突然俺の前に現れたのは––––––––
突然ですが、今日あなたは死にます
はい?
突然俺の前に現れたのは––––––––
わたし、死神というやつでして
––––––––なんと、死神だった。
こんなめでたい日に、俺が死ぬ?いや、おかしい。というかまず、死神ってなんの冗談だよ
というかまずあんた誰……この質問はしかし、死神だと名乗りましたが?なんて見下されそうだから飲み込んでおくけれど。
冗談などではありませんよ。あなたは今日、一月一日にお亡くなりになるのですよ
はっ、そんなこと、冗談じゃなくて言えるやつなんて……
だから、本当のことですってば。わたしは死神。つまり神様なのですよ?神様に向かってそんな口調、失礼極まりない!今すぐ魂奪いますよ
ふざけるな
まだやりたいこといっぱいあるし、そもそも、死神が人間にあんた死にますよなんて教えてくれるなら、もうちょっと事故も減るだろうよ
あ~、いけないなぁ。これだから人間はっ
くるりっ、軽くその場で何回転か回り、ポーズを決めたあと、
そもそも信じてもらえないから、結局みなさん死んでいくに決まっているじゃないですか
あなたのように、ね
––––––––ゾッと、全身を寒気が走り抜けた。
大体にして、人間というものは驕りが過ぎる。そして、あなたたちがひどい悲観だと思っているものも大抵は、わたしたちにとっては楽観にしかみえない。人間はもうすこし、物事を悲観してみるべきだと思うんですよね~
このひとは……いや、自称死神は、ひどく作りものめいた表情で笑う。ニヤリ、と嫌味たらしく、笑う。
って、わたしがあまり偉そうに語るとロクなことにならないと先輩に言われてるんだった。いやはや、わたしもまだまだですなぁ
おい、俺は死ぬのか?
馬鹿馬鹿しい。信じるなんて、間違っている。けれど、目の前にいる自称『死神』のことを、死神だと思えないにしろ人間だと思うことはできなかった。
だからこそ、俺は訊ねるしかなかった。
あははっ、信じるんですかっ?
……完全に信じたわけじゃない。だが、そんな嘘を、こんなめでたい日の朝に、こんな薄汚いところまでわざわざ吐きにくる人間なんざ、いないしな
つまり死神だと信じはしないが、とても人間だとは思えないから、まぁとりあえず信じたことにしようってことですか~?
頷くと、今度は冷え切った笑みを浮かべて、
……甘いですねぇ。生死のかかった問題だというのに。まったく、これだから……っと、これ以上は自重します~
ククッ、と笑いながら、
それにしても、自分の部屋のことを薄汚いと言い切ってしまうなんて、あなた、なかなか自虐的ですね
そんなだから、と呟いた後、いや失礼、とくちびるを結んだ。
それきり、沈黙が落ちる。冷え切った部屋の中、自称死神とふたりきり。
––––––––容姿は、少女と大差ない。しかも、可愛い。
年下を好む気はなかったはずだが、しかし……。
とにかくそんな奴が、俺が寝ていたベッドに腰掛け、足を組み、不敵な笑みを浮かべている。
俺はトイレから帰ってきたばかりで、まだ手も洗っていない。あぁ、洗わねーと……。
洗面所に行き、戻ると、彼女はベッドのそばの本棚を漁っていた。
ふむふむ、なかなか、健全ですなぁ。いかがわしいものは隠すタイプですか、なるほどなるほど
おいっ、なにしてんだ!!
おや、なにかみられちゃいけないものでも?
勝手に人の本棚漁るなんて不躾だっつってんだよ
これは失礼。あまりにも暇だったので
いや、暇なら帰れよ
残念ながら、それはできないのですよ
は?なんでだよ。ってか、死神って、なんかこう、鎌とか持ってるものなんじゃねーの?
目の前にいる自称死神は、手ぶらだ。
最近の死神は、鎌は持ちません。ついでに言うと、誰も骸骨なんかじゃないですし、見た目じゃ人間と変わらないんですよ
で、なんで帰らないんだ
これを訊きたかったんだった。要点をまとめられないのは、俺の悪い癖だった。
あなたが死ぬのを見届け、魂を冥府まで運ばなければいけませんから
死神はこれで多忙を極めるんです。死ぬとわかったんですし、できれば早急にお亡くなりになられてほしいですけれど、それはさすがに人間の自由ですので、まぁ、お好きなように
なにがお好きなように、だよ!!誰が死ぬかよクソ死神!!
……言葉遣いが汚いですねぇ
冷え切った瞳に睨まれ、身が竦む。
まぁ、どうぞ、好きなだけ罵ってください。それであなたの寿命が伸びるわけでも、縮むわけでもありません。あなたが今すぐ自殺を図らない限り、死期は来るべき時に、訪れますから
––––––––死ぬ。
全く実感が湧かない。いや、そんなもの、湧いてほしくない。
死ぬ?俺が?冗談きつい。
こんなフラグ、折らなければならない。必死に知恵を絞り、
死因は?俺はなぜ、死ぬんだ?
