糞野郎の策略に嵌まってから四日。俺の精神は限界近くにまで削られていた。

毎日毎日吐いてしまいそうな嫌がらせを受け続け。油断すれば襲われそうになり、やっきになって抵抗しても、奴を悦ばせるだけ。

ソフィーヤ達がどれだけ滅入っていたのかが身にしみた。正直、アイツらの愚痴を聞いていても、心の隅では俺よりはマシだろうと思っていたのだが……

アリサ

興味の無い男から迫られるのがどれだけ苦痛か……よぉく分かったぜ……

魔王

アリサちゃ~ん? いつデレてくれるのぉ~?

アリサ

離れろ糞野郎がっ!!

魔王

ひぃ~! これは攻略難易度ベリーハードだ~!

俺の方がまだマシだったのだ。こき使われていた時はただ腹が立つだけだったが、今は怒りに加え、言いようのない恐怖も感じる。

奴にこの身を、「性的に」狙われている――
この恐ろしさは、女になってみないと味わえないものなのだろう。

ただ、これでもまだ軽い方だ。俺が受けている中で、一番辛い苦痛は――

魔王

あ、ソフィーヤ達には教えといたから

魔王

やっぱあいつ等もねー、お前がおんなじ女の子になって嬉しいと思うよ、多分

この時、
俺は人生で初めて、
具体的に自殺の方法を考えた。

ソフィーヤ

魔王様……人間界の偵察結果を報告致します

疲労が溜まっているのか、やや気だるげな雰囲気でソフィーヤが捜索結果を告げる。

ソフィーヤ

王国の西部にて、国王と后、その関係者と思わしき一行を発見しました。廃教会の地下にある避難壕に潜伏しています。勇者とは逃亡中にはぐれたらしく、見当たりません

ソフィーヤ

また、王国軍壊滅の影響により、領土全体で統制力が低下。治安が悪化し、各地で内乱が相次いでいます

ソフィーヤ

それに伴い、北部の帝国軍が山脈を乗り越え、本格的に侵攻を開始しました。このまま放置しておけば、王国滅亡は時間の問題と思われます

魔王

うん、だからそーゆー小難しい話はどーでもいーの。なんべん言わせりゃ分かんだよ、あったまわりーなーお前等

にじみ出る憤怒の感情が、俺の元にまで伝わってくる。糞野郎は全く気付いていない。

こいつは俺に構い始めてから、反比例するように三人の扱いがないがしろになっていた。段々と立場が逆転しつつある。

魔王

オレが聞きたいのはそんなことじゃねーの。オレとアリサでラブラブデートを楽しめるような平和で楽しいオススメスポットは無いかってきーてんの。その為に昨日と今日の丸二日、お前達に人間界を探し回らせたの

紅音

……でしたら、南部の荒野地帯がよろしいかと。あそこはエルドラゴの軍が――

魔王

アリサな。つかもうアリサ将軍じゃねーし。オレの恋人だし

紅音

……魔獣軍が一帯を支配しており、人間が立ち入ることは決してありません

魔王

本気でバカなのお前は? 荒野なんか行ったって見るモンねーじゃん! 大体アイツら魔獣軍は獣臭ぇけだものばっかなんだ、オレ等が行ったら臭いが染みついちまうだろ!

アリサ

誰がけだものが糞がッ!!!

奴の膝に座らされていた俺は、怒声を上げて肘打ちをかます。自分のことはともかく、部下を悪く言われるのには我慢ならなかった。しかし、

魔王

うっふぅ……! 中々いい威力だな♡

アリサ

…………

まるで効果無し。俺は諦めて、再び人形状態に戻る。

もちろん、奴の性癖はとっくに3人にバレてしまっていた。元からマントルレベルで見下げているので、特に軽蔑や失望はしなかったが。

アイヴィアス

……あの、魔王様。改めてご質問します

アイヴィアス

そこで座っている少女アリサは、元はエルドラゴだったのですね?

魔王

何度言わせりゃ気が済むんだよ! このオレが自らのすんばらしー魔法を使って生まれ変わらせてあげたんだよ!

魔王

お前等だってエルドラゴを辞めさせるなってお願いしてただろー。だから残してやったんだよ、オレは寛大な性格だからな。な、アリサちゃん!

アリサ

…………

魔王

うーん、冷たい所もまたいいね!

