕事、ヴォルツヴァイは猟犬のような仕事をし、未だに人の姿に戻るタイミングがない。
ヴォルツヴァイ、今日のご飯だよ。
モルタニスの城は使われているかわからないほど人がいない。そのためハールは歓迎されており、彼女の希望で狼である己も同じところで寝かせてもらっている。
俺が人の姿になれると知ったら、一緒には寝れないだろうよ。
なぜか己を知っているモルタニスが、彼女に名前と犬ではなく狼だということを教えても態度は変わらない。城にいると近くにいる。脱走する機会もない。
ハール、君に客人だ。
私、に?
……ああ。
……この子も、一緒でいい?
構わない。
かたかたとハールが震えている。そういえば彼女はどこかから逃亡中だった。それと何か関係があるのだろうか。
嫌な予感がする。
入れ。
……失礼します。
応接間と思わしき部屋にいたのは壮年の男。顔はどこかハールに似ているものがある。そして、冷徹な雰囲気を漂わせていた男は、ハールを見るなり駆け寄り、騎士のように跪いた。
おお、愛しき我が子、ハールよ! お前は気紛れな女神。
私を愛するが故に我が元を離れてしまった。だが私は名声や富より愛を選ぼう。
わが身を案じる優しき妻よ、我が手を取りたまえ! 世が何と言おうとも、私は君がいれば幸せだ。
バウバウ(何言ってんだ、このおっさん)
父様……。
さ、早く帰って、式をしよう。
父から逃れるようにヴォルツヴァイの後ろに隠れるハール。状況がわからないが一変した男の態度に引き気味のヴォルツヴァイ。
頭痛が痛いとでもいうようなモルタニスは、ヴォルツヴァイのために説明をする。
彼、ランケ君は少し前に妻を亡くした。彼女の遺言が、再婚するなら私と同じくらい髪が美しい者にして頂戴と言った。だが、彼女のような美しい赤紙の女性は見つからなかった。……一人を除いてはね。
バウ(おい、それって)
そう、彼女。ハール君だ。ランケ君の実の娘でもある。
歯も浮くような台詞を次々に言うランケ。父と結ばれるなんて理に反するが、それを強く言えないハール。
……な、に?
ハールの様子が一変した。頭を抑え、蹲る。「声が、聞こえる」とうわごとのように呟いた。
バーウ(ハール)!?
私、は、ランケ様の、妻、として……
誰かに言わされているようなたどたどしさ。驚愕の表情で見開いた目。明らかに、普通じゃない。
止めろっ!
っ! もごもご……
人間の姿に戻り、ハールの口を手で塞ぐ。
お主、これが彼女のエンディングじゃ!
天の声が脳内でワンワン騒ぎ出した。それでも構わない。いくら騒ごうが、俺の意志は曲げない!
おい、こんなエンディングなのか? 本人の意思なしに決められちまうのか? そんな、手前らの狂った取り決めなんざ、ぶっ壊してやるよ!
ほう、それで何をすると? 娘の前で父を殺すのか? それこそバッドエンドじゃな。
……。
目茶苦茶にしてやろうと思えば、(モルタニスを除けば)することもできた。だが、ハールの目の前で父親を殺せるのか? 婚約をしようとした変態だが、それでも血のつながった肉親だ。
モルタニス殿。娘を保護していただいたようだな。後で礼をしよう。
さ、行くぞ、ハール。
ヴォルツヴァイがまるで存在しないかのように、ランケはハールの背を押し、立ち去ろうとする。
……。
道をあけろ。
断る。
獣人風情が、私の命令を無視するのか?
ハール! これでいいのか? 俺なら、お前と一緒に逃げてやる。いや、逃げさせろ!
……
獣がキャンキャン騒ぐ……。少し、黙っていてもらおうか。
ランケは腰のサーベルに手をかけた。
やめてっ、お父様!
大丈夫だ、ハール。お前は騙されているだけ。私がどうにかしてやるからな。
ハールが押さえようとしたが体格の差に阻まれやんわりと振りほどかれる。モルタニスも立場上間に入れない。
そして、ランケはサーベルを鞘から抜こうとして……糸が切れた人形のように倒れた。
おっさん?
お父様……!?
……。
すくっと再び立ち上がる。意識は戻っているようだが、顔は能面のように表情を失っていた。
我はオルドヌンク。この世界の秩序なる者。
……あぁ?
これはエンディングのワンシーンじゃが、よく考えてみるとエンディングだけなのであって、途中過程を無視しておる。よってこれを不成立とし、お主の望みどうり物語的拘束力を無くしてやろう。
……て、ことは?
そこの娘、ハールはこやつに嫁がないこととなる。
……そう、できるの?
あの執着心さえも超えて結婚しないでいられるのだろうか。その疑問に、父の姿をしたモノは簡単じゃと言った。
こやつは女を髪中心で見ておる。つまり、こやつ好みの髪の持ち主を連れてくればよい。
……そんな理由で、私が?
そうじゃ。そして、他の嫁候補になる者は、別世界におる。
おいおい、それは無理な話じゃないのか? 別世界なんて、だれが信じるかよ。
モルタニス、そこは任せたのじゃ。
わかったよ。
それと、別世界に行くには、モルタニスのところを除くとグリムの所からしか行けぬ。
グリム?
この世界を創った者じゃな。
……!
この、狂った世界を作った、俺を作った存在?
言え! 奴はどこにいる!
すまぬが契約でわしは言えぬのじゃ。
では、それまでこの体はモルタニスの所に閉じ込めておくからの。
情報を引き出そうと押さえにかかったヴォルツヴァイをあっさりとかわし、オルドヌンクは部屋を出る。「どうすればいいんだよ」と言ったヴォルツヴァイに反応してか否か、天の声がその場にいた全員に言った。
あー、ついでにこやつも連れてってくれ。ちょっと今からそっちへ送るのじゃ。
今の声って、さっきの……。
私の、あの声も……。
君達に囁きかけていた声も、さっきのも、みんな彼だよ。
部屋の入り口から、何か重いものが落下したような音がした。振り向くと、銀髪の中世的な顔をした男が不思議そうに周りをきょろきょろと見ている。
誰だ!?
僕は魔法使いのアルモニー。グリム兄弟に用があってこの世界に来たんだ。よろしく。