ミラ

ここで隊員証を作るのよ。

椎奈

あの……ここって……。

連れてこられたのはまた玄関ホール。琴乃さんと何度も(といっても3度ほど)訪れた場所だ。ここにそんな大事な窓口があった気はしない。

ミラ

違う違う。今回はこれを使うわよ!

ババーン!

と集中線で強調されそうな勢いのどや顔で紹介されたのはもう往復で使ったことのあるテレポーター。
私は正直悲しい気持ちでいっぱいだった。

椎奈

わ、わー。スゴイデスネー。

ミラ

そうでしょそうでしょ? これ最初に使ったときは私も驚いちゃったのよね。

琴乃さんとギスギスした時間をここで過ごしたなんて、言えるわけがない。自信満々のミラさんに――

椎奈

さっき琴乃さんと使いました!

なんて言えない言えない。もう考えるだけで申し訳なさというか、なんというか。背中がゾゾッとした。

ミラ

ふふっ。もう降りるわよ。

椎奈

で、でもまだなにもシテナイデスヨーー。

ミラ

でしょう。そう思うでしょう?でも!!

ババーーン!

再び。

ミラさんはとてつもなく楽しそうである。後輩が出来て嬉しい感じ丸出しの先輩のように見えて、さらに心苦しい。

ミラ

到着してるんだなーこれが!

椎奈

そ、その通りでございやす!

ミラ

うんうん。満足して貰えたようで何よりね。

満足していただけたようでなによりなのはこちらも同じである。

椎奈

っで、隊員証はどこで作るのでしょう!

ミラ

気になっちゃうわよね。気になっちゃうわよね!

若干さっきより大きな声になったミラさん。するとその声が聞こえたのか、奥から重そうな扉を開けてのそのそと誰か現れた。

騒がしいぞ、チェルノワール。

若干ノイズっぽい声。というよりも、何か機械を通しているような声に聞こえた。

その人はこちらを見ると何かを理解したのか、そのマスクをさっさと外した。

すまない。見苦しかったな。

椎奈

い、いえ!別にそういうわけでは!

いや、別に良い。君の反応はもっともだ。

マスクをしたら外したで聞き取りずらいかすれた小さな声。可愛げのある声なのはわかるから、すこしもったいない気もした。

ミラ

あら、ごめんなさい。そんなに騒いでるつもりはなかったんだけどね。

……これではどちらが子供かわからんな。

とてつもなく空気が悪くなってしまった。どちらが子供かわからないのは同感だし、あれで騒いでないと思ってたのかとも思ってしまったけれど、今の空気はあまり好きではなかった。

椎奈

あ、あああああ!隊員証でした隊員証!

ふふ、そうだったな。すまない、話をそらしてしまって。なあ、チェルノワール。

ミラ

ま、まあそうね。

では、奥に入るといい。そこで隊員証を作るからな。

椎奈

そんなに大変なんですか?

ミラ

大変ではないんだけどね、アナログな印字の技術がここにしかないのよ。

アナログな印字技術というのは、紙等に文字を手で書かずに文字を出力する技術。遠い昔には一般的な技術だったが、このカルネリアの中においては中々に貴重な技術になっているのだ。

完成まで多少時間もかかるからな。少しお話といこうじゃないか。

中はとてつもない量の冊子や資料の山だった。印字うんぬんと聞いていたので、私はもっと工場っぽいものを想像していたものだから、そのギャップに驚いてしまった。

椎奈

ほ、ほえぇ~。

私は奥で君の資料を基に隊員証を作ってくる。適当にくつろぐと良い。

椎奈

は、はぁ。

それだけ言って、彼女はどこかに消えてしまった。

ミラ

って言っても、くつろぐ場所なんてないのにね。失礼しちゃう。

椎奈

お二人は、仲が悪いんですか?

ミラ

仲が悪いってわけじゃないけど、私が個人的に気に入らないだけ。彼女もそれをわかってる。

椎奈

そう……ですか。

ミラさんの表情は、あまり踏み込んでほしくない領域の話であることが丸出しになっていた。それほどまでに踏み込んでほしくないとなると、相当な事情なのだろう。

まあそうだな。私もそれはわかっているつもりだ。

ミラ

そうそう。わかってるならいいのよ。

本人の前でそれを言うのも、感心しないがな。

ミラ

……。

まさか戻っているとは思わなかったのか、ミラさんは急に誤魔化しモードになってしまった。

にしても、少し帰りが早すぎるような気は、私もしていた。

椎奈

もう終わったんですか?

まぁね。セットだけすればちょちょいのちょいさ。それに自己紹介も済んでいないだろう?

椎奈

そ、そういえばそうでした!私、風間椎奈と申すものです!

ふふ、それはもう資料で確認済みだから大丈夫だ。自己紹介は私のだぞ。

椎奈

そ、そうでしたか……。

私の早とちりも軽い笑みで流す彼女。少し恥ずかしがる私を見ながら、彼女は自己紹介を始めた。しかし自己紹介にしては、暗めの調子で。

ジュリエット

私はジュリエット=パンデモニウム。ここの科学管理責任者兼、ガイスト研究第一人者兼、鉄戒武装開発責任者だ。

椎奈

……?