あーそれ、知りたいです?わたしとしては、できれば教えたくないんですがねぇ
でも教えちゃいけない決まりはないんだな?
えぇまぁ、そうですけれど
じゃあ教えろよ
……ちぇっ
あなたは三時間後、信号無視の酔っ払いドライバーに撥ねられて、即死します。苦しまないし、死体は存外綺麗なままみたいなんで、安心してください
……轢死、か。なんだかありきたりだ。まぁ俺みたいなありきたりな人間には、お似合いなのかもしれない。
って、これは轢死した今までの死者に失礼だけれど。
というか、もしそれが事実なら、俺は部屋から出なければいい。そうすれば、轢かれる心配なんかないのだから。
じゃあ俺は、それを信じて外出しなければ死なずに済む。違うか?
不正解ではありませんが、正解でもありませんね
どういうことだよ
もし、あなたが家に引きこもったとして、けれど三時間後に死ぬという事実は覆らないということですよ
つまり、死神が把握している死因により死ぬことは回避できても、死ぬこと自体は回避できないということですね~
ククッ、また、不快な笑い方で笑う。
つまり俺は、どうあっても今日死ぬと?
そうなりますね~
楽しそうに体を揺らし、にこにこと気持ち悪い表情を浮かべる自称死神は、トンッと身軽にこちらへ寄ってきて、
わたしのような、容姿端麗な死神があなたの死を見届けてあげるんですよ?どうかその、眉間に寄ったしわを伸ばして、わたしと最後の三時間を楽しもうじゃありませんか
……ふざけるな
なにが楽しむ、だ。突飛な言動には慣れてきたつもりでいたが、人間の死を心底面白がり、楽しんでいるこいつの考えには嫌悪しかない。
ふざけてなどいませんよ。どうせ死ぬなら、残りの三時間を無駄にしたくはないでしょう?
……俺は信じないぞ
お好きなように
でもこんなにわたしの話を聴いてくださる人間は初めてなので、あなたもう、すこしくらいなら信じていいと思っているのでは?
……そんなこと、一ミリも思ってない
まぁ、いいでしょう
で、なにをします?この家の中じゃ、つまらないですよ。外出ましょうよ、外
なんでお前が決めるんだ。残された三時間は、俺のものだぞ
え~、だってあなた、楽しいことなんて思いつかなさそうですし
……ものすごく的を射た意見だった。悔しいが、まったくその通りだった。
わかった。じゃあ、外、出るか……
俺がそう言うと、自称死神はにんまり笑い、決まりですねと言った。
正月気分で浮かれた人々が溢れる街。傍からみればひとりで歩く寂しい大学生だが、気分としては美人と並んで歩く幸せな正月だ。
––––––––気分としては、だが。
正直、まったく楽しめない。当たり前だが、彼女のことは他人にはみえないのだから。
いわく、
わたしのことはあなたにしかみえません。もし、死を目前にした仮死亡扱いの人間がいたとしても、その人間にわたしはみえません。その人間にみえるのは、担当の死神だけです
仮死亡扱いの人間とはつまり、一日以内に死亡する人間のことだそうだ。まだ死んでいないのに仮死亡だとか、正直、気分が悪いけれど。
で、どこに行くんですか~?
あなたにしかみえません、とか言っといて、この見た目だけは可愛い自称死神は、お構いなしに話しかけてくる。
おーい、聞こえてないんですか~?
聞こえていないならどんなにいいことか。
俺はどうにか考えて、スマホを耳に当てて応えることにした。これならまだ、独り言を呟いている怪しい人にはみえないだろうと判断したのだ。
どこでもいい。お前が決めろ
俺の三時間だ~とか言ってたくせに、まったく、人間はすぐ意見を変える
臨機応変なんだよ。
じゃあとりあえず、初詣でもしてはどうです?おみくじとか、引くんでしょう?
……これから死ぬ奴が神に祈ってどうすんだよ
祈るんですか?ただ身勝手に願い事を押し付けるだけでは?
お前ほんと容赦ないな
というかあなた、いくら通話中を装っても死ぬとか言ってしまったらあんまり効果ないのでは?
お前が悪いんだろうが
あらわたしの所為ですか。えらいすんませんなぁ
……腹が立つ。やっぱり、外になんて出るんじゃなかった。
毒づきつつも、人の流れに流されるままに歩いていたら、結局神社に辿り着いた。元旦に考えることなんて、同じということだろうか。
さすがにスマホをしまい、詣ろうとする人々がなす長蛇の列に自分も並ぶ。
その間にも、自称死神は遠慮なく喋りまくっている。
うへぇ、ここ、なんだか気持ち悪いですね。別の神様が仕切っている場所だからですかね。嫌だなぁ
だったら離れとけばいいだろ、と思うが、強いられる理不尽に対する小さな反撃だと思って、俺は黙っていた。なにかを装わずに言葉を発するなんて、そもそもしたくないけれど。
順番が回ってきてお詣りした後は、おみくじだ。
引いたって、自称死神の話を信じるなら俺の人生はあと三時間もないわけだから意味はない気もするが、このまま帰ったらまた、うるさそうだ。
これ、神社側の仕込みとかされてそうですね。こんなものに一喜一憂するなんて、どうかしてますね
人間なんてみんな、どっかがどうにかなってるもんだよ。
百円入れて、くじを引く。
どうでしたどうでした~?