アイヴィアス

……それでは、魔獣軍は今後の指揮を誰に取らせるのですか?

魔王

あんなん待機だ待機。未来永劫待機だ。アイツ等には荒野の砂を数える作業についてもらおう

アリサ

……追い出し部屋じゃねぇんだぞ……

まだ殴り飛ばしたくなってくるが、必死にこらえる。何をしても奴を悦ばせるのなら、無反応・無関心を貫いた方がマシだ。

魔王

で? 結局オススメスポットはみっかんねーの? 昨日と今日の丸二日探し回らせたっつーのに? 明日は休みなのにどうしてくれんの?

アリサ

何が休みだ、テメェは毎日遊びまわってんだろ……

紅音

お言葉ですが、デートは魔界で楽しまれたらいかがかと……

魔王

だーかーら! 何度も言ってんだろ!

魔王

一昨日魔界でデートしてたら職質喰らったんだよ! オレとアリサちゃんは相思相愛の仲だっつってんのに、魔王の顔も知らねーポリ公共がしゃしゃってきやがってよ!

魔王

教えたら教えたで、今度はあいつら魔王省に連絡しやがって! 余計なことせずにさっさと侵略に取り組めって言われてよ! たくっ、オレが誰だかも分かんねーのか……!

アリサ

さすがの魔王も、国家権力には適わないらしいな……

やはり紅音とアイヴィアスが言っていた、内情を暴露して社会的に追い込むというのもいい案に思えてきた。

しかし……今奴を追放したら、俺は永久にこの姿のまま。もう二度と火も噴けず、空も飛べず、無力な少女としてみじめに生きていくしかないのだ。

ソフィーヤ

では魔王様

ソフィーヤがにこやかな顔で口を開く。

ソフィーヤ

南部には人間界有数の美しさを誇る海岸地帯がございます。アリサと二人で水着デートなどいかがでしょうか?

魔王

う、ううう海か! いやしかし、今は春だし、ちょっとアリサも肌寒いんじゃ……!

ソフィーヤ

魔王様のお力で夏にしてしまえば済むことではありませんか。ぼやぼやしていたら海開きを迎えて人間共が押し寄せてしまいますよ?

魔王

た、確かにそうだな! よっしゃー海に行くぞ! お前ら! 水着買ってこい!

ソフィーヤ

駄目ですよ魔王様、せっかくのアリサの晴れ着なんですから、魔王様ご本人がお選びにならないと

魔王

そそそ、それもそうだな! 行ってくる!!

