Wild Worldシリーズ

コール歴5年
未来視の未来

5

   

   

   

 初めて訪れたカノンの住処。

 部屋は雑然としていて、通る所だけ物がないといった感じだ。

 それに狭い。

 ずっと城に暮らしているから感覚が麻痺しているのかもしれないが、とても25歳の女性が1人で暮らすような場所だとは思えなかった。



 壁に剣を立てかけてから、クローブは勧められた椅子に座った。

 不恰好なその椅子は、頼りなくギシッと軋むから、少し不安になる。

カノン

葉茶しかないが、それでいいか?

 カノンが聞くと、クローブは驚いて、無粋だと思いながらもカノンの顔をまじまじと見てしまった。

クローブ

まさかカノン様が自分にそんな細かな気を配ってくれるとは……

クローブ

カノン様はそういうのお分かりになるのでは?



 クローブの言葉に、カノンは首を振った。
 
 
 アールの葉を細かく砕き、そこに湯を流し込む。

 こだわる者なら少し蒸したりするのだが、カノンは ”飲み物は喉を潤せればいい” というタイプだった。

カノン

……私に視えるのは大局だ
それに結びつく人物がどう動くかも分かる

人の細かな趣味までは分からない



 クローブにカップを差し出しながら、カノンも向かいに座った。

 結局、クローブの返事を聴いていないことに、どちらとも気がつかない。

 

クローブ

私がここに来るとはお分かりになった……?

カノン

あぁ。王の使いだろ? 早く出せ



  カノンの率直な物言いに、クローブは苦笑する。

 自分がもう少し若かったら、こんな物言いされたらきっと激怒した。

 大人になったと、歳を重ねたと、静かに思う。
 


 差し出された葉茶を一口口にしてから、クローブはテーブルの上にりんごと金の入った袋を出した。

 葉茶は少し甘い。

 この森で採れる葉は上質なのだ。


 用件はこれだけだが、お茶まで出してもらったことだし、もう少しゆっくりしていってもいいかと少し迷う。

 カノンの性格から、お茶を出したのは建前の礼儀で、用がないなら出て行けと言われかねないと思った。

 しかし、今はカノンと話すチャンス。

 カノンは滅多に城に来ないし、自分も用もないのに女性がひとりで暮らしている場所に来るわけにはいかない。

 思案に暮れていると、カノンが口を開いた。

 

カノン

それと、頼みがある



 りんごをひとつひとつ籠の中に入れるカノンを見ながら、クローブは一瞬耳を疑った。

クローブ

頼み……?

カノン

お前の未来が視えないんだ



 カノンは、どんな大事なこともさらりと言うから、クローブは普段よりも神経を使ってカノンの言葉に耳を傾けた。

 クローブは、冷静を保ちながら、内心嬉しかった。



頼られることに悪い気はしない。

 ましてカノン様のような人に……


 手のひらに変な汗をかきながら、カノンの言葉を待つ。

 カノンの淹れた葉茶をもう1口飲んでみると、甘い香りが広がって、何故かカノンとの距離が縮まったような気がした。

カノン

大きく何かが変わるとき、お前は必ずそこにいる

いるはずなんだが……視えない

クローブ

それは……寂しいですね

カノン

歴代……勇者とか、英雄とか呼ばれる者
そいつらの特徴だ

クローブ

……というと?

カノン

クローブ、お前はこの先英雄になる

 クローブの目を見てはっきりと言い放ったカノン。

 その真面目な物言いに、クローブは笑ってしまった。

クローブ

そんな……私が英雄だなんて恐れ多い

カノン

私もお前が英雄だなんてにわかに信じられん



 本心を隠すことなくカノンが言う。

 クローブの笑いは苦笑に変わった。

 冗談の通じると思えないカノンに、なんと言っていいか分からず、言葉に詰まってしまった。

カノン

お前、王を護れ

 カノンらしい、分かりやすい頼みだった。



 クローブは、カノンの瞳を覗き込むと、そこに何かの感情がないか探ってみた。

 けれど、何も分からなかった。

クローブ

どうして私が? カノン様なら王を護れるのでは?

カノン

私では無理だ。未来を視ることは出来ても、未来を変えることはできない

クローブ

……

カノン

クローブ、お前が英雄だとするなら、お前なら未来を変えられる











   

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