半月前
魔王城最下層・王の間
半月前
魔王城最下層・王の間
満身創痍の身体で王の間に辿り着いた俺は、息も絶え絶えになりながら、玉座へと歩み寄った。
足を動かす度に、全身の骨がきしみ、自慢の鱗が抜け毛のようにぽろぽろと剥がれ落ちる。
人間共に大量の毒矢を浴びせられたせいで、身体の内側からもぴりぴりとした痛みが広がってくる。
え……エルドラゴ、ただいま戻りました……
ご苦労であったエルドラゴ。しかし……戦果は余り芳しくなかったようだな
玉座に鎮座する魔王。そのそばで寄り添うように立っている他の四天王達。
…………
…………
…………
三人とも、重苦しい表情で俺を見つめている。
意気揚々と初陣を切っておきながら、そんな情けない姿で逃げ帰ってくるとは……四天王の自覚が足りていないのではないか?
…………
お前には人間界侵略の第一歩として、勇者と国王、そしてその后が居を構える城の強襲を任せた。
王国の中枢であるがゆえ警備も厚いことは分かっていたが……
既に偵察部隊から連絡は受け取っている。まさか勇者にかすり傷一つ追わせられないまま敗走するとはな
失望したぞエルドラゴ。この分では貴様の処遇も考えなくてはならないな。第一なぜ貴様は――
一つよろしいでしょうか
魔王の言葉を遮り、俺は質問をなげかける。
今回の強襲作戦……俺は自分の配下を使わず、単独で王国の城下町に突撃するというものでした
俺が指揮する魔獣軍は皆図体の大きい奴らばかり、市民や建築物が密集している城下町ではかえって身動きが取れなくなる……そのため上空から俺一人を向かわせた、その作戦には異論ありません
しかしその後、俺が城門を破壊したと同時に、町の外で潜伏していた紅音とアイヴィアスの軍がなだれ込み、一直線に勇者のいる城を目指す……そういった計画だったはずです
確かにそうだが、それがどうした
どうしたもこうしたもないですよ!! だったらなんで俺が城門破壊してもだーれも来なかったんすか!!
せっかく俺が内側からぶっ壊したっていうのに、紅音も来ねぇアイヴィアスも来ねぇ、ゴブリン一体だって来やしませんでしたよ!! むしろ道が広がって、人間共が逃げやすくなっただけじゃないですか!!
紅音とアイヴィアスが、同時に俺から目を逸らす。ソフィーヤだけが困ったような表情で見つめてきている。
俺が焦っているうちに、体勢立て直した王国軍の奴らが反撃に出てきて! おまけに他の町に駐屯していた部隊が続々と集まってきて!
こいつらみーんな俺が壊して広げた城門通って行きやがりましたよ! 馬車とか騎馬隊とか、すっげー通りやすそうでしたよ!!
そもそも敗走ってなんすか!? 俺一人でくっそ頑張りましたよ!? 王国軍八割は壊滅させましたよ!? もう王国軍がったがたっすよ!?
そりゃ勇者と王様と王妃には逃げられましたよ! 増援が一人もいないせいで、兵士共に足止めされたら手も足も出ませんからね!
炎は出るだろう
そういう話じゃ無いっすよ! そりゃ炎も吐きましたけれど、お抱えの魔道士達に冷却魔法で打ち消されましたよ!
一番の標的だった勇者達一行には逃げられましたよええ! それは認めますよ!
けど王国軍と城下町をほぼ壊滅させて、その上で生き延びて帰ってきたんすから、ちったぁ評価してくれて構わないんじゃ無いですかね!!?
地鳴りのような俺の声が魔王城全体に響く。眉間に皺を寄せて、魔王は耳を塞いだ。
あー、うるさいうるさい
……で? なんだって一体、紅音とアイヴィアスの軍を引き上げさせたんすか?
お前の力を見込んだからだ。四天王の一角であり、猛り狂う竜族の長でもあるお前の力を持ってすれば、例え単独であろうとも勇者もろとも王国を滅ぼせると思っていたのだが……
そんなに強けりゃ魔王軍なんか入んねぇで、とっくの昔に一人で攻め込んでますよ! アンタ自分の部下の力量も把握してないんすか!
