第3幕
ファウストの頼み事
第3幕
ファウストの頼み事
さて……説明してもらおうか、ファウスト=ゲーテさん????
はい、何でしょう?
いつものように思考の読めない笑顔を浮かべ、ファウストはハニーミルクを呷る…まだ湯気たってるぞ…熱くないのか…?
シュトーレン刑事がね…俺のこと、夢遊病だって言ってたんだけど
はい♪
……俺、夢遊病じゃないよな?
はい、サヴァランくんは至極健康的ですよ!心配ありません!!
それじゃあ…どうしてシュトーレン刑事は俺のことを夢遊病何じゃないかって思ったのかな?不思議だなぁ…俺は一度もそんな嘘ついたことなかったけどなぁ…
はい、私が入れ替わってから、シュトーレン刑事についた嘘ですからね♪
なぜ一言言わない!?俺超混乱したよ!?危なかったよ!?あの一瞬で全てが崩れちゃうレベルでやばかったからな!?
あはは、いや~、うっかりうっかり!
シャレんなんねえから!!!!!!!!
まあまあ落ち着いて…ほら、美味しいですよ、ハニーミルク
反省する気なしかよ……
俺は丁度いい温度になったハニーミルクをひと口飲んだ。ああ…なんか心が洗われるようだ……甘いものがイライラを鎮めるというのは、どうやら本当のようで…少しだけこの件に関してのもやもやが解消された気がした。
夢遊病の事は…すみませんね、本当に忘れていたのです。だって…
君の精神状態なら、なっていてもおかしくない病気ですし、そこら辺の事情も話せば、騙すのは容易だと思ったんですよ
っ………
……やっぱり、こいつは知っているんだ…俺に何があったのかも、俺が怪盗にハマった理由も…でもどこで…?いつ…?それも啓示か…?
ききたい…けど…
それ以上に、それを突き詰めると、本当にやばいことにまで首を突っ込んでしまいそうで…その恐怖が、俺の好奇心に歯止めを掛けていた。でも多分…いつか、それが嫌でもわかる時が来る…そんな気もするから…尚更怖い…
サヴァランくんからのお説教は、おしまいですか?
お説教って………ああ…もういい。もういいよ…次から気をつけてくれ…
はい♪
それじゃ、次は僕の番ですね…
ファウストは少し居住まいを正すと、俺の前に一枚の写真を差し出した…そこには、豪華な宮殿のような、煌びやかな建物が映っていた。
何これ?
あれ、知りませんか?犯罪者界隈では、かなり有名な場所だと伺っているのですが…
うーん…?
次のターゲット…?
まあ、それに違いないのですが…
そこは、『カジノ・ザ・リッパー』と申しまして…フランスが世界に誇る、最大の闇カジノです。
闇カジノ!?
そんなバカな!?
…闇カジノは、金や財産を賭けて遊ぶ普通のカジノとは違い、ドラッグや武器…酷いときは人間なんかも賭けに使われる『違法カジノ』が行われた場所の総称だ…でも…
…闇カジノは、数年前に一件残らず摘発されて、今はもうどこにも残ってないんじゃ…
甘いですね、サヴァランくん…仮にも怪盗である君が、そんなに舐め腐った人間だとは思いませんでしたよ
ど、どういうことだよ…?
では…今目の前で、アルセーヌ=ルパンが逮捕されたとしましょう。
へ…?何をいきなり…?
ものの例えです。あこがれの怪盗が、あなたの目の前で捕らえられたとして…あなたは、すっぱり怪盗から足を洗えますか?
やめない…と思う…
そういう事ですよ。あなたは、怪盗として活躍する事の快感に取り憑かれてしまった…闇カジノの魅力に取り憑かれた人々と同じようにね
そっか…難しいな…
悪の根源は叩けても、その先までは手が回らないということか…市警官も大変だなぁ…
それでですね。今回あなたに取り戻してもらうのは、このカジノ・ザ・リッパー内のバースペースに展示してある『グラスオブシュヴァイン』です
グラスオブシュヴァイン…ワイングラスか何かか?