糞野郎はウキウキで指を鳴らす。

次の瞬間、暗黒の光が王の間全体を照らし、奴の姿は跡形もなく消え去った。支えがなくなった俺は、そのまますとんと玉座に着地する。

尻から奴の熱気を感じて気持ち悪くなり、
俺はすぐさま降りた。

アリサ

……ソフィーヤ……

ソフィーヤ

し。仕方ないでしょ。アレはああいうところだけ熱心だから、これで今日一日は静かになるわよ

ソフィーヤ

それにあそこの海岸地帯は、帝国の侵略やエルドラゴの襲撃から逃げてきた難民がわんさかいるわ。泳ぐもへったくれもないわよ

ソフィーヤ

どうせ帰ってきたら嫌味言われるんでしょうけど、目の前から消えてくれたほうがマシよ、はーぁ、疲れた……

大きくのびをしたソフィーヤ。ふとXperiaで時間を見ると、もう終業時間になっていた。

ソフィーヤ

ねぇ、またあのレストラン行かない? 私もう今日は飲まなきゃやってらんないわ

アイヴィアス

そうだな……今日は私も疲れた……

紅音

酒は無理だけど、付き合ってやるよ

アリサ

俺も……もう飲んで忘れてぇ……

ソフィーヤ

駄目。今は子供なんだから

アリサ

………………

また、死にたくなった。

酒を一滴も飲めない分、
俺は食べた。食べまくった。

どうやら昼飯抜きだったらしく、ソフィーヤ達も周りの目を気にせず、フルコースを綺麗に平らげた。

四人分で肝の冷えるような額になったが……今頃奴が無駄に買い占めているであろう水着代に比べれば安いものだ。

だが、紅音とアイヴィアスはまだ割り切れるようにはなっていないようで。

一息ついた頃、二人は申しわけなさそうな顔で、ソフィーヤに万札を二枚ずつ渡してくる。

紅音

ソフィーヤ、これ……この前の分も合わせて

ソフィーヤ

だからいらないって言ったじゃない、経費で落とすから

アイヴィアス

いや……やはり、駄目だろう。あの男に比べれば微々たる物とはいえ、不正は不正だ

紅音

つりはいらねぇからよ……やっぱり、考え直してくれよ。このままじゃあのカスと同じだぞ

ソフィーヤ

……ふぅ。分かったわよ

ため息をついてから、ソフィーヤはお金を受け取る。その後、隣の俺にしか聞こえない大きさで、

ソフィーヤ

……頭の固い子達ね……ホント面倒臭いわ

こっそりと、半ば呆れるように。俺は何も返さなかったが、自分の金を出すこともなかった。

紅音

行ってねぇな……挨拶

アイヴィアス

そうだな……

ソフィーヤ

挨拶って……どこに?

紅音

ジオットさんとこ

ソフィーヤ

ジオット……って、確か、エルドラゴのところの……

アイヴィアス

あの人は、魔王学校時代の先輩だったんだ。一緒に生徒会にも入っていた

紅音

あの人副会長でよ。まだアタシ達がペーペーだった頃から、ちょいちょい目をかけてくれたんだよ

アイヴィアス

生徒会総出で対抗試合に参加した時の勇姿は、見ていて頼もしかったな……両腕を折られても戦い続けて……

ソフィーヤ

待って私の知ってる生徒会と違うんですけど。なんでそんな学園バトルものみたいなことやってるの

紅音

けど……四天王になってからは、糞野郎に毎日こき使われてるせいでよ……連絡先も消されちったし、全く会えてねぇ

アイヴィアス

エルドラゴ、先輩の様子はどうだ? 元気にされているか?

アリサ

……魔獣軍に入ってる時点で、元気なわけねぇだろ。給料少なくて嘆いてるよ

アリサ

それに……俺は履歴書見てお前等の先輩だってのは知ってたけど、アイツ全く話題には出さねぇぞ。無理もねぇけどよ……

ソフィーヤ

ま……それはそうかもね。可愛がってた後輩が自分より先に出世しちゃったら、正直複雑よね……

紅音

うう……

アイヴィアス

そうか……

紅音とアイヴィアスは、曇った表情で顔を見合わせた。そんな二人をよそに、ソフィーヤはワインを飲み干す。

ソフィーヤ

すみません、ワインお代わり下さい

は、はい、ただいまお持ちします

上客を恭しく扱うウェイター。しかし、どこか動きがぎこちないように見えた。

彼がソフィーヤのグラスへ丁寧に注ぐ赤い蜜に、俺は喉を鳴らす。

アリサ

あの、俺も……

すみません、こちらはアルコールが入っておりますので……

アリサ

…………

代わりにこちらのグレープジュースはいかがでしょうか? 甘くて美味しいですよ

アリサ

……じゃあ、それで……

当然のように子供扱いされ、俺は凹んだ。まさかあのウェイターも、この前来た時にいた竜だとは思っていないだろう。

ソフィーヤは既にワインを一本分飲んでいるだろうか。頬が紅潮している。

ソフィーヤ

ひっく……だから駄目だって言ってるじゃない……今の身体は子供なんだから……

アリサ

ちくしょう、元に戻ったらラッパ飲みしてやるからな……

紅音

ソフィーヤもそろそろ止めとけよ……

ソフィーヤ

いいじゃない……明日はひっっっさしぶりの休みなんだから……何連勤したと思ってんのよ……

アイヴィアス

馬鹿を言うな。人間共に宣戦布告した以上、いつ緊急事態が起きるか分からないんだぞ。ただでさえ司令塔が無能極まりないというのに、私達が休んでどうする

ソフィーヤ

分かったわよ、もう……真面目ちゃんなんだから

ソフィーヤ

エルドラゴ、偵察の結果を言っておくわ

そこまで言うとソフィーヤは口を閉じ、
テレパシーで話し始める。

ソフィーヤ

アレに話した報告は嘘よ。本当は勇者らしき人間も見付かったわ。

ソフィーヤ

南西部の城塞都市で、王国軍の残党や在野の士と一緒に反撃の体勢を整えてる……自身は勇者と気付かれないように一般兵の姿をしてるけどね

紅音

しかしソフィーヤ、なんであの兵士が勇者だって分かったんだ?

