花月(カゲツ)……

記憶が、戻ったというのか?

前世、いや、生前の記憶が……

霊深度


00



……今は、そういう気分なんです。

気分……か

お前は昔から、そういう奴だったな

昔から?

自覚は無かろうが、天才肌だった。
「気分」で針山の巨大な前衛芸術を作ったり、精密な新型の時計を設計してみたり

ああ……あれは、

気分……でした

でも、私からみれば、先生も十分……何をお考えなのか分かりませんでした

……私は、あの頃の己を、少しだけ後悔しているよ

そうなんですか?
あの先生が?

お前は、どうなんだ?

私は……

……ちょっとだけ。

そうか、そう……だろうな。

花が綺麗だから、私は幸せなの。

……それで、いいのか?

それで……いいんです

それで……

お前の命は、それで良いのか?

え……?

命の重さは平等だ。
お前はかつて、そう言った

もし、未来にまたこのような災厄が訪れたとして、同じ命の重みを持つ誰かがお前のように生贄となることを許容できるか?

そ、それは

ならば、その”誰か”の命は、お前より重いのか?

……言っても詮ない
ことだったな

……先生には、口では敵いません

そのお前に、私は行動力で負けたよ

……まさか、勝手に人柱などに志願していたとは気づけなかった

……ごめんなさい、勝手に

でも、私は、先生に生きていて
いただきたいのです

だって、私は、先生が……

むぐっ……へんへぇ?

駄目だ……言わないでくれ。

言ったら、事実になるだろう?

なあ、カゲツ。
どうして霊体という奴は、こうも天邪鬼なんだろうな?

天邪鬼……?

霊は、死なない。
消えるだけだ。

だが、後悔の多い奴ほどこの世にしがみつく。
長くこの世に、留まってしまう

生きているうちは悔いる奴ほど早死にするのに、奇妙な話だ

……お前は、あのときのままに見えるよ

先生も、何も変わってません

私たち……後悔だらけ、
だったみたいですね

そうだな。

せっ……先生?!

こうやって、互いの感触もろくに分からない身になるまで、触れることもできないんだからな……

本当に、天邪鬼だよ

先生……

……なあ、花月。
お前は、まだこの世に存在していたいか?

私……

まだ、ここに居たいです

それが聞けて良かった

ずっと……考えていた。
霊体を無理矢理に消滅させる
力について

せ……先生、何をする気なんですか?

先程言ったのも解の1つ。
強い後悔を持つ者は魂をこの世に留める

「後悔」を失くしてしまえば、霊には存在理由がなくなる。
その結果、消滅することもある

その際に放出される力……エネルギーのようなものが、近くの霊体に取り込まれる事例を再現する

先生、わたしは……まだ、ここに居たいです

でも、わたし、先生にも生きててほしい

……お前以外に大切なものなんて、ない

どうせ、私は長く生きすぎたんだ

中途半端に、人間でも霊でもなく……

先生!!!

大丈夫。
お前に、私の消滅分の力をくれてやるだけだ

化け物には過ぎた最期だーー

先生っ……!

鏡水(かがみ)!!

お前、良く生きてたな!

…………カリヤス

無事で何より。いや、無傷じゃないか。
まったくヒヤヒヤさせんなよ

幹部連中に逃げられたから、情報が洩れてるのかと思った。でも、タレコミじゃなかったみたいだな

逃げ足の速い奴らだ!

……あいつらには、見捨てられたか。
怒りも驚きも無かった。

……?

――体が軽い。
これまで取り巻いていた悪意が、視界を覆っていた、全身から立ちのぼる業が、消えたような……

霊深度が、下がった?

ありえない、そんなことがあるものか。


霊深度は、知識のようなものだ。
知ってしまったことは忘れられない。
それと同じように、上がることは合っても、
下がることはない。

その、はずが……

カゲツ!
大丈夫か?

あ……な、なに?
えっと……つぎは、どういうじっけん、です、か……?

……

……記憶を、失っている。


もともとカゲツの能力はコロコロと変わるもの
だった。前世の記憶が戻るというのも、
一時的なものだったのかもしれない。
そして、その間のことを覚えていないのだ。

……

……あの神社にすぐに戻るわけにはいかないだろう。追手が来るかもしれない。
そうでなくとも、
あいつらはカゲツを研究材料としか見ていない。


そんな奴らの手に、
せっかく助けたカゲツは渡せない。

本当は、カリヤスに後を託すつもりだったが

生き延びて……しまった。
おそらくはこの、無垢な少女の
魂のおかげで。

今からでも、本当は
カリヤスに託すのが良いのだろう。

私の身体がどうなっているのかは不確定だ。
爆弾のそばにカゲツを置いておきたくはない。


だが……

……私と共に来るか?

それなら、まだしばらくの命……いや、現世に留まれることは保証しよう

いいの?

なんで今日は私に優しくしてくれるの?

っ……





ああ、彼女が存在している。
記憶はなくとも、この中に。


……勘違いするな。あいつ等が非道だっただけだ。研究対象として興味があるから、私が勝手にお前を連れて行く。それだけだ

分かりました、先生

行くぞ

……

あれ、なんで私、先生って言ったんだろう……

……そう呼んでも、かまわない

いいの?

せんせい……

先生!

+00「私だったもの」九

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