――2月19日、木曜日。

 身支度中につけっぱなしにしているニュースから、耳を引くものがあった。

ニュースキャスター

現在流行している伝染病は
症状は軽く、
命に別状はないものですが
完治までは1週間と
言われており……

 るりが罹った伝染病の話だ。良かった。少し長引くだけで、大丈夫みたい。感染力が強いらしく、るりが言ってる通り、行かない方がいいのは確かだ。

正木先生

はい終わり。おめぇら寄り道は
ほどほどにしとけよ。解散。

 終礼を閉める正木先生のいつもの口ぶり。私も帰ろうとした時、珍しく正木先生に呼び止められた。

正木先生

真悠、ちょっといいか。

真悠

はい。なんでしょうか。

正木先生

……あまり心配
かけたくねぇんだが……

 先生にしては珍しく、勿体ぶった言い方から始まった。なんだろ?

正木先生

るりのお母ちゃんからよぉ、
連絡があってな。

真悠

えっ!?

 何かあったの?

 不安が胸に纏わりついてくる。私は不安のあまり質問が出なかった。

正木先生

伝染病、思ったより
酷いみたいなんだ。

真悠

え!?
大した伝染病
じゃないって……

 声を失う私の後ろから、龍太郎が顔を出してきた。龍太郎も今の話を聞いていたはず。

龍太郎

叔父さん!
今の話ほんと?

正木先生

おいおいどこに居やがった。
まぁいい、誰にも言うなよ。
……今からるりの家に行く。
おめぇらもついてきてくれ。

 どうやらるりのお母さんが困っているらしい。部屋に閉じこもったまま出てこようとしないみたい。それで一番仲の良い私の名前が上がったようだ。そうじゃないと正木先生が私にこの事態を言うはずがないし。

 るりの家には何度も行ったし、お母さんとも何度も話したことがある。きっとかなり困ってるんだろう。





 もちろん私は即答で一緒に行くと答えた。

正木先生

よし、んじゃ、おめぇらは
ここで待ってな。
ちょっち母親に
事情聴いてくるからよ。

 1分後。

正木先生

おい、おめぇら、入ってきな。
伝染病なんかじゃねぇ。

龍太郎

え?

真悠

何……?

 るりのお母さんに話しを聞くと、月曜日帰ってきてから、ずっと閉じこもったままらしい。
 

真悠

るり、聞こえる。
何でもいいから返事して。
心配だよ。

龍太郎

るりちゃん、
僕は何も出来ないけど、
話くらいは聞けるよ。

…………

正木先生

……龍。
おめぇ、ピッキング出来たよな。

龍太郎

叔父さん
ま、まさか……。

正木先生

めんどくせぇから開けろ。

龍太郎

え~、滅茶苦茶だよ。
るりちゃんとしっかり
話したほうが……

正木先生

いいからやれって。
俺が変な空手の有段者って、
知ってんだろ?
この扉、蹴破られてから
やっときゃよかったって
後悔するか?

 龍太郎は観念したみたい。るりのお母さんが見守る中、龍太郎のピッキングが始まった。道具は家にあるもので代用した。

真悠

龍太郎凄い。
こんな特技あったんだ。

正木先生

でかした。

 正木先生が扉の前に進む。龍太郎が道具を片付けて後ろに下がる。

正木先生

るり。
俺は遠慮なく開けるぜ。

 正木先生がドアを開ける。


 私は目を疑った。ドアを開けた先は、勉強机やタンス、それに本棚などでバリケードが作られていた。異常すぎる状態。いくら嫌な事があったり、誰とも会いたくなくても、通常ここまではしない。

正木先生

こいつぁ、一体……。

龍太郎

る、るりちゃん!
お願い、ちゃんと話そう。

真悠

るり、私達友達だよ。
龍太郎だって正木先生も、
皆、るりの味方なんだから。

正木先生

お母さんちょいと無茶しますよ。

 嫌な予感が走る。そう思った時、正木先生は大声を張り上げた。

正木先生

るり!
俺以上に
さぼるのは許さん!

真悠

正木先生!
るりが部屋の中に
居るんだよ!

龍太郎

ちょ、叔父さん!
危ないじゃないか!

 龍太郎の言う通り。正木先生は後先考えなさすぎ。

 全力で蹴り飛ばした本棚は、向こう側に倒れはしなかった。でも正木先生の足の大きさくらいの風穴はできた。

正木先生

っなっ!?

 風穴から部屋の中を覗き込んだ正木先生が、顔色を変える。学校では絶対に見せた事のない表情。ただごとではない状況に違いない。

正木先生

ちきしょう!
窓だっ!
窓が開いている!
外に回れっ!

 るりは窓から外に逃げていた――。




 どうやら私達が来た時に、窓から逃げ出したみたい。そしてこの後、夜中になるまでるりを探した。警察含め家族総出で探し回った。しかし、るりは見付からなかった。






 何が一体あったの? るりはどうしちゃったんだろう。悩んでるそぶりもなかった。いや、周囲にそう見えても、私には悩みがあれば相談してくれた。もうすぐ高校卒業で、卒業旅行に行こうってあれだけはしゃいでたのに。……涙が止まらない。私はるりの力になれないのかな。










 日が変わっても探し続ける私は、疲れのせいか気を失った。途中、うっすら意識が回復したのは正木先生に背負われてる時。あったかくて、大きくて、頼もしい。普段馬鹿ばっかりの先生だけど、凄く居心地が良かった。



 そして起きてから思い出した。その帰り道で正木先生に報告する、るりのお母さんの言葉。皆が探し回っている時、るりの部屋を色々調べて分かった事……。














「あの子、何も食べてませんでした」





「三日分の食事…………」





「全部ゴミ箱に捨ててあったんです」

次の日へ続く 

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