嶋尻 美琴

ちょっと待ってよ!冴場君!?

冴場 龍哉

いいからいいから…

 強引に美琴の腕を引っ張り、俺の車が止まるレンガ詰めの中庭へと出てくる美琴の後輩。

 見ると、美琴の顔は今にも泣き出しそうな顔をしている。

沢継 煉

あぁ…これは俺に誤解されていると思っているな…
こんなこと位で誤解なんかする訳ないんだが、美琴の腕を俺以外の男がひいていること自体は、いい気はしないな…
だったら…

 次の瞬間、俺は車の運転席側の窓を開き、開口一番こう告げる。

沢継 煉

2人共、俺の車の後部座席に早く!!

冴場 龍哉

えっ!?

嶋尻 美琴

…いいんですか?煉先輩…

沢継 煉

いいって言ってるだろう?早く乗れ。
2人とも、雨に打たれて風邪ひきたいのか?

冴場 龍哉

それじゃ、お言葉に甘えて…

 後部座席の扉が開き、美琴の後輩が入ってくる。

冴場 龍哉

美琴先輩も早くこっちに…

嶋尻 美琴

『煉』はああ言ったけど、私はこっちなの!!

沢継 煉

………

 助手席の扉が開き、美琴が助手席に慣れた所作で入り込み、シートベルトをしめる。

沢継 煉

美琴!ナイス!!

 俺は平静を装いながら、心の中でガッツポーズをする。

 俺は『2人共、俺の車の後部座席に早く!』と促した。

 だが、俺の意図を察知してなのか、自然とそうしただけなのか、美琴は助手席に座ると言って彼と物理的に距離を置いた。

 さらには、普段は『先輩』と呼ぶ俺のことを、『煉』と下の名前で、しかも呼び捨てで呼んだ。

 俺は、美琴や美琴に付きまとうこの男子高校生から見れば大先輩であり、通常なら俺のことを呼び捨てで呼ぶことなどあり得ない。

 だが、俺の彼女である美琴ならば、通常ではあり得ないことでも、当然やってのけることが可能な訳で、それをできる唯一の存在でもある。

沢継 煉

2人共、シートベルトはつけたな…出発するぞ!

 土砂降りの雨の中、俺の車が走り出した。

沢継 煉

ところで…君、名前は?

冴場 龍哉

…失礼しました。俺は冴場と言います。冴場龍哉です

沢継 煉

冴場君か…家まで送ろう。どこに向かえばいい?

冴場 龍哉

いいんですか?

沢継 煉

ああ、俺は構わないが…

 助手席に座る彼女を見ると、コクリと無言で頷く。

冴場 龍哉

それなら…目野駅までお願いできますか?駅に自転車を置いているんです…

沢継 煉

了解した

 俺の車は、一路目野駅に向かって走り出した。

 後部座席の扉を開き、冴場龍哉が車に乗り込む。

冴場 龍哉

美琴先輩も早くこっちに…

嶋尻 美琴

『煉』はああ言ったけど、私はこっちなの!!

 助手席の扉を開き、中に乗り込む。

 先輩の顔をちらっと見ると、平静を装っているものの、口元が少しにやけていた。

嶋尻 美琴

…やっぱり、こっちに乗り込んで正解だったんだ!!

 先輩は、その時その時の心境が顔に出やすい性格で、ただの先輩・後輩の関係の時から数えれば付き合いが1年以上になる私に、その小さな変化を見逃すなどという愚行はあり得なかった。

 私と隣同士で座るつもりだったのだろう、それが計画倒れとなりイラッとしたのか、後部座席の後輩が勢いよく扉を閉める。

 そして私も、車の中がこれ以上濡れないよう、急いで扉を閉める。

沢継 煉

2人共、シートベルトはつけたな…出発するぞ!

 土砂降りの雨の中、先輩の車が走り出した。

沢継 煉

ところで…君、名前は?

冴場 龍哉

…失礼しました。俺は冴場と言います。冴場龍哉です

沢継 煉

冴場君か…家まで送ろう。どこに向かえばいい?

冴場 龍哉

いいんですか?

沢継 煉

ああ、俺は構わないが…

 先輩が目で同意を求めてきたので、私は無言で頷く。

冴場 龍哉

それなら…目野駅までお願いできますか?駅に自転車を置いているんです…

沢継 煉

了解した

 先輩の車は、一路目野駅に向かって走り出した。

 目野駅までに着くまでの間、先輩は運転しながら、冴場龍哉からいろいろなことを聞き出していた。

沢継 煉

冴場君、ご家族は?

冴場 龍哉

父・母と3人暮らしです

沢継 煉

そうなんだ

冴場 龍哉

でも、近くに父方の祖父母が住んでいて…

沢継 煉

それなら、俺も祖父母が近くに住んでるんだ。一緒だな!

冴場 龍哉

そうですね

沢継 煉

それで、俺は祖母の作るおにぎりが大好きなんだけど、冴場君は?

冴場 龍哉

そうですね…

嶋尻 美琴

…さすが先輩。初対面のはずなのに、私以上に話ができてる…

 その巧みな話術で冴場龍哉を丸裸にしていく煉先輩。

沢継 煉

なるほどね………それで、冴場君には、お付き合いしている人とかいるのかい?

嶋尻 美琴

!!先輩…

 運転しながら、私の左肩に腕を回す先輩。

冴場 龍哉

…いや、俺には、その…

沢継 煉

それじゃ、好きな人は?

嶋尻 美琴

………

冴場 龍哉

好きな人は、いますよ…。
でも先輩、話が合うからって、いきなり初対面の人にそこまで話をするものですか?

沢継 煉

それもそうだな…これは失礼した

 腕を定位置に戻し、左手をハンドルに戻す先輩。

“カッチンカッチンカッチンカッチン…”

 ハザードランプをつけて、歩道に車を寄せる先輩。

 いつの間にか、車は目野駅のロータリーに到着していた。

 第5話 に続く

第2部 銀杏大学編 第3章 後輩の影  第4話「敵中視察」

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