ええ、その通りです
グラスオブシュヴァインは、真紅のワイングラスです。その赤は、何よりも禍々しく美しい…染料として、豚の生き血を使ったという逸話もありますね
それでシュヴァイン……
グラスオブシュヴァインに酒を注ぐと、血液を飲んでいるように見えることから…これを保有する家は、ヴァンパイアと繋がりがあると言われて恐れられることもあったそうですよ
豚の生き血だもんなぁ…
闇カジノとはいえ、カジノ・ザ・リッパーの警備は強固なものです。下手をすると、刑務所行きよりもひどい結果を招いてしまうかも知れません…
まあ、あなたなら大丈夫だと思いますが
十分気をつけるよ。そんなカッコ悪い姿、晒したくないからね
俺はすっかり冷めたハニーミルクを一気に飲み干し、足元の荷物に手をかけた。
おや?どこへ行くのです?
どこって…帰るんだよ。もう話は終わっただろ?予告状も書かなきゃいけないし…
まだ終わってませんよ。もう少しゆっくりして行ってください
まだ…って…あ、今回予告状は市警局には出さないよ?そこまで俺頭悪くないし…
いえ違います。むしろ、あなたが大丈夫だと言うのであれば、市警局に出してもらっても一向に構わないのですが…
ファウストは先程よりも真剣な顔で、俺をじっと見据えた……な、なんだよ…
サヴァランくん…君には過去2回、怪盗キャラメリゼとして私の依頼を達成してきましたね…
ああ…まあ
私は、そこであなたの技能をさらに高く評価しました…技能と言うべきか、運の良さと言うべきか……
改めて言われるとなんか照れるな…そんな凄いことしてる気はしないんだが…
謙遜することはありません。それがあなたに与えられた力なのですよ…
それでですね…今回、あなたにもう一つ盗んできてほしいものがあるのです
盗んできてほしいもの?
珍しい…ファウストが直接的に『盗む』って単語を使うなんて…取り戻すじゃないのか…?
ええ…これを盗んできてくださった暁には、その恩恵をあなたにも存分に楽しんでもらいます
娯楽品…?でも…カジノから盗める娯楽品ってなんだ…?普通のカジノにはない、闇カジノでしか扱いがないものだったり……
………ま、まさか…娯楽品とかじゃなくてマジの薬物とかーー
違いますよ!
逆に、あんな煙たいもの盗ってこないでくださいよ!?
時にサヴァランくん。君、お酒は嗜みますか?
まあ…軽く?ワインとかはまだだけど、カクテルとかなら…
おや、結構健全で…
好んで飲むものじゃないし、アルコール強いと何か苦いし
子ども舌ですね
悪かったな!!!
甘いものが好きならなおさら良いものだと思いますよ。寧ろこっちをメインに据えていただいても結構です。
はいはい、わかったよ。適当に酒をくすねて来いって言うんだろう?
まあそうなんですが…
薬物とかじゃなくて良かったけど…なら変な緊張感出さないで欲しかった…すごい身構えた俺がバカみたいじゃないか…!!
なら最初からそう言ってよ…
そんなに残念そうな顔しないでくださいよ…盗ってくるお酒はちゃんと指定するので間違えないでくださいね。
残念ではないけど…お前怪盗を何だと思ってんの…?まあいいや。どんなの?
『黄巾の雫』という蜂蜜酒です
蜂蜜酒…?何それ甘そう…!
ええ、甘いですよ。ワインに近い味でもあるので、ワイン入門としても最適かと…
その中でも、黄巾の雫は甘みが強く、アルコール分もさほど高くない…サヴァランくんのような飲酒初心者でも、ロックで飲めてしまうレベルだそうです。
そんなものがあるんだ…今度マーケットとか回って探してみようかな…
むりですね。見つからないと思います。
何で?
ファウストは少し冷めた目で俺を見て、そのまま鼻で笑った。
何だよ…
どうしてあなたに頼んでいるのか、わかっていないようですね…黄巾の雫は、カジノ・ザ・リッパーでしか取り扱っていない品種なのですよ。
なるほど…それはダメだね。
しかも値段も高い…グラス1杯で高級チョコレート1箱分、ボトル1本で中古車くらいなら買えてしまいますね
そんなに!?
ええ。それが闇カジノです。あくどいでしょう?
あくどい…
そんなわけで、遺産さえ取り戻してしまえばカジノは用済みなので…摘発させる前に、美酒もたっぷり戴いちゃいましょう!
こっちも十分あくどいんだよなぁ…
こうして、以来の品が一品増えたところで、今回は解散となった。
…でも…カジノかぁ…チップとか賭けて、かっこよくジャックポットとか決めてみたいなぁ…
時間あったら、ちょっと遊んで来ちゃおうかな♪
そんなことを考えながら、俺は帰路についたのだったーー