ゲームセンター
『カグラ』の相談

都内にある小さなゲームセンター「カグラ」。

ここは格闘ゲームが全盛期だった頃に流行った…所謂、昔ながらのゲームセンターだ。
置いてあるゲームも「ワールドヒーローズ」「豪血寺一族」「ファイターズヒストリー」「痛快ガンガン行進曲」…あ、分からな過ぎるか…えっと、「ストリートファイター」「鉄拳」「KOF」と、懐かしい格闘ゲームがズラリとならんでいる。

今でも『聖地』…いや『元・聖地』として知られてはいるが…常連ばかりで、今の若いプレイヤーは近寄らない店でもある。

つまり、売り上げは低く、経営状態は実にキビシイ…そんな感じだ。

ありがとうございましたぁ

閉店まで遊ぶ常連客に挨拶をして、俺は店内の清掃をスタートさせる。

…はぁ…ってか、みんなタバコ吸い過ぎ

よぉ

うぉぉぁぁぁ!!………って…誰?

えっ?分からないの?俺だって

もう閉店なんで、すんません

違う違う…俺だよ!…ムラキだって

…誰?

ウソだろ!…ほら!これ、これ!!このゲームの主人公のムラキ!

つまり、コスプレか?

違うって、本物だって!出てきたの!

…そろそろ、警察にも出てきてもらいましょうか?

だーーーから!本物だっての!
見てろ~~~

突然現れたコスプレイヤーは、俺が見ている目の前で、ゲーム筐体のモニターから、出たり入ったりを繰り返した。
それは、まるでマジックでも見ているかのような不思議な光景だった。

ほらな

…が、余りにも簡単に何度も行うので、『不思議な光景』が普通に感じ始めた所で、半ば仕方なしの気持ちで俺は声をかけた。

…確かに

だが、俺の言葉のチョイスが曖昧すぎたのか、ゲームから出てきたという男は、更に何度かモニターからの出入りを繰り返した。
言葉とは難しいものである。

いや、もう分かったんで…もうイラナイです。

お、おう…

ってか、このゲーム、やった事ないんで、サッパリ分からないんですよね~。

え!?ないの!?
店員さんだろ?

店員でもやった事のないゲームはあるよ。ってか、うちの店は昔のゲームが多いってのもあるかな。ぶっちゃけ、俺の趣味でもないし…

そうなのか…この『体育館戦争』を知らないのか

え?なんて?

『体育館戦争』これが、俺たちのゲームのタイトルさ

…図書館戦争なら知ってるんだけど…何なの?

全国にある体育館を舞台にして、個性豊かな全6キャラクターが戦う1対1の対戦ゲーム!
衝撃の52ステージは、当時かなりのインパクトを与えたもんだぜ!!

6キャラクター!?めっちゃ少ないじゃん!
当時の『スト2』でも8キャラだぞ

ボスは使えないから、実質5キャラクターだな

5キャラでドヤるんじゃねぇよ!……めっちゃ、やべぇゲームじゃん。
ってか、52ステージって!?

全国の様々な体育館を忠実に再現した52ものステージは必見だぞ

体育館なんて、どこも似たり寄ったりっしょ…ってか、キャラ数増やせよ。やっぱ、少ねぇって!

個性豊かだぞ

よくある表現だよな…それに…その、ムラキって何だ?

俺の名前だよ!

いや、それ苗字じゃん。フルネームは?

ムラキだけだよ

なんだそれ!…雑にも程がある

あぁぁ!もう!ウルサイ!ウルサイ!
俺の事はどうでもいいんだよ!
今日は、店員のお前に頼みたい事があって来たんだよ

俺に頼み?

そうだ。お前にしか頼めない事だ

おいおい…まさか、その…ゲームの世界に入ってボスと闘う!とかって展開になるんじゃないだろうな?

いや、戦士は間に合ってる

………ユーザーとしては、足りてないと思うけどな……で、何?

台を叩く輩がいるので、そいつを何とかして欲しい

あぁ…確かに、何人かいるかもな

『かもなぁ』じゃない!叩いたり蹴ったりされて…壊れたらどうすんだ。
『体育館戦争』が壊れたら客も店も困るだろ?

まぁ、確かに店は困るけど、別にこのゲームが動かなくても、客はあんまし困らないかもなぁ…遊んでる人少ないし…ってか、対戦ゲームなの初めて知ったし、普段、一人用でしか遊ばれてないんだよなぁ…

お前…それでも、遊んでくれる人がいるんだぞ!困らない事はないだろ!

…おぉぉ…お、落ち着けよ

落ち着けるか!俺はなぁ。お前が毎日、筐体を磨いたりしてるのを見て、お前ならと…お前なら…俺のこの気持ちが伝わると思って、はるばる出てきたんだぞ

遠くから来た的な言い方するなよ。さっき、何回も出たり入ったりしてたろ

……それでも、覚悟を決めてお前の前に出てきたんだぞ。それを…そんな反応あんまりじゃねぇか…あぁぁぁぁ…あァァんまりだぁぁぁぁぁ

わかったよ…

ありがとう

スッキリした顔すんなよ。エシディシか…まぁ、とにかく、注意POP作って貼っとくよ

…それだけか?

………見かけたら、声もかけとく

よし!ありがとう!信じてるぞ

あぁ。了解した

いやぁ、気分がいいなぁ。はははははは

ムラキは「気分が良い」と口にしては高笑いし、ウロウロと店内を歩きはじめ、また「気分が良い」と言って高笑いを繰り返した。

はやく、帰れッ!

お、おう…

少し、残念そうな表情をしたが、ムラキは素直にモニターの中に消えて行った。
変なヤツだが、悪いヤツではないようだ。

なんだったんだよ…まぁいいや…やってやるとするか

そして、翌日……

あぁぁ!お客様、台は叩かないでください。筐体が可哀そうっすよ~~~。

でも…これは、まだ「相談」の始まりでしかなかったんだ。

【第一話】相談の始まり

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