仕方ないだろ、まだ即位して一週間なんだから
せめてね、引き上げる前に伝令の一つくらい寄越して下さいよ! どうして何にも伝えてくれなかったんすか!
あぁ、それは……済まなかった、私も連絡しようと思っていたのだが……その時に気付いた
魔王は神妙な面持ちで、ポケットに右手を入れる。その中から取り出したのは――
よく考えたら、まだ私達はLINEの交換してなかったじゃないか。IDを教えて――
軍隊の伝令をLINEで済ませんなあああああああああああ!!!!!
怒り心頭に発した俺は怒鳴り散らす。直後、腹の底から真っ赤な熱が沸き上がり、
口から噴き出した燃え盛る火柱。四天王達は咄嗟に横っ飛びで回避するが、玉座でふんぞり返っていた魔王はもろに浴びてしまう。
ぐわっちぃぃぃぃぃぃ!!
お、おい! エルドラゴ!
何やってんだお前!
う、うぉっ!!?
慌てて俺は口を閉じる。唇の隙間からガスバーナーのように炎が出てきた。のど仏の辺りを抑え、必死に熱気を抑える。
余りの怒りに、無意識に火を噴いてしまった。
わぁぁぁぁぁぁ!!! 熱いぃぃぃぃぃぃ!!
頭のてっぺんでパチパチと燃える真っ赤な火。駆け寄った三人が急いで消火する。
ま、魔王様、落ち着いて下さい!
くっそぉ……やってくれたな、エルドラゴ……!
いや、す、すいません、決して故意に噴いた訳では……!
あぁ!? なんだお前言い訳すんのか!? このオレの頭を燃やしてくれたのは一緒だろうが!
す、すいません、すいません!
もう真面目に喋るのもめんどくせぇわ! 何なんだよお前ぐちぐちと恨めしそうに言いやがってよぉ!
素の姿を見せ始めた魔王。まるで威厳の無い乱暴な口調で、俺に怒声を浴びせる。
作戦変更しようが連絡しなかろうが別にいーじゃねーかよ! オレは魔王で、お前は四天王だろ!?
オレの方が偉いんだからオレに従えよ! 何偉そうに文句言ってきてんだよ!
すいません……
つーか、そんなんどーだっていいんだよ! オレはなぁ、ずっとお前に不満抱えてたんだよ!
は、はい、なんでしょうか……?
お前よ、なんで女じゃねーの?
四人分、声が重なった。
だってよ、おかしいだろお前。どう見てもよ
ど、どう見ても、とはどういうことでしょうか
そのまんまの意味だよ。一目見ただけでおかしいって分かんだろこんなんよ。いいか、いくぞ?
『逆理の術士』ソフィーヤ・レンド―フィア
はい
『連刃の使徒』アイヴィアス・ユーリィ
はい
『業火の化身』桐生猿女君(さるめのきみ)紅音
はい
『爆炎の邪竜』エルドラゴ・プロミス
はい
おかしいだろ!
おかしいのはテメェの頭だよ!
多分、いや、間違いなく、他の三人も同じことを思っただろう。
かわいこちゃん・かわいこちゃん・かわいこちゃんときて、どーしていきなりドラゴンなんだよ! 普通最後までかわいこちゃんだろ!
あの……魔王様、お言葉ですが
魔王の前に出たソフィーヤが、しずしずと手を上げる。
私達四天王は魔王軍の中から選ばれた実力者というだけで、生まれも育ちも別ですし、何の共通点もありません。
無論審査時に性別や外見は一切考慮されていません。今回はたまたま女性の魔族に偏っていただけです。
そんなことはない! だってお前等全員、滅茶苦茶可愛いじゃん! 今まで何人もの女を侍らせてきたけど、お前等マジで負けてないよ! 自信持てよもっと!
全く同じタイミングで、三人のこめかみに青筋が浮かんだ。
こんなに可愛いくて、しかも四天王になれるくらい強いんだろ!? そんなのが三人も集まるなんて、それはもう偶然じゃない、運命だよ! 神様がオレの為にお作りになったんだ!
青筋が重なる。よくもそこまで我慢できるな、と俺は感心する。
それだってのに、最後の一人がこんないかついドラゴンなわけねーじゃん! おかしいだろ!? 絶対同じレベルの美少女だろ!?
