数日後

人間界・魔王軍前線基地

グラド

エルドラゴ様! 報告いたします!

グラド

王国の南部を徹底的に捜索しましたが、勇者は見付かりませんでした

ジオット

東部も同じです。また北部は知ってのとおり、山脈地帯で王国と敵対する帝国との戦争が続いており、ここに逃げるとは考えにくいです

エルドラゴ

となると後は西部か……分かった、報告が来るまでの間、お前等は休んでいいぞ

ジオット

は! それではさっそく……

敬礼する二人の配下。その後ジオットがすぐさまポケットに手を突っ込み、

ジオット

クエスト手伝ってもらっていいっすか?

エルドラゴ

あぁいいよ

グラド

えぇーまたかよーったくもー……

グラドはぼやきつつも、自分の3DSを取り出す。そのまま俺達は三人でモンハンを始めた。

エルドラゴ

どこまで行ったんだっけ?

ジオット

星7です。今ディノバルドの防具作ってるんで、それ揃ったらG級行こうかなと

グラド

なんで今更上位やんなくちゃいけねーんだよ……だからクロス出た時に買っとけっつったのに

ジオット

金無かったんだから仕方ないだろ

グラド

んなん侵略予算から出せばいいじゃん。ねぇエルドラゴさん?

エルドラゴ

そんな大っぴらに言うなよ……まぁ、ゲーム代くらいなら出してやるけどよ

クエストの開始を待っている間、
俺は冷蔵庫からドーナツを取り出す。

エルドラゴ

お前らも食えよ

グラド

あざーす

ジオット

なんか最近ドーナツばっか食ってますよね。はまったんすか?

エルドラゴ

いや、この前Amazonでまとめ買いしたんだ。急に食いたくなってな

エルドラゴ

正直後悔してるけどな。俺そこまでドーナツ好きでもねぇし……3、4個食って飽きたわ

ジオット

完璧に金の無駄じゃないですか……それも侵略予算から出してるんでしょう?

エルドラゴ

この程度あの糞野郎に比べたら屁でもねぇよ

グラド

お前は心配しすぎなんだっての。これだからキャリア組のお坊ちゃんは

ジオット

うるせーよテレパシーも使えねーくせに

グラド

はー? あんな高等技術使える方が珍しーっての! 滅茶苦茶難しいんだろそれ!

ジオット

へっ、魔王学校じゃ必修科目なんだよ! お前とは頭の出来がちげーの!

エルドラゴ

喧嘩すんなお前ら。ほらクエスト始まったぞ

いつもの調子でいがみ合う二人をなだめた。

クエストを一つこなした後に、グラドが口を開く。

グラド

……ところで本当にやるんですか? クーデター

エルドラゴ

あぁ。勇者を発見次第襲撃はするが、決して殺しはせずに確保。まだ弱い場合は適当に戦って実力をつけさせる

エルドラゴ

充分に強くなってから魔界に引き入れ、魔王、いやあの糞野郎を倒させる。その手はずは他の四天王が進めている

エルドラゴ

まぁ俺は四天王辞めちったし、計画を知られないように連絡は取ってないけどな。ちゃんと準備はしてくれてるはずだ

ジオット

恐ろしいこと考えますね……まさか四天王が、魔王を裏切るなんて

エルドラゴ

なんだお前等、文句でもあんのか?

ジオット

とんでもない! むしろ全力で協力しますよ!

グラド

自分らもあの魔王は死ぬほど嫌いですからね! 歯向かうのは無理でも、こういう裏工作なら喜んでやりますよ!