ここで私は気が付いた。この人はとんでもなく偉くとんでもなく賢い人なのだと。肩書の量と難しさを考えれば当然のことだろう。

ジュリエット

まぁ、言えるのはそれくらいだな。なにか聞きたいことはあるか。

椎奈

パンデモニウムっていうのは、その……カルネリアにはよくある苗字なんですか?かなり珍しい気がするんですけど。

ミラ

流石な目の付け所ね……。

ミラさんが今日一番の賢そうな顔をしたが、そんなにいい目の付け所だと、私は思わない。パンデモニウムなんて不吉な意味の籠った言葉を、姓にするとは到底思えなかったから。

ジュリエット

……まあ、そうだな。いうなれば、私の生まれた場所の名前だ。

椎奈

生まれた、場所……。

言葉を続けずらそうな顔をするジュリエットさん。しかし不機嫌が止まらないのか、そこにミラさんが口をはさんだ。

ミラ

言っちゃいなさいよ。ガイストの巨大な巣の名前で、ガイストに育てられたって。

椎奈

えっ……。それって、どういう。

ジュリエット

そのままの意味だ。本当に、そのままの。

椎奈

ガイストの、子供だった……って言うことですか?

ジュリエット

証拠に、私の血には黒鉄と白鉄の成分が混ざっている。そのおかげで、声もこの様さ。歯だって……ほら。

見せてもらった歯は、犬歯だけがとても鋭く伸びていた。普通にしゃべる分には気が付かないが、噛みつけば人を怪我させるのには十分だ。

ジュリエット

といっても、本当に幼かった頃だけであるし、これを気味悪がられるのは慣れているからね。この名前だってこちらで貰った。素敵だろう?

椎奈

そう……ですけど。

ジュリエット

さぁ、そろそろ完成の頃合いだ。今取ってくるから、また少し待っていてくれ。

また奥に消えていくジュリエットさん。それでもミラさんは、まだバツの悪そうな顔をしていた。

椎奈

大丈夫ですか、ミラさん。

ミラ

え、ええ。大丈夫よ。ごめんなさいね、見苦しいところを見せちゃって。

椎奈

はい……。

ジュリエット

待たせたね、椎奈ちゃん。これが君の隊員証だ。

椎奈

あっ、ありがとうございます!!

隊員証を受け取ると、なんだかより一層実感が強まってくる。自分はここの一員だと。これから先、ここでやっていくのだと。
そしてあのガイストに、一歩ずつ近づいているのだと。

prrrr.....prrrr....

ミラ

ごめんなさい。ちょっと電話が。

ジュリエット

……まずいな。これは。

椎奈

どうかしたんですか?

ジュリエット

君には少し、早すぎる選択を迫らなければいけないかもしれないな。

椎奈

選択?

ジュリエット

君に、渡すものがある。

もう3度目であるが、また奥へと消えていく。

手持無沙汰になってしまった私は、ミラさんの方へ目を向ける。すると、とてつもなく真剣な表情に一瞬身を引いてしまった。

ミラ

噓でしょ!?今までそんなこと一度もなかったじゃない!

電話の向こうに怒鳴るミラさん。何か事件でも起こったのだろうか。

ミラ

とにかくそっちに行くから!今は持ちこたえて、とにかく全員生きてなさいよ!

椎奈

あ、あの……。

ミラ

ごめんね。今すぐ行かなきゃいけない用事があって。しばらくここで待っていて。

椎奈

ミラさん?

ミラ

とにかくここから動かないこと。すぐ戻ってくるから。

椎奈

あっ……!

とてつもない速さで走っていってしまうミラさん。その背中からはこれまでとはまるで違うオーラというか、気迫の様なものが伝わってきた。

ジュリエット

どうもチェルノワールとは間が悪いな。

椎奈

ジュリエットさん……いま、何かあったんですか?

ジュリエット

君は、今すぐにガイストと戦えと言われて、イエスと言えるかい?

椎奈

今すぐ……ですか。

ジュリエット

本当に数時間後……いや、数分後の話だ。

椎奈

怖いですけど、でも……でもそこでイエスっていうためにここにいるんだ、って思います!

ジュリエット

ふふ、君も変な子だ。渡したいものは、これだ。君が適性試験で装着したアレの正式型だ。

椎奈

これが……私の。

ジュリエットさんが渡してきたそれは、メリケンサックの様な純白鉄の武装。適性試験で私が選んだものだった。

ジュリエット

それで、チェルノワールを助けてきて欲しい……。

椎奈

ミラさんを……ですか?

ジュリエット

今の彼女はダメなんだ。今のチェルノワールでは……最悪の場合――。

椎奈

と、とにかく急いだほうがいいんですよね!この風間椎奈、全力でいってきます!!

ジュリエット

ここまでして言うのもあれだが……大丈夫なのか?

椎奈

なんとかしてみせますよ!なんとか!

ジュリエット

そうか。

私は駆けだした。

ジュリエット

今のチェルノワールでは、最悪の場合……

死んでしまうかもしれない。そう言おうとしたのかもしれない。もしくは違う何かかもしれないが、それは、言ってはいけない気がした。

言ったら、すべてがダメになってしまいそうだった。本当にミラさんが死んでしまう気さえしてしまった。

だから、私が助けるんだ!

ビルを出て少しの広場。そこにミラさんの姿があった。まだ生きていたことに、若干の喜びを覚える私。

椎奈

ミラさん!

ミラ

っ!どうしてここにいるの!

椎奈

ミラさんを、助けに来たんです!

ミラ

あなたにこいつの相手は無理よ!

よく見れば、周りには傷ついた隊員だらけだった。でもここで引き下がるわけにはいかない。命の恩人に死なれてしまうのは、私だって嫌だから。

椎奈

わ、私だってもう隊員です!

そう叫びながらミラさんの横に立つ。そして少し離れたところでこちらを見つめるガイストを睨み付けた。

椎奈

……うそ。

……。

そこにいたのは、紛れもなくあのガイストだった。

私の日常を壊すだけ壊したあの日と全く同じ佇まいで、私のことを見下していた。

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