唐突にカラオケで話すことになり、私たちは向かい合って座った。ところどころ音が聞こえる。
 黒髪でメガネを外した環奈を改めて見る。いつもの環奈とは違うので戸惑っている。

足立 環奈

どこから話そうかな……話したくないけれどこれは話さないとあなたうるさいし、殺しそうよね

 ひどい言われようだけど、信頼されていないから仕方ないかもしれない。感情的に動く私よりも、表情を出さないようにしている桐子の方が環奈にとっていいのだろう。

足立 環奈

私、退学するわ

野川 詩音

へ?退学?

足立 環奈

元々高校に行く気はなかったの。本当は通信制で通って高卒の認定試験でも受けようと考えていたけれど、家の人がうるさくてね。人として大事なことを学べって言われて仕方なく

 安立家、環奈の家は情報屋を営んでおり、千夏についての情報を手に入れたという。
 そして桐子に情報を流して様子を見たところだったらしい。

足立 環奈

人として大事な事って言ってもね、もうとっくに学んだし、必要ないわ。どうでもいい

野川 詩音

どうでもいいって……

 投げやりなようだ。この調子だと退学しないように説得されそうな予感がするが……。

足立 環奈

あなたたちのことは父から知っていたの。私の父は、刑事よ。あなたが最も嫌うあの刑事

野川 詩音

私が嫌う……刑事って……

 一瞬、あの刑事かと頭に浮かぶ。そして環奈の口から名前が出て確定した。

足立 環奈

あの人、癌で末期なんですって。死ぬのよ

野川 詩音

え、そうなの?この前会ったときはそんな風には見えなかったけれど

足立 環奈

ぎりぎりまで働くつもりだったのね、あの人は。もう、限界が来たみたいで病院にいる。いつか死ぬかもしれない

 自分の父親のことなのにまるで他人、第三者からの視点で語るようにしている。もしかして、家族とはうまくいってないのだろうか。

足立 環奈

あの人とはもう、家族じゃないのよ。血縁上ではそうでも、見た目は違う。いや、戸籍上っていうものね

野川 詩音

そうだったんだ

足立 環奈

あの人は私に対して申し訳ないと思っていたわ。でも、それは構わないもの。仕方のないことだった……けどね

 そこでぐっと拳を握る。怒りが静かに密かに上がっていたようだ。冷静な人の中にある熱い怒りが今吐き出されそうになっていた。

足立 環奈

本当、なんでもかんでもどんなことでも攻撃対象にできる人がいたのよ。何が楽しいんだ、ああいうの

 がんっとテーブルに拳を落とす。歌も流れてない部屋に響く。養子であることについて嫌な目にあったのか、怒りが心にも響く。

足立 環奈

なんかいきなり仲良かった友達が急にニヤニヤして捨て子とかいろいろ聞いてきたのよ。むかついたからその子の家の黒い事情をばらしてやったけどね

 安立家の情報に関する教育はすごいものらしく、小学生でも隠された事情を得るくらいの力を取得できるらしい。

足立 環奈

今回の千夏の件も面倒なことになっているわ。あの子を救おうとする勢力がうちの高校の周りにいるの。千夏を救うことによって、利権を得たいみたいね、うちとは違うゲスイ理由なの

野川 詩音

権利?

足立 環奈

なんていうのかしら、利権っていうのが近いかな。うちの高校って本当はこんなに平和ではないの。薄墨様がいらっしゃらなかったらどうなっていたのかと思うと、今のこの平和な状況は貴重なものなの

 環奈は資料と鞄から取り出した。
 日御埼高校とその周辺の関係図というものだ。読んでみたが、本当に不良校だったらしく、他校と学校全体を上げて喧嘩をしたという記録があった。しかし、近年その傾向は薄墨家の学校経営を生業とする分家の一員、薄墨宗平と去年アメリカから帰国子女として入学した薄墨潤によってのものだった。

足立 環奈

元々、潤様はここにいるべき人間ではなかった。ここはね、昔ある程度栄えていたのよ。大企業の工場やら支社などがあったの。

 詩音自身知らなかった町の事情を教えてくれた。ここの治安が悪いという話を聞いていたが、実感はあまりなかった。詩音と桐子はものすごく治安が悪いところには住んではなかったのである。比較的安全地帯にいたため問題には直面しなかった。

