この話は、
罪を犯した人間の
悲惨な末路を
書いたもの。












日常に溶け込んだ誘惑に

堕落した魂を揺さぶられ

僅かな心の隙間に

悪魔の囁きのように

魅惑的でいて安堵感を

ほのかに匂わせる

媚薬にも似た契約が

前世からの宿業を

根底から突き崩しつつ

ひっそりと忍び寄る。

 もう自分でも
何言ってるか
分からなくなってきたので、
本題に入ります。

 ――ナンチャイが小学生の頃、ソロバン塾での話。

ソロバンの先生

はい二級おめでとさん。
よー頑張ったな。

ナンチャイ

どもです。
ソロバンの先生。

ソロバンの先生

ほんで暗算はどうするんじゃ?

ナンチャイ

ななな、何の事ですか?
おっと、もう時間。
今日は帰るね。サイナラ~。

 ナンチャイはソロバンの試験に合格していた。当時同じ学年で二級になってる者はあと一人くらいでなかなかのものだった。

 しかし、通常同じ級の暗算を同時に受けていくシステムだったが、ナンチャイは暗算の試験を受けたことがなかった。その理由は……

ナンチャイ

暗算、全然出来ねぇー!

 という単純な理由だった。

 なんかソロバンねぇのに、指動かしてパチパチやるあの『AIR ソロバン』が、どうも腑に落ちなかった。古い煙草屋に書いてある

 『TOBACCO』

って文字くらい腑に落ちなかった。タバコじゃねぇの? 何で『トバッコ』なの? もしかして『トゥーバッコ』か? いやいやそれならもっと遠くなる。『賭場シーシーオー』って、裏カジノでもあるのか? などと迷走につぐ迷走を繰り返してしまうあれだ。


 で、あの『AIR ソロバン』なんか意味あんの? 本物のソロバンを想像してやるんだよ。だと? ソロバン鞄にあるんだから使えばいーじゃん。ってずっと思ってました。

 そんな反抗意識から、ナンチャイは頑なに暗算の試験を回避してきた。が、その抵抗も、大人が築いてきた残忍なシステムの前に崩れ去った。

ソロバンの先生

ふふふ、
準一級の受験資格には
暗算の試験に受かっている
必要があるのじゃ。

ナンチャイ

ななな、なんですとぉ~!

ソロバンの先生

大人しく四級から
受けるがよろしい。

ナンチャイ

チキショー!
大人って汚い!

 降伏を受け入れるほかなかった。白旗を上げたナンチャイは、当時最低ランクだった四級から暗算試験を挑む羽目になった。

試験当日

 暗算四級なぞ、ソロバン二級を持っている者にとって造作もない問題ばかり。『TOBACCO』屋に行って、タバコを一つ買って帰るくらい造作もないこと。ナンチャイは内心……

ナンチャイ

暗算四級などつまらん。
我はソロバン二級を持つ猛者。
雑兵に矛を奮うのも
大人げないな。

などと暗算試験を軽く見ていた。





 しかし現実は違った。

 慣れぬ暗算問題に、ナンチャイはおびただしい量の汗を滲ませた。

ナンチャイ

これはまずいことになった。

 1問目を学校で習った方法(AIR ソロバンが出来ないので単純な計算式)で解いてから確信した。単刀直入、このままなら間に合わない。絶対に落ちる。



 暗算四級落ちたとか恥ずかしくて死んでしまう。当時はほんとにそんな事を思っていました。

 そして打開策を見つけようと一旦深呼吸をした時、少し冷静になってある事に気付いた。

ソロバンの先輩

カリカリカリカリ……

ナンチャイ

おおおおおおおお!

 隣の席の二学年上の先輩が(姉の同級生ということもあり顔だけは知っていた)、鬼神の如きスピードで解答を書き込んでいたのだ。

ナンチャイ

二学年……
この差はやはり……
圧倒的な差があるというのか。

 マシーンと言えるほどその速度は速く、学年差の学力をまざまざと見せ付けられたのだ。否! 認めなければならない。AIR ソロバンの偉大さを。きっとそうに違いない。意味もないのに、あんな机が手垢で汚れていくようなアクションは教えないはず。

 少しAIR ソロバンへの偏見を修正したが、この状況が打開出来た訳ではない。

ナンチャイ

なっ!
何ぃーーー!!

ナンチャイ

ここここここ、
答え。答えが見える!

 幻覚が見えたわけじゃない。そう、答えそのもの。つまりソロバンの先輩の解答が丸見え。

 通常、不正を働くというのは精神力を使うものだが、その時のナンチャイは違った。

 今思えば恥ずかしい限りだが、速攻でカンニングしまくった。ノーガードのソロバンの先輩の解答をガン見して、水を得た魚のように解答を書き込んだ。

結果は5点でした。

 勿論100点満点中、5点。

 後から分かったことだが、そのソロバンの先輩は試験などどうでもよく、取り敢えず埋めただけだったらしい。今思えばそんなに早く解けるんなら、もっと上級の試験を受けてそうなものだ。どうやら毎回そんな感じでボイコットしてたらしい。

 よりにもよってそんな人の解答をカンニングしてしまったのだ。なので、ナンチャイがカンニングした事は明白で、その悪行は白日の下に曝されることになった。











 そして5点とは、最初の一問目。皮肉にも自分で解いた問題の点数だった。









 これ以来、ナンチャイがカンニングをする事はなくなった…………。

第十二話 『ファイブテン』

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