俺は火炎を操りし邪竜、エルドラゴ。冥界を統べる魔王に仕えし四天王の一角だ。

竜の一族の長でもある俺は、この度即位した第8代目魔王の指揮の元、200年振りに人間界の侵略に乗り出した。

全世界を俺達魔族が支配し、完全なる秩序を築き上げる。先代魔王がなし得なかった野望を、この俺が果たす――そう、心に誓った。

――はずだった。

区立公民館・面接室

アイヴィアス

次! 入れ!

就活生

失礼します!

紅音

おー、見た目はいいんじゃないか

ソフィーヤ

じゃあまず、お名前と年齢教えてくれる?

就活生

はい! 魔界立ルシファー大学魔法学部黒魔術学科四年から参りました、デ・ヴェラ・グィータと申します! 10021歳です!

アイヴィアス

ほうルシ大か、なかなか良いところじゃないか

就活生

はっ! ありがとうございます!

就活生の威勢のいい声。俺は手元の履歴書に目を落としつつ、そっと口を開く。

「……ソフィーヤ」

ソフィーヤ

どうしたの?

口には出さず、テレパシーで返事をしてくる。

「……ルシ大ってどのくらいなんだ」

ソフィーヤ

そうねぇ、分かりやすく言えばMARCHと早慶の間くらいかしら

ソフィーヤ

悪い訳じゃないけど、もう少し上の方が私的にはいいわね

アイヴィアスに促され、就活生はやや固い動きでパイプ椅子に座る。

アイヴィアス

一分間の自己PRをしてみろ

紅音

ほい、スタート

就活生

わっ、私は幼少期の頃から人間界の滅亡を胸に魔術の鍛錬を続けてきました! 高校時代は生徒会活動に励む傍ら部活動では魔術部の部長を務め、部員達への指導やたゆまぬ努力を行い、全国大会の出場を目指しました!

就活生

大学在学中はボランティアサークルに所属し、サークル長として貧困地域の子供達への支援を行い、昨年ダークNPO法人からベストボランティア賞を頂きました! この活動は現在でも続けています!

はつらつとした調子で、就活生はPRを続けている。だが、膝の上にぴったりとくっつけている握りこぶしを注意深く見ると、細かく震えていた。

就活生

わ、私が魔王に就任した暁には、今までの人生で培ってきた知識を元に、魔王軍の戦力増強に邁進し、ゆくゆくは人間界の制圧を果たしたいと思います!

紅音

はい一分。ぴったりだな

アイヴィアス

では私から質問させてもらおう

就活生

はい!

アイヴィアス

幼少期から魔術の鍛錬を続け、高校時代は魔術部部長として部員達を率いていた……というが、熱心な努力の割には、大会での入賞記録等は履歴書内に見当たらない。これについて説明願えるかな?

就活生

はっ、はい……それは……

今まで表面上は勇ましさを取り繕っていた就活生が、途端に動揺した態度を見せる。

就活生

が、学生時代は寸暇を惜しんで練習を続けていましたが、やはり全国大会の壁は厚く、入賞には至りませんでした。ですが、あの時の練習で養った精神と技術は、決して無駄になってはいないと自負しています

アイヴィアス

ふむ、なるほど

カリカリ。機械的な手つきで、アイヴィアスがチェックリストに×を付けた。

紅音

あのよ、ルシ大って魔術部ねぇの?

就活生

あっ、えっと、ございます……

紅音

じゃあなんで魔術部入らなかったんだ?ガキの頃から練習してきたんなら当然大学でも続けるべきだろ

就活生

そっ、それは……大学に入学したのを機に、別の趣味を探し、見聞を広めるのも良いと考えたもので……

紅音

両方入るって考えは無かったんか?

就活生

大学の勉強も決して易しいものとはいえず、両立は難しいと考え、ボランティアサークルのみを選びました……

紅音

ふぅん、そうか

ガリガリ。面倒臭そうな手つきで、紅音がチェックリストに×を付けた。

ソフィーヤ

それじゃ私から。大学でのボランティア活動が、どう人間界への侵略に役立つか聞かせてくれる?

就活生

はい! 分かりました!

やや落ち着きのなかった就活生が、一転して得意げな表情を見せ始めた。おそらくこの質問は、しっかりと考えてきていたのだろう。

就活生

ボランティアの本質は奉仕の精神にあります。国のためまた人の為に、利害を離れて尽くすこと。大切なのは行動ではなくその気持ちであり、無償で働くという心意気が無ければボランティアとは呼べません。侵略にも同じ事が言えるのでは無いでしょうか?

ソフィーヤ

確かにそうね

(いやどう考えても対極に位置してるだろ……)

就活生

国のため民のために、誠心誠意を持って清らかに略奪しなければ、自国の民達はもちろん、奪われた人間達も浮かばれません! 奉仕の精神こそが、侵略活動に最も重要な要因であると、私は考えております!

ソフィーヤ

なるほどね。よく分かったわ

サラサラ。流れるような手つきで、ソフィーヤがチェックリストに×を付けた。

ソフィーヤ

アリサは質問ある?

いかにもまだ面接は続いているといった顔で、ソフィーヤが俺に尋ねてくる。

(何ぬけぬけとぬかしてんだよ……どんな質問しようが、お前等三人共×付けてる時点で終わってんだろ……)

「……いや、特に何も」

俺は小さく首を振る。自分のチェックリストには、入ってくる前から×を付けていた。

アイヴィアス

何か質問はあるか?

