翌日の放課後。
部室に向かった歩夢だったが、そこには居たのは沙織だけだった。

ごきげんよう。ほむほむさん。それともロサ・ギアンティアとでもお呼びした方がよいかしら?

好きに読んでくれていいよ。でもお姉さまとはよんでくれないんだね。

そうですわね。もし琴絵お姉さまいなければそう呼んでいたかもしれないですけど。

で、今日は君一人かい?

ええ。PCの方は届いてますのでまずはセットアップしてゲームのダウンロードをし始めたら、コスプレ部の家庭科室の方へ来てくださいと伝えに。どうやら衣装の採寸をするらしいですわ。今日はみなさんそちらのほうに行ってます。

なるほど。わかったよ。でも用件はそれだけじゃないんだろ?


少しの沈黙の後、思いつめたような表情の沙織だったが、意を決したように言葉を切り出した。

そうですわね。あなたとは二人きりでお話しておきたかったので。

僕が本当のレズビアンかどうか?かい・・

いいえ・・・それはまあ見当がつきますわ。あなたはたぶん違う。トランスジェンダー・・つまり中身は男なんでしょ?

ぎくりとした。
バレたら退部といった顧問との約束以前に、言葉もほとんど交わしていない相手に気が付かれていたこと。
だが、できるだけ平静を装いつつ聞き返した。

どうしてそう思うんだい?

簡単ですわ。ただのレズビアンならそんな男女共用の制服なんか着ない。ならばトランスジェンダーか男嫌いですわ。

なるほど。でも僕がただの男嫌いの可能性もあるとは思わないのかな?実際前の部活では男子部員全員にコクられて断ってきたんだから。

それなら最初から男子部員のいる部活なんて入らないでしょ?それにゲー研はあなたが他の部員を誘って立ち上げた部活。ならば可能性は一つですわ。

なるほど確かにそうだ。だがそれがわかるということは・・・

歩夢はそういいながらゆっくり詩織に近づいていく。
後ずさる詩織・・・。
後方の壁にぶつかると同時に歩夢は腕を頭の左右に突き出す。

怖いのかい?この僕が。君の中に入れられるものはもってないよ。

確かに・・歩夢の腕に挟まれ、影を落としたその表情は恐怖のようなものを感じているのがはっきりと分かった。

いまはっきりわかったよ。君はレズビアンじゃない・・・正確には男嫌いだ。そしてそのきっかけは・・・


言おうとしてやめた。
彼女は心の傷を負っている。おそらく誰かにレイプされた・・その後遺症ともいえる状態だ。だからこそ自分の事がわかる。

壁ドン状態で顔を近づけていたが、ぱっと彼女から距離をとると、それまで不敵で怪しげな表情を一変させ笑顔で話を続ける。

いや、悪い。確かに男嫌いの君に、男みたいな僕は目障りかもしれないな。


その笑顔が沙織にとっては腹立たしかった。心の中を覗き見られたような。忌まわしい記憶さえも見透かされたようなそんな気持ちになって怒りが湧いた。

そ・・そうですわ!あなたの中が男で、体は女・・その境遇には同情しますが、私は男が嫌いですの!
だからあまりなれなれしくしなように言っておきます!!

同情・・・そう同情されたのは私のほうだ。だが強がってそういいたくなった。
だがその一言は歩夢を激怒させる禁句でもあった。

同情?同情されるような事は俺には全くない。ふざけるな!!

驚いて振り向く。
沙織にとってはなぜ彼がこんなに怒っているのかわからなかった。
先に同情するような態度をとったのはむしろそっちだ。仮に同情されたことに怒ったのだとしても、むしろこっちのセリフだ。

なにを・・なにを逆切れしてますの?!怒りたいのはこっちですわ!それに男のくせに女子部に入ってきて!!女の体が目当てですの?!

お前の貧乳なんか男と同じだ。むしろうらやましいね!俺のおっぱいと交換するか!?

何を!?ふざけて・・・!

自分でも何を言っているのかわからなかった。
しばらくそういった思ったことを口走る口論を続けていたが、こんな口論を他人に聞かれたらと思った瞬間にそれは止まった。
気まずい沈黙が流れた後、歩夢は切り出した。

よし・・君を必ずモノにしてやる。俺にメロメロにさせたあと男の体になってがっかりさせてやる!

なにがメロメロです・・・いつの時代の人ですの?やれるもんならやってみなさい!

怒った口調でそういうと沙織は部屋を出ていった。

その場所に取り残された歩夢は沙織のことを考えていた。
レズビアンを”気取っている”彼女のことは知っていた。だが・・いやだからこそ彼女には近づかないようにしていた。
それは沙織にとっても同様だ。男女共用の特別な制服を彼女だけが着ている。そのことは中身が男であり、自分にとって理想でありながら嫌悪する存在であることをわかっていた。

お互い確認したくなかった。が、いま確認した。

いいね・・。


ぼそりとつぶやく。
彼にとってまだ女性は恋愛の対象ではなかった。中学時代はほとんど不登校で自宅で過ごし、高校になってからもなんとなくではあるが女性を好きにならないように心がけていた。すべては男性の体になってから・・・少なくともホルモン注射を受けて男っぽい体になってからだろう。
だが、いま初めて自分を男を認識している”異性”に出会えた。最初から嫌われてしまったし、そもそも自分の中の男が嫌悪されている。

だがこれは彼にとって初めての”ハンデ”だ。

同情という言葉に激怒したのも彼にとってはまだ”生まれていない”認識があった。
自分は金銭的にも環境的にも恵まれている。だがすべては男の体になってから。

そしてその時に親の援助なども失い一人の”普通の人間”になる。
まあいきなり放り出されることはないにしろ、今は一般の人から見て+(プラス)の状態だろう。そして徐々に0(ゼロ)に近づいている。

自分自身にはなにもできないただの高校生だ。ただ将来に不安だけがある。

彼女のマイナスの印象をセロを超えてプラスにまで押し上げてみろ。そういわれた気がした。

たぶん・・・その時にもう好きになっていたのだろう。彼女のことを。

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