鼻息を荒くして拳を握る二人に、俺は目を細めた。

糞野郎の嫌がらせは俺だけに留まらず、
部下の魔獣軍にも及んでいた。

就任直後、初めて現場の視察に来たアイツは、並み居る魔物を前にして臆面も無くこう言い放った。

魔王

お前等キモいから減給なー

……翌日から、俺の元に続々と退職願が届き始めたのは言うまでも無い。

ジオット

あん時から魔獣軍全員だいっ嫌いですよ。なんなんすかアイツ、魔王だからって好き放題やりやがって

グラド

普段は会わないからいいけど、たまに廊下ですれ違うとクッソいじってきますし

ジオット

オレなんか昼飯時に呼ばれて、部屋に行ったらから揚げご馳走されて。食べる前からあぁもうこれ鳥肉じゃなくて牛肉だなって分かってましたけど、腹立つから完食してやりました

グラド

自分は後ろから水鉄砲撃たれたっす。「四倍弱点だろー死ねよー」とか言ってきやがって。ポケモンじゃねぇんだぞってぶん殴ってやりたいっすよ

エルドラゴ

お前等もお前等で、色々苦労してたんだな……

グラド

けどアレなんすよね……他の軍だと、アイツ大人気なんすよね

ジオット

そこがまた腹立つよなぁ、たくっ……

グラドとジオットはそろって舌打ちする。

俺が指揮する魔獣軍とは反対に、ソフィーヤ達の部下は全員が昇給したうえ、何かあるたびに臨時ボーナスと称して金をばら撒いている。

また黙っていれば良い顔をしているため、普段余り接する機会のない彼女達の部下からは好感触をもたれているらしい。

グラド

自分ら以外にクーデターを知っている人はいるんすか?

エルドラゴ

いねぇよ。他の軍はだーれも糞野郎の正体に気付いてねぇからな。そもそもソフィーヤ達、最近はほとんど部下と会ってねぇそうだ

魔王

俺以外の奴等と話すんな! 部下? そんなん関係ねーよ!

エルドラゴ

そう言われて全員Xperia取り上げられて、部下の連絡先は携番もメルアドも、LINEのIDすら消されたらしい

グラド

うっわぁ……それ聞いてますます嫌いになりましたわ

ジオット

だからアイツら……もうマジ今からでも殺っちゃいましょうよ

エルドラゴ

慌てんなお前等。あぁ見えてもアイツは魔王だ。正面から立ち向かっても勝ち目はねぇし、倒せたとしても反逆罪で捕まるだけだ

エルドラゴ

アイツを倒せるのは勇者だ。俺達はあくまで裏から手を回すだけ。それが最善の方法だ

エルドラゴ

それとお前等、万が一計画がバレて俺が始末されても、一人で行動すんなよ。ソフィーヤ達を頼るか、さっさと辞めちまえ

エルドラゴ

俺がいなくなったら、次に被害をこうむるのはナンバー2のお前等だからな。この話も誰にも言うなよ。俺もお前等だからこそ話したんだ

ジオット

分かりました。けど、そんなこと言わないで下さいよ

グラド

自分、エルドラゴさん死んだらホント悲しいですから。なんとしてもクーデター成功させて下さい

エルドラゴ

分かってるさ。お前等のためにも、しくじるわけにはいかねぇんだ

俺は力強く頷いた。

ジオットの装備が整ったところで、
俺達は一旦モンハンを止める。

次に何をやろうか考えていた時、グラドと俺のXperiaに、同時に着信が入った。

エルドラゴ

はい、もしもし

よー、ちょっとこっちに顔出せよ

エルドラゴ

……誰だテメェは?

おいおい、このオレのイケボをもう忘れちったのかぁ?

腹立たしいほどに軽薄な声。
本当は最初から気付いていたが、せめてもの反抗をしたかった。

エルドラゴ

……魔王様ですか

魔王

そーだよそーだよ。元気にしてっかー?

エルドラゴ

俺の番号をどこで?

魔王

ソフィーヤから聞いた。つかそんなんどーでもいいんだよ

魔王

お前、なんか一人で色々動いてるって噂聞いたけど本当か?

エルドラゴ

……えぇ。それが何か?

慌てず焦らず、俺は平静を装う。ここまで大々的に捜索を続ければ、遅かれ早かれ奴の耳に入るのは明らかだったからだ。

エルドラゴ

俺は四天王こそ辞めましたが、魔王軍の籍は一応残ってますんで。魔王様のお力になれるよう、微力ながら陰で尽くさせて頂いてます

魔王

オレをふっ飛ばしやがったくせによく言うよ

エルドラゴ

嫌だな、あれは尻尾が滑っただけですって

魔王

まぁいいや。とりあえずお前城に来い。話があるからよ

エルドラゴ

……分かりました

Xperiaの通話を切った俺は、奴の意図を考える。

エルドラゴ

何を考えてる……? まさか四天王に戻れなんて言うんじゃ……いやあの糞野郎に限ってそれはねぇ。だったら何を……また今までみてぇな雑用か?

