その夜は眠れない夜だった。なぜか異常に暑い日だった。水でも飲んで体内に残りつつある熱を冷まそうとしたのだが、うまくいかない。

寝なきゃいけないのにな。眠れない

無理に寝なくてもいいじゃない?私も寝れない

 眠れない夜、中庭の植物でも眺めて過ごすことにした。明日は学校あるから寝たいところなんだけど、眠れないのは仕方ない。体育があったらきついが、明日は幸いない日だ。

詩音はどうするの?真由子さんの手伝いでもするの?

そうしようかなと思ったけれど、バイトの人たちで十分やっていけるみたい。せっかくの青春を楽しみなさいって言われたよ

あ、そうなんだ。一緒に別荘行く?

うん。行く。自然たっぷりだもんね、桐子のところ

 詩音は桐子の別荘に行ったらやりたいことを想像していたが、桐子の表情は硬かった。詩音は気になってそのことについて聞く。

実は、婚約者を紹介されるみたい

こ、婚約者。そうなんだ

不安だよ。生きている人間が怖いのに、婚約者だよ。結婚だよ。うまくいくか不安だよ

 詩音は桐子の愚痴を聞く。人間不信、それは桐子のトラウマの根幹にある。自分も人間不信のところはあるけれど、桐子のほうがひどい。

桐子、不安なのはわかるけれどあなたは大丈夫よ。今のあなたは前のあなたとは違うもの

そうかな……変わったところある?

 桐子自身は気づいてないかもしれないが、詩音の主観から見て少しは変わったなあと思うところがあった。

そうね……。前より明るくなったし、それに……

 と詩音は桐子に微笑む。桐子は嫌な予感がすると後ろに下がる。微笑みがなんとも嫌な感じがする。これは、何かに飢えているときの顔だ。

あなた、潤先輩に恋しているでしょう?

 詩音は乙女だ。恋バナが好きな乙女である。桐子は嫌な顔をして詩音を見る。

は?そんなわけ、好きとかそんなの言った覚えないし、何勝手に人の心を語るの?

 と桐子はそう怒ってはっとして口を噤む。控え目な桐子の口調が強くなるのは図星である証拠。そして心を語るということは、本当のことなのだ。

桐子、ごめんってば

明日の朝食で目を覚ましてあげるわ

 桐子はスマートフォンを操作している。激辛料理のレシピを探していたのだ。材料がちょうどいいレシピが見つかったとのことで不気味な笑みを浮かべていた。

私が潤先輩好きなの、内緒にしてよね

するよー、そんな言いふらすなんて小学生じゃあるまいし

 その結果、当の本人に伝えることにはなったのだが詩音はその日まで秘密にした。

潤先輩のおかげで、まだ頑張って生きようかなと思ったの。あの時、潤先輩に抱きしめられて、瑞希との過去を決別できたみたい

 そして詩音の話は終わり、悶絶している潤の番になった。

私が、生きる希望か

 詩音は潤が恥ずかしさで悶えたのかと思ったが事情は違うようだ。
 潤には秘密があったのだ。

きーちゃんの夢を壊すかもしれないけれど、実はきーちゃんに昔会ったことあるんだ。

 詩音は興味津々に潤のほうに身を乗り出す。

女装で、会ったんだ。姉の罰ゲームでね

 詩音は潤をじっとみる。
 線は細身で背は高いが、女装したら似合いそうだなと思う。
 実際、悠月からは女装した潤の写真を見せられたことがあった。

潤先輩、自信持ってくださいよ。
写真見たことありますが、似合ってましたよ

じ、自信ね……。いや、ここはきーちゃんに素直に話すか

 と潤が重い腰を上げる。
 詩音は潤の背中を見送った。

 その後桐子がどんな反応したのかは語らなかったが、潤の表情はすっきりとしていた。
 桐子にもこそっと聞いてみようと詩音は思った。

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