百歩譲って運命じゃないにしてもだ、三人美少女が集まった時点でもうそっちの方向に持って行くべきじゃねーのか! なんだって最後の一人にこんな化けもん採用したんだよ!
それにだ、紅音が【業火の化身】でエルドラゴが【爆炎の邪竜】って、もろ被りしてんじゃん! そういう意味でもおかしいと思うね!
魔王様、お言葉ですが
怒りがにじみ出てくるような作り笑いで、紅音が口を開く。
アタシとアイヴィアスは魔王様の即位直前に選ばれた新任です。けど、エルドラゴは先代、ソフィーヤは先々代より仕えてきた四天王なんですが。
そもそも最初から、エルドラゴはメンバーとして選ばれていましたし、称号が被ってはならないなんてルールもありません
いーんだよそういう細かい話は! オレが言いたいのは、オレの四天王にはオレにふさわしい華やかな四人であるべきだってことだよ!
だからさっきの戦いでコイツを――
あ?
あっ……い、いや……
魔王は口を押さえて固まった。目だけをしきりにあちらこちらへ動かしている。
な、なんでもない……なんでもないぞ……今のは、言葉のアヤで……
うわずった声で意味の無い弁解するが、俺は、いや俺達全員、奴の言わんとしていたことが分かっていた。
元々俺は最初から薄々勘付いていた。なぜ奴は紅音とアイヴィアスを引き上げさせ、俺だけを王国に取り残したのか。心の奥底では気付いていた。
しかしそれでも、こうして口にする直前までは、俺は魔王を信じていた。先代魔王の為、この国の為、不本意ながらも奴に仕えるつもりでいた。
だが――こうして本音をさらけ出されて、俺はもう諦めてしまった。
魔王様
紅音とソフィーヤを押し分け、アイヴィアスが魔王の前に立つ。
先程、なんと仰ろうとしたのですか?
いや、だから……言葉の、アヤだって……
それでも構いません。お聞かせ下さい
彼女は淡々とした態度で魔王に詰め寄る。ソフィーヤと紅音も同じようにして、玉座で狼狽える奴を取り囲んだ。
いいよいいよお前等。そんなムキになんなよ
え、エルドラゴ……
でも、流石に……
別に俺は気にしてないからよ。魔王様だって、ただ口が滑っただけでしょう?
そ……そうそう! 口が滑っただけだよ、ハハハ!
魔王は後頭部に手を当てて、わざとらしい笑顔を浮かべる。
口が滑った……ということは、結局今の言葉は本音だったということなのだが。こいつは常識だけでなく皮肉も分からないらしい。
俺の態度から何かを感じ取ったのか、それ以上言い返さずに、そろそろと四天王達は離れていく。
すんません魔王様、俺もう帰っていいですかね? 身体も結構痛いし、今日はもう疲れたんで……
あぁーあぁーいいよ! 帰れ帰れ! 何なら怪我が治るまでいくらでも休んでも良いぞ!
そうっすか、じゃあ……
そこで後ろを向いた――全力で。
前足で石畳を掴み、身体を振り回すように大きく振り返る。勢いのついた胴体、後ろ足、そして尻尾は綺麗な半円を描く。
視界の端では、後ろへ飛び退く四天王達の姿が見えた。
俺の尻尾の先端が、玉座ごと魔王にぶち当たり、奴はあらぬ方向へ吹っ飛ぶ。
うげあぁぁっ!!?
情けない声を上げて奴は床の上を転がる。今度は誰も、駆け寄ろうとしなかった。
あぁーすいません、尻尾が滑っちゃいました
あっそれと、いくらでも休んでいいんでしたっけ? そんじゃまぁ、永久に休ませて貰いますわ。
あっけらかんとした顔で言い放った瞬間、四天王達の驚く声が聞こえてきた。
俺はお望み通り四天王辞めますんで、空いた枠にゃせーぜーアンタにお似合いの可愛い奴隷でもあてがってといて下さいや。
そんじゃ、お疲れさまっしたー
ちょ、ちょっと待ってよ、エルドラゴ!
ソフィーヤが止めるのも聞かず、俺は軽い足取りで王の間を去って行く。
魔王……いや、糞虫は最後まで、うずくまったまま何も言わなかった。