十分か、三十分か。はたまた一時間か。意識を取り戻した俺が、真っ先に目にしたのは。
十分か、三十分か。はたまた一時間か。意識を取り戻した俺が、真っ先に目にしたのは。
大丈夫か?
「うぉぉぉぉっ!!?」
目の前に迫った糞野郎の顔。
叫び声をあげながら、俺は奴を突き飛ばす。
這い出るように奴の膝の上から降り立ち、
俺は玉座から逃げ出した。
だが、瞬く間に四足がもつれ、
石畳の上を情けなく転げ回る。
「うぐぅっ、くぅぅぅ……!」
ただ身体を打ちつけただけだというのに、
身体が酷く痛む。
そんな無理するなよ。まだその身体には慣れてないだろう?
「うっ、うるせぇ!! それよりテメェ、俺に一体何を――」
俺はにやにやと笑う奴に怒鳴り散らす。
その時、最初の違和感に気付いた。
(……声が、高い……?)
思わず黙り込んでしまう。大地を震わせるように重苦しかった俺の声が、ひどく甲高くなっているのだ。
さっきの魔法で喉がイカれたのか? いや、こんな声は何をどうしようとも出せるものではない。
喉を切開し、声帯を入れ替えられたのではないかと誤解するくらい、面影もなく声が変わり果てている。
いや、変わっているのは声だけじゃなかった。それどころか俺の身体で、変わっていない部分は、存在しなかった。
糞野郎がまた指を鳴らす。その途端、混乱している俺の前に光が集まっていき、
鏡が作り出された。曇り一つない鏡面が、向き合った俺の姿を鮮明に映し出す。そこに見えたのは――
な……なんじゃこりゃあああああああああああ!!!
甲高い声……幼き少女の可愛らしい声が、
王の間に響いた。
鏡に映るのは、どこぞの名家を思わせる、麗しい美少女の姿。しかし、『俺』の一挙手一投足を、寸分の狂いなくコピーする。
そして『俺』の姿はどこにもない。赤く染まった鱗も、大木のごとき尻尾も、折りたたんでもなお大きい翼も、何一つ見当たらない。
何をされたのか、事態は明白だった――さっきの魔法陣で、俺は女にされたのだ。
よっしゃあ! 声もドストライク!
ななな、なんだよ! なんだよこれ!
いやぁー見た目は自由にできるけどさー、声だけは実際喋ってみないと確かめられないからさー! オレずっと不安だったんだよねー!
質問に答えろぉぉぉぉおおおおお!!! どういうことだこれはあああああああ!!!
鏡が虚空に消え去った直後、俺はおぼつかない足取りで糞野郎に駆け寄る。しかし。
で、でけぇ……!!
いやー可愛いなお前。やっぱ一週間かけて作ったかいがあるわ
人間のガキになると、こんなに変わるもんなのか……!?
ついさっきまで見下ろしていた糞野郎の顔が、今は首を傾けなければ視界に入らない。
奴が座る玉座も巨大化し、この部屋に至っては恐怖を覚えるほどに広がっていた。
もちろん、実際に奴が巨大化したわけではない。俺が小さくなったのだ。
元の姿からかけ離れた、脆く弱々しい少女の肉体になってしまったせいで、相対的に全てが大きくなった。
頭では分かっているが、思考はいまだ追いついていない。
うーん、その混乱している顔もいーねー!
し、質問に答えろっつってんだろ!! どういうことだこの糞野郎がッ!!
やべー、罵られても全然むかつかねー! それどころかかなり興奮してくるわ!
あああああクソがあああぁぁぁぁぁぁ!!!
俺はありったけの力で奴の右足を蹴りつけるものの。
うーん、もうちょっと力強くしたほうが良かったなー
まるでダメージが入らず、奴は汗の一滴も流さずに高笑いするだけだった。
さて、そろそろお前も落ち着いただろうし、説明してやろうか
はぁ……はぁ……ちくしょう……
疲弊しきった身体で、荒い呼吸を繰り返す。
この肉体では力など全く入らず、全力で振るった蹴りやパンチも、奴に涼しい顔で受け止められてしまった。
お前が四天王を辞めた日の晩……オレは悩みに悩んだ……どうすればこの胸の高鳴りを鎮められるのか、とな
またもう一度、あの責め苦を味わいたい。しかしこの魔界に、オレに歯向かうような愚か者は二人といない
だがお前は色気も可愛さもないドラゴン。オレはお前みたいな化け物じゃない、とびきりのかわいこちゃんに責められたい
相反する矛盾に挟まれ、オレは苦悩と思案を繰り返し……夜が明けたころ、ついに一つの結論を生み出した
お前をかわいこちゃんにすればいいじゃん!
死ねっ!!! このド変態野郎!!
心に溜め込まず、口にして堂々と罵倒する。しかし奴はその身を悶えさせて喜ぶだけ。
あぁ、やっぱりいい……! 幼女に罵られるのがこんなに気持ちいいもんなんて! この前の奴隷はみんな怖がってたからなー!
無敵かよこいつ……どうすりゃいいんだ……!
オレは魔界を統べる魔王。当然蓄えている魔力も、それを操る技術も、お前達下々の者とは比べ物にならない
そんなオレの力を持ってすれば、お前のような巨竜を可愛い女の子にするのだってたやすいことなのだよ! はっはっは!
魔王の力をロクでもねぇことに使うんじゃねぇっ!!!