エルドラゴ

すまん、糞に呼ばれた。魔王城行ってくる

グラド

あ、ちょうど西部の偵察隊の報告結果が返ってきたんですが……

エルドラゴ

帰ってきたら聞くわ。どうせそんな時間かかんねぇだろ

ジオット

気をつけて下さいよー

エルドラゴ

分かってるよ。そんじゃな

魔王

よー久しぶりじゃねーか

取ってつけたような顔で笑う魔王。
妙なことに、他の四天王達の姿はない。

エルドラゴ

……アイツらは?

魔王

流石にオレも反省してよ。勇者達を放っておくわけにもいかねーし、別の仕事やらせてんだ

エルドラゴ

……どうせ俺の時みてぇなしょうもねぇ雑用だろ……

エルドラゴ

……いやしかし妙だな、こいつはあの三人を俺のようにこき使いはしなかったはずだが……

魔王

それに、今から話すのは彼女達には聞かせられない。オレとお前、男同士の秘密だ

エルドラゴ

何言ってんだこいつ……

魔王

お前は主であるこのオレに二度もたてついた。このオレの炎を焼き、あまつさえ玉座ごとオレを吹き飛ばした

エルドラゴ

……だから、それは両方とも、わざとじゃないですって

魔王

わざとかわざとじゃないかなんてどうでもいいんだよ。このオレに手を出した、それが問題なんだ

魔王

オレは闇の力の集合体として誕生した時より、王位継承者として崇められてきた。魔王省の庇護の下不自由のない生活を送ってきた。それこそ下々の者とは比べ物にならないほどの支援を受けてな

エルドラゴ

一応自分が恵まれてるって自覚はあるんだな

魔王

無論それはオレ自身の溢れる才能と悪のカリスマによるものだがな。あがめられて当然、むしろもっと大切に扱われるべきだ。なんたって魔王だからな

エルドラゴ

あぁやっぱ自覚ねぇわ一瞬でも見直した俺が馬鹿だった

魔王

もちろん幼少期から完璧だったオレは、お叱りやしつけを受けたことも無い。生まれた時より完璧超人だったこのオレにお前は逆らい、そして手をあげた

エルドラゴ

……それで?

雲行きが段々と怪しくなってきた。

奴は俺に腹を立て、自らの手で抹殺しようとしているのではないか。だとすればこの場にソフィーヤ達がいないことも頷ける。


もちろん、いくら魔王とはいえ、四天王を殺したりなどすれば大問題だ。だがそんな後先のことを考えられるような頭ではないことはよく分かっている。

エルドラゴ

殺すなら殺せよ。その代わり、お前も終わりだぞ

魔王

一度目はまだ我慢できた。だがしかし二度目、お前に玉座ごと吹っ飛ばされたあの時、オレは気付いたんだ

エルドラゴ

魔王が四天王を殺したとなれば、世間からのバッシングは避けられねぇ。その隙にソフィーヤ達が、勇者を誘い入れ、お前の息の根を……

魔王

お前に痛めつけられた時、オレは……

魔王

興奮した

エルドラゴ

はっ?

すっとんきょうな声が、口から漏れ出た。

魔王

はっ?ってなんだよはっ?って。何驚いてんだよ

エルドラゴ

も、もう一度仰ってくれませんかね

魔王

あぁもう、こんなハズいこと何度も言わせんじゃねーよ! 一回だけだからな

魔王

お前にぶっ飛ばされた時、結構興奮したんだよ! まさか人から痛めつけられて、こんな気持ちになるなんて知らなかったんだ! 今まではずっと好き放題やってたからな!