足立 環奈

でもね、バブルがはじけちゃって思いっきり街は貧乏になったの。デモとかすごかったみたいよ。お金持ちが逃げて、貧乏人が残った。逃げる資金がなかった人たちは今でも金持ちには恨みを持っているのよ

 街の雰囲気が変わり、強盗や事件が頻発するようになったらしい。犯罪者にとって都合のいい街であるという噂が流れて一気に治安が悪くなったようだ。

足立 環奈

ここの人たちは汚れている人が多いのですよ。まあ、全員と言うわけではありませんけどね

野川 詩音

環奈、あなたが言いたいことって

 と言ったら遮られた。激昂した彼女がバンっと机をまた叩く。

足立 環奈

馴れ馴れしく言うんじゃねえよ。クソゴミが!

野川 詩音

……

足立 環奈

てめえみたいな不安定で不可思議で友達だからと言って友達を困らせるような奴に環奈って呼ばれたくない。黙れ、クソが

 今までの環奈とは違う。明るくてハイテンションな彼女とは別の彼女。怒りでいっぱいで今からでも殺そうとしている彼女が目の前にいる。

足立 環奈

桐子嬢様や潤様は美しい心を持っている。それは、街の空気に影響されなかったんだよ。それくらい強い心を持っていたんだ。なのに、あんたは暗い言葉を吐いて、自分はつらいってアピールして、頼ってばかりで何もしねえじゃねえか。桐子嬢様や潤様はがんばっているのに、あんたは、何やってんだ

野川 詩音

わ、私は

足立 環奈

いいか。桐子嬢様が体調崩したのは私の責任でもある。この情報は私だけが持っていても仕方なかったからな。でも、一番の原因はお前だ。野川詩音。お前は縛り付けているんだよ。桐子嬢様の優しさに付け込んでな。あんたは桐子嬢様を導いていると思っているようだが、私にはそう見えないな。あんたは桐子嬢様を弱らせている。桐子嬢様は確かに弱いけれど、でも優しさは強い方だよ。あんたよりはな!

 何もしていないわけではない。瑞希が死んでから事件の真相を追って。殺人鬼の心を知るためにサイコパス達を追う海外ドラマを見たり、実際に会った殺人事件を調べたりして様々な人物像を演じた。

足立 環奈

お前が邪魔なんだよ。誰が好きになるかよ、自分の父親を嫌うやつなんか嫌いだ。確かに親父は人に好かれるような仕事ではないよ。でもな、親父は親父で自分の正義を全うしているんだ。お前が想像していないことをしているんだよ。ふざけんなよ。てめえらが補導されないように手配しているのにかかわっているんだよ

野川 詩音

……

 環奈の言葉が刺さる。ひどいことを言ったんだと今までの自分を振り返る。私は、桐子よりはしっかりしていると思っていた。波長立てないように生きているつもりだった。けど、実際は静かな波長を立てていたんだ。

足立 環奈

私も人のことは言えないけれど、でも私は嫌いだ。あんたみたいな何かを言ってばっかりで行動しようとしないやつ、人のせいにしっぱなしで何もしないやつ、他人からの考えをしっかり聞いて自分の考えと区別しないやつは大っ嫌いだ。

 そして環奈は一万円札を置く。

野川 詩音

ちょっと、おつりとかはどうするのよ

足立 環奈

貧乏人に譲ってやるよ。私はあんたみたいな堕落した庶民とは違うのさ。私は……

 一呼吸する。しゃべりすぎたのか酸素が足りなくなったようだ。

足立 環奈

桐子嬢様や潤様みたいに志高く生きるんだ。醜いあんたたちとは違ってよ……。桐子嬢様を責めてばっかりのお前とは違うよ

 残された一万円札と、私と暗い中を照らすカラオケのスクリーンと機器たち。環奈に言われたことを反芻しながら、さみしい空間から出る準備をした。

崇拝者とその傍にいる者

facebook twitter
pagetop