就活生

……すみません、些細な内容なのですが、一つ

少し考え込むような仕草を見せた後、就活生が小さく手を上げる。

就活生

事前の連絡では、面接官は四天王の方々だと仰っていたのですが……その、エルドラゴ将軍はどちらにいらっしゃるのでしょうか?

アイヴィアス

あぁ、それは……

アイヴィアスが俺の方を伺った。すぐに視線を就活生に戻す。

アイヴィアス

急用が出来てな。余り気にするな

就活生

は、はぁ……分かりました

頷いた就活生は、一瞬、ほんの一瞬だけ、俺に奇異の視線を向けた。失礼がないよう極力抑えたのだろうが、敏感になっていた俺にはしっかりと伝わった。

「……何か?」

就活生

い、いえ! なんでもありません!

俺が一言尋ねただけで、慌てて彼は首を振る。言外に疑問の念が伝わってくるが、面接の場で軽率な行いは避けたかったのだろう。

就活生

……この人、誰だ? なんで四天王と一緒にいるんだ?

(どうせこう思ってんだろうな……)

アイヴィアス

以上で面接は終わりだ

紅音

気をつけて帰れよー

就活生

はい! 本日は貴重なお時間を割いて頂き、誠にありがとうございました!

パイプ椅子から立ち上がった就活生は、深々とお辞儀をしてから、面接室を出ていった。

ドアが完全に閉まった後、紅音が溜息をつきながら首と肩を回す。

紅音

あーぁ、たくっ、馬鹿じゃねーのアイツ。ボランティア活動が侵略で何の役に立つんだよ

ソフィーヤ

才能が無いのはまだいいとして、練習も高校で止めちゃったみたいだし。あれじゃ使い物にならないわね

アイヴィアス

全く、学歴だけ見て通したな? もっと精査しろとあれほど言ったというのに……

三人は口々に容赦なくこき下ろしている。俺は長テーブルの上の紙コップを手に取り、底の方に僅かに残っていた伊右衛門を飲み干した。

溶けかけていた氷も一緒に飲み込むと、喉が冷やされ、冷たさが頭の中にまで回ってくる。

(……俺は一体、何をやっているんだ?)

ソフィーヤ

アイヴィアス、あと何人かしら?

(俺はつい先日まで、人間界の侵略に向けて心の炎を燃やしていたはずだ……)

アイヴィアス

あと三人だ。履歴書を見る限りでは、中々有能そうに見えるが……この調子では、期待できそうに無いな

(それがなぜ今、公民館で面接をしている? なぜ書いたこともない履歴書を一枚一枚めくっている?
なぜセール品の一箱2000円の伊右衛門を飲んでいる?)

紅音

よーよーアイヴィアスよー。まさかこのまま採用者はいませんでしたーで済ませるわけねーよなー

アイヴィアス

くっ……分かった、非は認める。埋め合わせはするから、もう少し頑張ってくれ

紅音

へいへい、分かりましたよっと。後でサイゼおごれよ

ソフィーヤ

さっ、もう一踏ん張りよ

(…………なぜ、大地を揺るがす巨竜であったはずの俺が…………)

エルドラゴ

…………こんな姿になっているんだ…………

目の前で手のひらを広げ、そして深い絶望に陥る。何度目を擦って確かめてみても、この手は、この腕は、この身体は、紛れもない幼き少女のものだった。

アイヴィアス

アリサ……いや、エルドラゴ……

紅音

お前、まだ引きずってんのかよ……

ソフィーヤ

仕方ないわよ、あんなに勇ましい姿だったのに、いきなり女の子に変えられちゃったのよ、アレのせいで

アイヴィアス

その……なんだ、そう気を落とすな。その姿も中々似合っているぞ

紅音

そうだそうだ。中々可愛い見た目してんだから、そんな落ち込むなよ

ソフィーヤ

……むしろ可愛いから落ち込んでるんじゃないかしら

仲間達の慰める声も、俺の心には響かない。むしろより深く、もう元の姿には戻れないのだという悲壮感が募る。

アイヴィアス

つ、辛いならもう休んでてもいいぞ?

紅音

奥の事務室で寝てろよ、後はアタシ達でやっとくからよ

エルドラゴ

……あぁ、そうする……

俺はパイプ椅子から降りて、後ろの扉へ向かう。ただ歩いているだけなのに、足下がおぼつかない。

ソフィーヤ

元気出してエルドラゴ。気持ちは分かるけれど、今はさっさと新しい魔王を決めないといけないの

ソフィーヤ

そうじゃないと、魔王庁が侵略予算を出してくれないわ。いつまで経っても貧乏のままよ

エルドラゴ

……分かってるよ、んなこと……

吐き捨てるように呟いて、俺はドアノブに手を伸ばす。

目の前の扉は、酷く大きく分厚い壁のように感じられる。つい先日までは、指先一本でぶち破れたはずなのに、今は傷一つ付けられそうに無い。

エルドラゴ

戻りてぇ、戻りてぇよ……ちくしょう……

事務室に入って扉を閉めた時、俺の右目から涙がこぼれ落ちた。

雄々しい竜の姿であった俺が、なぜこんな少女になっているのか。

なぜ四天王が揃っていながら、魔王がいないのか。

なぜ勇者達が今にも攻め込んでくるかも知れないという状況で、呑気に面接なんぞやっているのか。

全ては、半月前にさかのぼる――。

なんで幼女なんだよ

facebook twitter
pagetop