俊樹さんに思いっきり絞られた颯太先輩を見送った。俊樹さんって、ああいう風に怒るのかと驚いたけれど、いいもの見れたなあってうれしく思った。

ごめんね。詩音ちゃん、見苦しいところを見せちゃって

野川 詩音

いえ、そんなことないですよ。仲がいいのですね

 互いに向き合って座る。俊樹さんは少し乱れた髪を整える。颯太先輩から俊樹さんのことを聞いてから、彼を見るのが少し恥ずかしくなった。実は両想いでしたなんて、すごく都合が良すぎる。

詩音ちゃん、その、どう思ったかな。僕のこと

野川 詩音

あ、さっきの話ですよね。なんか、俊樹さん可愛いなあって思いました

 少し声が上ずってしまう。普段より意識してしまう。俊樹さんの前ではおとなしい女の子を演じているが、心の中は興奮していて落ち着きがない女の子である。ドキドキしていて冷静じゃない。

野川 詩音

俊樹さんのこと、もっと好きになりそうだなって……

野川 詩音

じゃなくて、その、仲良い人として好きになりそうだなって

 好きっていう軽そうで意外と重い言葉を吐いてしまい、慌てて訂正するが、なんだか墓穴を掘ったような気分。心がふわふわしているのか、普段の私なら言わないことを言ってしまう。

野川 詩音

えっと、その……

 一人であたふたとしていると、俊樹さんが言ってきた。

詩音ちゃん、僕と付き合ってくれませんか

野川 詩音

と、俊樹さん!?

 頭を下げられた。俊樹さんが告白してきた。驚いてあたふたしてしまう。

詩音ちゃんのこと、真由子さんから聞いていて、ごめんね。詩音ちゃんから直接聞くべきだったかもしれないけれど

野川 詩音

そ、そんなことないです。私じゃごまかしてしまいそうなことですから

 自分の過去は簡単に語るものではなく、語れば語るほど、自分が生きることが嫌になる。どうして、生きているんだろうなという気持ちになる。自分が生きていたっていいことないのになあと沈んでしまう。

野川 詩音

私みたいな人が生きていてもいいのかなって。みんなを見ていると、なんかコンプレックスを抱えてしまって、何も考えないように生きていこうとしても、うまくできなくて

 私がずっと抱えていたもの、生きることが怖いということ。だからと言って死ぬとは思わなかったけれど、皆を見ていると、自分は違う人だなあと思う。皆が羨ましくて、どうしようもなく叫びたくなる。

野川 詩音

重い自分が嫌で、軽い自分も嫌で、どんな自分がいいのかって言われても否定できなくて。俊樹さんには負担をかけさせたくなかった。俊樹さんとは、普通のその、関係を築きたくて、でも……

 言葉がつまって、涙が出てくる。人前で泣いたのは、あの日以来だ。瑞希が死んだ日、瑞希の葬式の日以来で、あれからは涙を見せるまいとしていた。嫌われるのが、怖くて、みんなと一緒に居られないくらい重く何かをのしかかっている人と知られたくなくて。

詩音ちゃん、僕は君を嫌いにはなりませんよ

野川 詩音

俊樹……さん

あなたの力になりたいから、僕は、詩音ちゃんと結婚したい……と思いました

 そういってから俊樹さんは頭を抱える。今自分が言った発言が恥ずかしかったのか、違う、それじゃないと自分自信を叱っていた。

詩音ちゃんの、その、明るいところとか、今野本音を話すときのまなざしとか、全部好き……です

野川 詩音

私も、俊樹さん好きですよ。ホラー映画苦手なところとか、ピーマンが苦手な子供っぽいところとか、好きです

 互いにどこが好きなのかを言い合った。恥ずかしさでいっぱいになって、止まらない、やめられない。
 息が切れるようになったころ、やっと落ち着きを取り戻した。

詩音ちゃん、こんな僕だけど、よろしく。

野川 詩音

はい、俊樹さん

 話が終わって、俊樹さんは背伸びをする。ぐーっと伸ばして、信じられないとつぶやいた。

信じられない。詩音ちゃんに好きって言える日が来るなんて思わなかった

野川 詩音

私もですよ。俊樹さんのことずっと好きでしたから

 そろそろ2階で待っている真由子さんと、颯太先輩のところに行かないといけないなと席を立つ。

野川 詩音

俊樹さん、せっかくですから手をつないで登場してみましょうか

いいね。ちょっと照れくさいけれど

と手を差し出してきて、私はその手を握る。優しく、暖かいその手を握って、私たちはゆっくりと階段を上がった。

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