ソフィーヤ

魔力の感じが今までに戦った勇者と同じだったの。長年の勘ってやつね

アイヴィアス

状況もあの屑に述べたほど悪くは無い。紛争状態にあるのは確かだが、賛同者を取り込み勇者の軍は少しずつ拡大している

アイヴィアス

気がかりなのは帝国軍だが……都市にはまだ距離があるし、余裕はあるだろう

ソフィーヤ

一番問題なのは……がちがちに固めた街にこもってる勇者を、どうやって引っ張ってくるかってことよね……

紅音

あぁーちくしょー、アイツらみーんなあの糞に騙されやがってよー!

紅音が頭をかきむしる。お洒落な店内に似つかわしくない、ぼりぼりという音が鳴った。

紅音

アタシの軍、もう皆あの糞に心酔しててよ。手柄を上げて褒められよう金貰おうって先走るバカばっかだ。

紅音

今日だって、偵察するだけだって言ってんのに、勝手に攻め込みやがって……とてもじゃねぇが計画を話せる奴なんていねぇよ

紅音

その癖明日は休みだからっつって、終業前にみーんな魔界に戻っちまったよ

アイヴィアス

こっちも同じだ……そもそも、元々私と紅音をよく思わない部下が多かったからな

アイヴィアス

今までずっとあの屑にかかりきりで、ロクな付き合いも出来ていなかったし……

ソフィーヤ

貴女達、キャリア組の中でも出世街道駆け上がったエリート中のエリートだもんね……ノンキャリの人達はあんまりいい顔してないでしょうね

紅音

ちくしょう、こっちだって楽して四天王入った訳じゃねぇんだぞ!

彼女は悔しそうにテーブルを叩いた。
振動がこっちにまで伝わってくる。

アリサ

止めろよ。お店に迷惑だろ

紅音

……悪ぃ

アイヴィアス

ソフィーヤの軍にはいないのか? 協力してくれそうな部下は

ソフィーヤ

いないことはないけど……私がアレの正体を話しても、半信半疑って子ばかり。こんな計画気軽には教えられないし、まだ誰にも伝えてないわ

紅音

やっぱり、そうなると一番言うこと聞いてくれんのは……

ソフィーヤ

エルドラゴの魔獣軍、なんだけど……

視線が俺の方に集まってきた。
フンと鼻を鳴らして一言、

アリサ

どうやって指揮すんだよ。こんな姿でよ

ソフィーヤ

……別に、指揮はできるじゃない。自分がエルドラゴだってこと話せば……

アリサ

誰が話すか! アイツ等にこんな痴態晒すくらいなら死ぬわ!!

アリサ

第一今計画を進めてどうすんだよ!! アイツが死んだら、俺は一生このままなんだぞ!!

紅音

そ、それは分かってるよ。だからエルドラゴも上手くアイツを言いくるめて、元の姿に戻して貰うよう――

アリサ

どうやって言いくるめるんだよ!? 好き勝手に暴れるわ言うことは聞かねぇわ、殴り飛ばしても怒るどころか悦んでんだぞ!?

アリサ

あんなド変態腐れ外道、そもそもまともな話が出来るわけねぇだろうがぁ!!!

カッとなった俺はテレパシーを忘れ、店内全体に響く声で怒鳴り散らしてしまう。

ソフィーヤ達はもちろん、他の客やウェイター達も、全員が身体を震わせた。

お、お客様、どうかなされましたか?

紅音

す、すみません! なんでもないです!

アイヴィアス

ご迷惑おかけして申し訳ありません……!

ソフィーヤ

あ、あの皆さん、気にしないで下さい!

慌てて三人が店内の人達に弁解する。
一方俺はやってしまったという後悔だけがつのり、何も言えなかった。
一番迷惑をかけているのは俺じゃないか。


俺達に集まっていた視線はやがて無くなっていくが、代わりにひそひそ声が聞こえてくる。

あれ四天王でしょ……何かあったのかしら……?

