月が空に昇る頃
彼女は彼に告白した
月が空に昇る頃
彼女は彼に告白した
愛してる。今でもずっと
貴方の事を、愛しているわ
……そうか
そっけないのね
知ってるだろ
……うん、知ってる
貴方って、そういう人よね
でも、そういう所も、好きよ
振った男に言う台詞じゃ
ないと思うけどな
怒ってる?
いいや。そういうヤツだって
知ってるから
それでも、好き「だった」よ
あら、酷い。過去の女に
するつもり?
それを望んだのは
そっちだろ。なのに今さら
なんの気の迷いだ?
男の声は優しく
彼女の言葉を促すように
穏やかだった
……本当に、変わらないわね
楽しげに彼女は小さく笑い
どこか遊ぶような、あるいは誘うような
蠱惑的な響きを声に滲ませ
再び告白した
少しね、状況が変わったの
ううん。私の気持ちが
落ち着いたって、言った方が
良いかもね。だからね、直刀
また、よりを戻さない?
だって、私は貴方が
今でも好きなんですもの
…………
直刀(なおと)と呼ばれた彼は
すぐには応えない
短くは無い。けれど長くもない
そんな沈黙を費やして
そうだな――
直刀は応えを口にした
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
◆ ◆ ◆
◆
夏だ!!
海だ!!
バカンスだ!!
ナンパすっぜ!!
ひゃっはーっ!!
引率者がなに言ってんです
いやいやいや、海斗くん
海だよ、眩しい砂浜だよ
何より見たまえ――
あの砂浜と海で戯れる
お嬢さんたちを!!
何もせずにいられるかい?
否、空に照りつける太陽に誓って
己がリビドーを開放するべきなのさ
さぁ、一緒に
トゥギャザーしようぜ!!
アンタ今月、減給ね
どういうことっすか茜所長ーっ!!
夏の砂浜で、学生と、その保護者
傍で見ているとそんな一団が騒いでいる
全員若い
高校生から大学生
保護者達も、せいぜいが20代半ば過ぎ
どこかの学校の修学旅行か
はたまた臨海合宿か
そんな雰囲気を漂わせている集団だったが
実際は、違う
半官半民とはいえ
ウチみたいな退魔組織が
こういう目立つ所で
はっちゃけられる訳ないでしょうが
彼女が口にした通り退魔組織なのだ
国からの支給がいつも一杯一杯なので
時折バイト活動に精を出さないと
いけないぐらい切ない組織ではあったが
そんな彼女達が、こんな場所に居るのは
スポンサー様のご意向である
ちょっと茜。硬いこと言わないでよ
折角この私が、パパに頼んで
社員旅行に連れて来て
あげてるんだから、ぱーっと
楽しまないと嘘でしょ
さっすが恵巳さま、話が分かる~
へっへっへ、スポンサー様の
お嬢さまの許可もあるんだし
ここは早速レッツアバンチュールに
アンタは荷物番しときなさいね
東児
いや、そんな、ご慈悲をお嬢さま
じゃ、そういうことで
よろしく~
そんな~
砂浜に膝をついてまで嘆く東児
そんな彼に手を差し伸べたのは
大人しそうな少女だった
東児先生。交代で荷物みましょう
ちょっと彩希、なに言ってんの
アンタは、私と遊ぶんでしょ
うん。砂浜、一緒に見て
回るんだよね。楽しみだね
めぐちゃん
学校の同級生でもある恵巳に
彩希は、屈託のない笑顔を向け返した
楽しみだね。さっき、屋台もあったし
一緒に行ってみよう。すっごく楽しみ
……分かってるなら良いのよ
私が誘ってあげてるんだから
感謝しなさいよね
うん! ありがとう、めぐちゃん!
……そう
さーて、んじゃま
早速、遊びに行かせて貰いますかね
そこは大人として
自重しましょう、先生
うっ……笑顔が怖いんだが
優希ちゃん
先生が、ちゃんとしてくれれば
こういう事は言いません
いざという時だけじゃなく
普段から格好いい所を
見せて下さい、先生
へいへい
退魔師としての教え子に諭されて
とりあえず生返事を返す東児
まぁ、隙を見て、こうね
内心は遊ぶ気満々ではあったが
はいはい。みんな盛り上がってる
みたいだし、遊ぶなとは言いません
でも、私達の役目も
忘れないように
最近、この砂浜で、怪事件が
発生してるんだから
遊ぶついでに異変に気付けたら
対処するように
ま、それはそれとして
折角のバカンスなんだし
みんな楽しく遊びましょ
やったー! あっそぶぞー!
なっにしようかな~
予定ないなら、一緒に遊ぶか、2人とも
好いよ~♪ おごって
くれるなら、なお好し
後でモデルになって
くれるなら、好いぜ~
オッケー。でも、それなら
いっぱいおごってね
絵のモデルで30分以上
動かないでいるの
結構大変なんだから
任せて任せて。2人とも
好きなもん頼んじゃって
楽しげな会話の弾む彼女達に
1人の男性が声を掛ける
好きなの食べるのは良いけど
程々にしといた方が良いよ
後でバーベキュー
みんなで食べるんだからさ
おう、分かってる分かってる
直刀が用意してる飯は美味いからな
楽しみ~
手伝わなくても、良い?
ああ、気にしないでくれ
菜桜も、手伝ってくれるからな
兄に呼ばれ、妹の菜桜が返す
ん、任せて任せて
適当に、休憩とって
お兄と遊びつつするから
手が必要になったら
いつでも呼んで。すぐに
手伝いに行くから
うん。そん時は、よろしく~
わいわいがやがや
楽しそうな仲間達に、彩希は視線を向ける
…………
気になる? 直刀のこと
ひゃっ! え? あっ
優希先輩
そっと他の誰にも聞こえないように
静かに囁いた有希に、彩希は
恥ずかしげに頬を染める
気になるって言うか、その……
しょうがないわよ。だって――
告白、するんでしょ
この旅行中に
応援してるわよ、頑張って
あ……
はい。がんばります
彩希は、はにかみながら笑顔で返した
…………
少し離れた場所から
恵巳に見詰められながら
そうして、退魔組織な彼女達の
旅行と恋の物語は、始まるのだった――
…………
静かな波乱を、含みながら