桐子が去った後、潤は姉と二人になる。いつもの説教が始まるのかと身構えたが、姉から出たのは桐子の名前だった。

まさか、桐子ちゃんが近くにいたとはね……。小邑家とのつながりというのは意外と深いわね

ね、姉さん?小邑家ってもしかして

 桐子の苗字を聞いたときにまさかとは思ったのだが、単なる偶然だと言い聞かせた。小邑家とは何かと縁があるというのだが潤自身にとっては思い出したくないものである。

別荘のお隣さんよ。やはりそうだわ。大人っぽくなっていたけれど雰囲気はまだ残っていたわね

 沙保里はフレンチトーストを出した時、食べ方が上品であることから自分たちと同じくらいの育ちのいい家の人だと思っていたがどこかで聞いたことがある名前と、遠い記憶の中から昔の知り合いであることを思い出した。

まさかな……

 心のどこかで期待していた昔あった女の子。夏だけの友達で、よく遊んでいた。潤が国外に出たとき以来、彼女には会っていない。父親に勧められて世界を大きく見るために潤は日本を出たのだ。

まあ、いろいろあったから変わってしまったのも無理ないか

 と姉が意味深長なことを言い出した。潤は日本にいなかった期間が長いため、財閥やら様々な世界の事情には疎い。沙保里は大好きな友達と離れたくないということで母と一緒に日本に残ったので事情を知っている。

色々あったってどういうこと?

あー、これはあまり話をしない方がいいものなんだよね。胸糞悪い事が起きたんだけどね

 と浮かない顔をして沙保里は語り始める。

桐子ちゃんはね、名門校の初等部に入ったのよ。けど、そこでねママ友同士のいがみ合いというか派閥の争いがあってね

 子どもには良い教育を受けさせたいというのが親としての願いの一つである。小邑家本家の一人娘こと小邑桐子を大切に育てたいという家の想いから名門校に進ませた。自然豊かな環境で、文化など様々な授業が盛んであるとある名門校だが穏やかな底では保護者同士のドロドロとした争いが静かにあったのだ。

嫌なものだね、子供の世界なんでしょ。大人は関係ないじゃん

まあ、自分には何もないから子供に期待してしまうのでしょうね。自分を良く見せるステータスとしてそういう目で子供を見るっていうのはよくある話みたいだけどね

 皮肉と嫌味を軽やかに笑みを浮かびながらかわすその世界に小邑親子はいたのだが、最初はうまくやっていた。小邑家の当主の娘である桐子の母は何事にも動じない性格で自由気ままに振る舞っていたため次第に小邑派ができた。嫌な事は忘れて穏やかに生きるのがモットーという好ましいグループを形成して行動していた。

他人の幸せを憎む人とか、自分より下に見ていた人が上に感じるのを快く思わない人たちがいてね、そのうちの一人が香奈実さんを殺しかけたみたいなのよ

刑事事件か、どうなったんだ?ちゃんと逮捕されたんだよね

ええ、実行犯の母親は殺人未遂で逮捕されて刑務所に入れられたらしいわ。その後は離婚して所在不明らしいわ

 小邑香奈実こと、桐子の母親は命に関わるほどではなかったが社交界の場から消えた。桐子は事件が起きる前は母親同士の争いに影響されて歪んだ子供たちによっていじめられていた。

そうだったのか

 出会ったころのことを思い出す。人と関わりたくないという頑なに拒む態度、もろくて儚そうな横顔、一人を好むけれどさみしそうなあの背中。
 昔よく笑いかけてくれたあの桐子とは違っていた。常に無表情で無難に生きていて、何を考えているのかわからない。不安定で遠い人。そんな桐子が気になっている。昔のころとは違うけれど、嫌いにはなれなかった。

香奈実さんは今は占い師をやっているみたいよ。ほら、これ

 と雑誌を見せる。女性向け週刊誌の占いコーナーに香奈実の名前がある。初回の方には無料で相談を受けるというのもやっているらしい。

占いね、けっこう当たるのか

ええ、今度の土日に会ってみようかなと思うけれど潤も行く?香奈実さん、あの別荘に住んでいるから

そうだな、久しぶりに行こうかな

 沙保里はさっそく電話をかけた。香奈実の喜ぶ声が漏れている。すぐに会いましょうということで2日後の土曜日、車で2時間かけてかつての知人に会いに行った。

 その日、潤は昔の夢を見る。
姉の沙保里に無理やり女装をさせられてその姿で隣の別荘に滞在していた少女に出会う。

わあ、とても可愛い

あ……

 ゲームをしていた。トランプの神経衰弱で負けた罰ゲームとして女装させられた。それで少し散歩しろと言われて渋々やっていたら人に会った。

あ、待ってよ。怪しい人なんかじゃないよ

 逃げようとする潤を引き留める。仲良くしたいと腕を強く掴む。

……

 別荘に来たのはいいけれど、同い年の子がいなくて寂しがっていたらしい。話をしていたら、次第と打ち解けていき、女装させられた恥ずかしさが亡くなった。

私、小邑桐子。あなたは?

潤……

 それから夏の時は必ず彼女に会っていた。
 森で出会った不思議な少女として……。

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