いや、よく見るとエルドラゴ将軍がいないぞ……

誰だろうあの女の子……とっても可愛いけど……

アリサ

何が可愛いだよ……俺はちゃんとここにいるだろうが……俺が、俺がエルドラゴなんだよ……ちくしょう……

些細な一言ですら、俺の心は鋭利に削られる。容姿を褒める言葉を聞く度に、俺はより深い絶望に襲われた。

ソフィーヤ

エルドラゴ……その、言い辛いことだけど……

ささやきが収まってきた頃、ソフィーヤがまたテレパシーで語りかけてくる。

ソフィーヤ

正直……追放されようと捕まろうと、アレがエルドラゴの魔法を解くつもりは無いと思うの。強制させるのも難しいし……

紅音

アイツが今のエルドラゴの姿に飽きたら、解いてくれるんじゃねぇのか?

アイヴィアス

……賭けてもいいが、その時はまた違う美少女の姿に変身させるだろう。わざわざ別にかける相手を探す気もあるまい

ソフィーヤ

私もそう思うわ……それに、あの調子じゃいずれ部下にもバレるわよ。隠そうってそぶりが全くないんだもの

紅音

そうか……アイツ、自分の性癖も堂々と曝け出してやがるもんな……本人は取り繕ってるつもりらしいけどよ

アイヴィアス

バラされるよりは、自分で打ち明けてしまった方がまだいいと思うぞ……もう、お前が元に戻れる見込みは――

俺は声を抑える代わりに、全力でテーブルを叩いた。結局大きい音が出たのは同じだが。

アリサ

帰る

ソフィーヤ

待ってよ、まだ話は――

アリサ

今日はもう早く寝ちまいてぇんだよ。どうせ明日も、糞野郎に朝から晩まで連れまわされるんだ

ソファから飛び降りた俺は、レストランの出口に向かって突き進む。途中すれ違ったから好奇の視線を向けられた。

3人が何かを言っていたが、俺の耳にはもう届いてこなかった。

ま、またのご来店を、お待ちしております……

アリサ

……ふん……

鼻を鳴らしてドアを開け、夜の繁華街を歩き続ける。

遅い。酷く遅い。今までは一歩踏み出すだけで何人もの人を追い抜いたというのに、今はどんどん抜かされていく。

……うい~、ひっく! 今日は花の金曜日だ~! まだまだ飲むぞ~!

お供しますよ~!

後ろから気に障る飲んだくれ共の声が聞こえてきた。

足取りのおぼつかない2人組のサラリーマンに追い越された時、端の一人に脚をぶつけられる。

アリサ

……ってぇなぁ!! なにすんだ!!

ああ、ご、ごめんねお嬢ちゃん!

可愛い顔してるんだからさ、そんなに怒らないで! ね?

アリサ

………………

おろおろと謝るリーマン達。謝罪の言葉は酒臭い吐息と共に、毒のように俺の心に沈んでいく。

アリサ

……いいよ、もう……

こんな時間まで一人でいちゃだめだよ。早くお家に帰ろうね!

アリサ

……うるせぇよ……

陽気に歩いていく二人を、俺は憎々しげに見つめる。その時、後ろから声をかけられた。

すみません、そこの方

アリサ

……あ?

振り返ると、
天使の女性がiPhone7を俺に差し出している。

さきほどぶつかった際、落とされましたよ

アリサ

……俺のじゃねぇよ。あいつらのだろ

そうですか。すみません、iPhone7を落とされましたよ

女性が再び声をかけて、
ようやくリーマン達が振り向く。

あー? ……あ、私のだ

もー、何やってるんですか部長ー!

汚らしくガハガハと笑う二人。女性は俺の横を通り、片方にiPhone7を渡した。

お礼に一杯おごるよ~

結構です。それでは

彼女はさっさと引き返す。
俺とすれ違った時に、そっけない声で

……お気をつけ下さい

アリサ

……うるせぇよ……心配なんかすんじゃねぇ……

些細な一言ですら、俺には馬鹿にされているように聞こえる。当然、リーマンも女性も、俺を心配して言ってくれているであろうことは分かっている。

アリサ

このまま戻れなかったら……俺は一生、このまま……

アリサ

嫌だ、いやだ、それだけはいやだ……けど、どうすりゃいいんだ……

目の前にはネオン街が広がっているはずなのに、俺の視界はどんどん暗くなっていった。

…………

申し訳ありません……賽はもう、私が投げてしまいました

私です……明日、決行します。貴方も準備を……

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