休日、桐子は本屋に行った帰りのことだ。昼間のぽかぽかした陽気に誘われて、公園で買ったばかりの本を読もうと思ったのだ。ベンチに座ってふと前を見ると同じ学校の千夏を見つけた。ゆらりとした水色のワンピースを着ていてかわいい。じっと見ていたら目が合った。

あ、挨拶しなきゃ

あ、桐子さん……。挨拶しなきゃ。でも……

 千夏は周りをキョロキョロと見てから桐子に近づく。桐子も千夏にそっと近づく。

あー、可愛い。あの恐ろしい環奈が興奮してしまうのも理解するわ

……

 桐子と千夏は初対面の時の反省を生かしてすぐに挨拶をしようと思うのだが、この沈黙が心地よくてしばらくじっと見つめ合っている。そんな沈黙を破ったのが、千夏の傍に立った男だった。

千夏ー、あ、お友達?

あ、お兄ちゃん

 千夏の兄のおかげでやっと一言発することができた。
桐子は挨拶する。

小邑桐子です。ちーちゃん、小牧さんとは仲良くしています

あ、小牧夏樹です。よろしくね。さっきは邪魔しちゃったかな

いえ、ちょうどいいところでした。ちーちゃんに会うとなぜかぼーっとして見つめあっちゃって

 桐子は恥ずかしさで真っ赤になった顔をして話を続ける。ちーちゃんは顔を赤くして桐子に頭をぺこぺこと下げる。

ごめんね。挨拶しようと思うけれどなぜか桐子さんと見つめ合ってしまって

 千夏と桐子は互いに顔を赤くしながらあうあうとしていた。そんな二人を見て夏樹はくすりと笑う。

よかった。千夏に友達ができて

 夏樹は桐子に千夏をよろしくと頭を下げる。桐子は任せてくださいと意気込んだ。
 千夏と夏樹は家族水入らずで散歩していたところであり、桐子はせっかくだからと公園に来ていた車の屋台のクレープをおごってもらった。

ありがとうございます。かたじけない

いいよ。せっかくだからね

 と、のんびりとしているところに女が近づく。年は夏樹と同じくらいで身なりがびっしりとした綺麗な人だ。

沙友里さん

夏樹くん

 ただならぬ雰囲気を感じて桐子と千夏はさっとその場から去った。千夏からさきほどの女性について聞かされる。

お兄ちゃんに恋している人で、お兄ちゃんも好きだけど付き合う気はないの。

好きだけど、付き合えない?

うん、うちはちょっとごたごたして忙しくてね

 と千夏は目を伏せる。あまりよくない事情があるらしい。桐子は悪いと思ってそれ以上聞かないことにした。

相手の人、すごく燃え上がってしまって今日も告白すると思う。なんでもする人だから

何でもする……ね

 好きな人のためなら素敵な贈り物をしたり、料理を作ったり、体調が悪い時は看病しに来たりと色々とするらしい。互いに両想いらしいのだが、その先には進めないという。

あの人が羨ましいよ。私も、あの人みたいになれたらいいなあって思う

 千夏と夏樹がどんな事情を抱えているのか桐子は知らない。踏み込んでいいのかわからないが、あまりそうしてもらいたいとは思っていないオーラを出している。桐子は相槌を打ちながら千夏との距離を取った。

 千夏が気になりつつも、何も踏み込めなかった自分に意気地なしと罵倒しながら住んでいるマンションに着く。すると見覚えある女性がエントランスの前にいた。

いい度胸ね。私を待たせるとは

 先ほどの女だ。仁王立ちをして待っているようだ。桐子は女の纏うオーラが怖くて素通りしたいところだったが、気付かれてしまった。挨拶をして少し世間話でもすることにした。

弟さんが、一人暮らしですか

ええ、定期的に様子を見に来ているけれどね。あまりいい顔されないけれど、心配だからね

 と身の上話を聞く。高校生になってから一人暮らしを始めたのはいいけれど、食の嗜好が偏っているためちゃんとしたものを食べているのかどうかという心配があるため、時々沙保里が料理をしにここに来るというのだ。

 自動のスライドドアが開いて前方を見ると、見覚えある人がいた。

……きーちゃん?

 沙保里の言う弟とは、薄墨潤だったのである。

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