さて、思い立ったが吉日。オレは早速その日から、お前を女体化させる魔法陣の作成に着手した
どんな女の子にするか? 途中まではすんなりと進んだ。俺は人間の女は上から下までくまなく味わい尽くしている
魔界の女もほぼ同様……だが、魔王のオレでも唯一手を出せない女がいた。幼女だ
淫行条例ってホントうぜーよな。同意があっても幼女とやっちゃ駄目なんだとよ。マジ死んだ方がいいよこれ作った奴。まぁ誰だか知らねーけどよ
死ぬべきなのはてめぇだよ!!
ひゅ~、言うねぇ! まぁとにかく、魔界の幼女はこの魔王でも手を付けていない。じゃあ変身させるのは魔界の幼女で決まりだ。ここまではあっさり決まったんだ
しかしここからが苦難の始まりだった……幼女といってもタイプは幅広い。無邪気系か? 小悪魔系か? ワガママ系か? お人形系か?
髪型、髪色、肌の色、体格……ありとあらゆる属性のかけ合わせにより、生み出される少女の姿は無限大に膨らむ。その中からたった一つ、自分が本当に気に入る幼女を選び出す……
まるで広大な砂漠に落としたビーズを探し出すような辛く険しい作業だった……しかし、何日という時間を費やし、ついにオレは見つけた! 自分が本当に求める幼女を!
それが今日の十時頃だ。その後20分ぐらいでちょちょっと魔法陣を作り、起動装置を石畳に仕込んだというわけさ!
最強の魔術師でもあるこのオレが、これだけ時間をかけたんだぞ! どんだけ大変だったか分かるか!?
時間かけてんのほぼデザイン決めじゃねぇか!
あぁそうだよ。なんたってオレ天才ですから。その気になりゃ魔法陣なんてあっという間ですわ
糞野郎はにやにやと下卑た笑いを浮かべる。
さてエルドラゴよ。今までの獣臭ぇざらざらしたハゲ野郎のお前はついさっき死んだ。そりゃもう綺麗さっぱり死にましたわ
今日からお前の名前はアリサ・メルフィリア(8)だ! どうだ可愛いだろう!
ふっ、ふざけんな!! 誰がアリサ・メルフィリア(8)だ!! 戻せ!! 戻せこんちくしょう!!
俺は再び糞野郎の足を蹴りまくる。しかし、やはりというべきか、全く聞いていない。
俺はエルドラゴ・プロミス(20024)だ!! それ以上でもそれ以下でもねぇ!!
うーん。なかなか素直になってくれないなー
現実を認めないドリーミーガールには、オレの魔法をほれ、ぽひょ~んと
……? 何も変わんねぇじゃねぇか
ふきだしの上の名前欄、見てみ?
…………あっ!! アリサになってる!! ざっけんなお前! 直せエルドラゴに!!
やだし。それにそんな怒んなよ。元のお前の要素も残してんだぜ? 見て分かんねーのか?
どこがじゃ! 面影ゼロだろうが!
何言ってんだよ、よく思い出せよ、昔の体質をよ
た、体質……?
昔のお前は怒ると……
角の色が変わる
それを踏まえて、今のお前が怒ると……
角と、あと目の色も変わるようにした
粋な計らいだろ?
もっと他に残すとこあんだろぉがあああああゲホッゲホッ!!!
怒りすぎて俺はむせてしまった。
喉と目と頭と、何より心が痛い。
身体の動きに合わせて、
頭の横でツインテールがやぼったく揺れる。
ええい鬱陶しい! なんなんだこの髪は!
金髪
そういうことじゃねぇよっ! とにかくだ、姿をいくら変えられようが、俺はテメェみてぇな糞野郎にはぜってぇ従わねぇぞ!! 俺は俺だっ!!
ふふ……いいのかなぁ~、そんなこと言っちゃって
……くぅっ……!
今までの軽い笑いとは違う、ねっとりとからみつくような毒気を含んだ笑み。
俺は思わず後ずさってしまう。
お前も分かっているだろうが、術者にかけられた魔法を解く方法は3つ
①術者に解いてもらう
②より強い魔法で打ち消す
③術者を死に至らしめる
だが、浅薄なお前でも②は不可能だと分かるだろう。このオレより強い魔術師など存在しない
次に③……いくら最強のオレでも、死の運命からは逃れられない。100万年ぐらい経てば死ぬだろうし、万が一、いや億が一お前に殺されても術は解ける
だが……これは術者が直接かけた魔法に限られる。魔法陣によりかけられた魔法はいわば呪いだ。例えオレが死んでも、未来永劫残り続ける。つまりオレを殺しても意味がないってことよ
まぁお前の名前欄にかけた魔法の方は消えるぜ! 読者にしか意味ないけどな!
世界観の説明中にメタネタをぶっ込むな!!
どうどう。とにかく、残った案は①しかない。術者に解いて貰う……平たく言や、お前の魔法はオレに解いてもらう以外、解除のすべは無いってことよ
お前が元に戻りたきゃ、このオレに付き従うしかないんだよ。お分かり?
ぐっ……ち、ちくしょおおおおお……!!!
全身を焦がすような耐え難き怒りが、俺の身体を襲う。殺したいほど憎んでいるこいつに、延々と従わなければならないなんて。
その後どうなるかは目に見えている。
奴は俺の魔法を解く気などさらさら無く、ソフィーヤ達と同様に俺にセクハラを繰り返し、最終的には俺を――
おっ今めっちゃ怒ってるな! そうだその調子だ! その怒りをオレにぶつけろ! そしてオレを感じさせてくれ! さぁ!
うるっせぇぇぇぇぇえええええ!!!! このド変態糞野郎がぁぁぁぁぁあああああ!!!!!
まんまと奴の手のひらの上で踊らされ、
俺は全力で殴りかかる。
無論、どんなに激しい攻撃を加えても、
奴を悶えさせるだけだった。