覗き込んでくる死神。無言で結果をみせてやると(あくまで自然な姿勢で)、腹を抱えて爆笑し始めた。
あっはっはっはっ、傑作ですねっ、ククッ、あなた、最高ですよっ、あははっ
……大吉だった。
まったく、皮肉で、嫌味で、無意味な結果だ。
ありがたいお言葉なんて読む気にもならず、笑い転げる死神を放置してくじを結びつける。
あなた大吉ですって。良かったですねっ!!
良くないわ!!……反論したかったが、此処はぐっと堪える。
此処で大声を出せば、今までの誤魔化しがすべて水の泡だ。
はぁ、新年早々、おめでたいですね。死んでしまいますけれど!!
まだ笑いは収まっていないようで、ときどき急にククッ、と声をもらす自称死神。
人でなし
突然どうしたんです?側を歩いていた綺麗なお姉さんが不審げにあなたをみてますよ?
思わず言葉を発していた。確かに、美人さんの冷たい視線が痛い。突然ろくでなし、なんて言葉が聞こえてきたら誰だってあんな顔をするだろうが、それにしても、刺さる。
神社を出て、またスマホを耳に当てる。これがきっと、今の自分に思いつく最善策だ。
それにわたし、人間じゃないので!あなたたちみたいな下等生物、こちらから願い下げなのでご安心を!
……ほんとお前、容赦ないよな。
次はどこに行く
お、わたしが決めていいんですか~?
好きにしやがれ、もう
人生最後の三時間。と言っても俺はまだ、自分が死ぬなんてこと信じてないし、受け入れてもいないし、だから当然実感もなくて。
自称死神の指示のまま、街中を歩き回る。
––––––––正直すこし、楽しんでいる自分がいた。
澄んだ青空の下を歩いていると、年が明けたんだという気にもなってくる。浮かれ気分に当てられたんだろう、きっと。
ずいぶん歩き回った。時間を確認する。
……あと、どのくらいだ
そうですねぇ、あと数分といったところでしょうか
にんまりと、癪に触る笑みを浮かべた自称死神は、俺の手を取り、
どうです、楽しかったでしょう?
自信満々にそう言った。
……まぁ、悪くなかったな
おっ、それはそれは。あなたこの三時間でずいぶん丸くなったじゃありませんか。そんな感じで人当たりよくしていれば、人間関係もうまくいったでしょうに
……なんだそれ
仮死亡の人間のことは、いろいろ調べるんですよ。悪く思わないでください。危険人物には、それなりの死神がつかないといけないのでね
そうかよ。……人間関係とか、もういいだろ。どうせ死ぬんだから
あら信じるんですか?
信じるよ。お前が死神だってことも、俺がもう数分後には死ぬってことも
そうですか、それはなんというか、つまらないですねぇ
思い通りになると思うなよ、死神
自称死神から、死神に昇格だ。
死を受け入れないまま恐怖に襲われ死ぬよりはきっと、潔いだろう。それに、受け入れず恐怖に苦しめば、こいつはきっとそれをみて愉しむだろうから。
馬鹿げた話だが、死神の姿が他の人間にみえていないことを証拠として、認めてやろう。
あぁもうすぐですよ。死後のあなたのことは、お任せくださいね~。ちゃんと、冥府までご案内致しますから
それではよい旅を––––––––
––––––––衝撃とともに、世界が真っ暗になった。
どうだった、今回は
最悪ですよ。すべてを受け入れて、見事に宙を舞い、即死。苦悶の表情も絶望に満ちた絶叫も、なにひとつ愉しめませんでしたから~
それにしては、楽しんでいたようだが?
……ククッ、そうみえました?
あぁ、お前いつもはすぐ魂奪って帰ってくるだろ
そのたびにあなたに怒られては堪らないですからねぇ
それに今回は……まぁ、そうですね、普段よりはマシな人間だったので
珍しいな。お前のお眼鏡に叶う人間なんて
ククッ、そんな大層なものじゃないです。ただの、気まぐれですよ……
綺麗な表情で死んでいった人間のことを思い出す。
わたしのことを見抜き、恐怖を受け入れ、わたしから愉しみを奪った人間。
……そうですね、強いて言うなら、新年気分にあてられちゃってたんです、きっと
どうかしちゃってたんですよ
お前ほんと、ろくでもないな
よく言われます
Reaper
Fin.