魔王

か、勘違いすんじゃねーぞ。あくまでオレは痛めつけられたことだけに興奮したんだからな! 別にお前の外見に惚れたわけじゃねーぞ、オレはゲイじゃねーからな!

エルドラゴ

弁解になってねぇよ! お前Mだったのかよ!

経験したことの無い種類のショックを受ける。まさかあの一撃で、糞野郎の隠れた性癖をあぶり出してしまったとは。

魔王

とにかくだ、オレを目覚めさせた責任をお前は取るべきだ! オレにたてつくような命知らずは、現状お前だけだからね!

エルドラゴ

い、いや、ソフィーヤ達だって、打ち明ければ多分そういうプレイには応じてくれると思いますよ

エルドラゴ

むしろ今までの鬱憤を込めて、ノリノリでやってくれるんじゃないだろうか

魔王

ばっばか言うんじゃねーよ! こんな性癖三人にバレたらおしまいだろーが! アイツ等は今でもオレを最高の上司だと敬ってくれてるんだぞ!

エルドラゴ

大丈夫、毛ほども敬ってねぇから。むしろ地の果てまで見下してるから

歴代史上最低最悪の魔王であるこいつに、
また一つ新たな不名誉が加わった。

この変態め。

エルドラゴ

じゃあそういう店に行ったり、それ専用の女を雇えばいいんじゃないですか

魔王

だから駄目だっての! どこから秘密が漏れるか分かんねーし、オレは魔界上の全ての女の憧れなんだ! こんな姿を知られたとあっちゃ、何人の女がショックで自殺しちまうか!

エルドラゴ

あながち間違いでもないのがムカつくわ。戴冠式の時も大人気だったからな

エルドラゴ

だったらどうするんすか? まさか俺にプレイを手伝えと?

魔王

それもなぁ~。行為自体には興奮したけど、やっぱお前みたいな奴にやられたと考えると糞ムカつく。第一オレゲイじゃねーってさっきから言ってんだろ

エルドラゴ

はぁ、そうですか……

Mであることが分かったが、結局糞野郎には変わりなかった。しかし状況は多少好転したと言えるかも知れない。

エルドラゴ

テメェの痴態を世間に晒しちまえば、顔に騙されてる奴等も目が覚めるだろ。そうすれば計画もやりやすくなる……

魔王

と、とりあえずお前、もっとこっちに来いよ。話しづらいだろ

エルドラゴ

そうですね。分かりました

携帯で録音でもしてやろうか――色々と画策しながら、俺は奴の元へ歩み寄った。

その時――

エルドラゴ

うん?

石畳の一枚に前足を乗せると、
妙な音を立てて沈んだ。次の瞬間。

エルドラゴ

うぉっ!? なっ、なんだこりゃっ!?

足下に広がる、輝く魔方陣。直後に足の裏から、血管に熱湯が注がれるような感覚に陥る。予想だにしていなかった事態に、俺はにわかに焦り出す。

逃げ出そうにも、身体が抑えつけられたかのように動かない。慌てふためく俺を見て、糞野郎はほくそ笑む。

魔王

ふっ……かかったな

エルドラゴ

お、おいっテメェ!? どういうことだ!?

魔王

このオレがなんの対策もせずに性癖を暴露すると思ったか? 甘いんだよ

エルドラゴ

な、何の魔法だ!? 答えろっ!!

魔王

そうキャンキャン吠えんな。お前は犬じゃないだろ? すぐに分かるさ、すぐにな……

奴は不敵な笑みを浮かべつつ、
右手の指を鳴らした。

即座に魔方陣から雷光が弾け飛び、俺の身体を取り囲む。鼓膜が破れそうなほどの爆音と、八つ裂きにされたような痛みが俺を襲う。

エルドラゴ

ぐっ、ぐぅぅぅぅうううああああアアアアアアア!!!

恐ろしい程の熱が身体を駆け巡り、俺は苦悶の叫びをあげる。

視界が白く瞬く。頭がスパークしたように痛い。手足の先から溶けるように、内外の感覚が無くなっていく。

俺に何をする気だ――その言葉は声には出せず、代わりに断末魔に近い咆哮を上がり、そして意識は途絶えた。

pagetop