ティラミス

言わずと知れたイタリアンデザート“ドルチェ”の代表格。


マスカルポーネチーズとエスプレッソを使って作られるムース状のドルチェで、しっとりとした口あたりとコーヒーのほろ苦さが特徴。
 日本ではコーヒーフレーバーのティラミスが有名だが、本場イタリアではフルーツや野菜をつかった多彩なバリエーションが楽しめる。

「私を幸せにして」という意味があるという。


筆者が普段働いている
バッティングセンター。


ティラミスさんとペア組むのは
土曜夜の書き入れ時。

アルバイト入社してかれこれ
半年は立とうかという彼だが、

先日は結構やらかしてくれた。

今から書くことは一日の
6時間半の勤務時間内に
起きた事である。

ピッチングゲームをしていた
お客さんから

すいません。急に球出てこなくなっちゃったんですけれど…

と言われ、

丁度その付近を巡回していた
ティラミスさんに

ピッツァ

ティラミスさん!
裏(機械室の事)で球詰まり起きてると思うんで直してきて下さい!

わざわざ駆け寄りながら、
彼の行くべき方向を
指さして自分は言った。

すると彼は

ティラミス

はーいっ!

と威勢の良い返事をして…

僕が指示した方向とは正反対にある
カウンター方面へと走っていった。

ピッツァ

何で!?

おい、早く直せよそこのボウズ!

そんなお客さんから
無言の圧力を感じたので、

ティラミスさんの行動は
ほっておいて自分でトラブルを
直しに行った。

球詰まりを直し、

ピッチングゲームが正常に
稼働するのを確認し、

機械室からベアさんがお客さんに
ちゃんとゲーム保障
してくれているか
確認してみると


ティラミス

・・・

まるで早朝の港で海釣りをしている
ご年配の方々のように
カウンターで全く関係のない
方角を眺めながら
ぼーっとしていた。

ピッツァ

お、俺が慌てて早口で言ってて聞き間違えたのかな?
まあ、どう聞き間違えたらそのポジションに構えられるのか知らんけどな

といった感じでその時は
店が忙しかった事も
あってスルーした。

それから一時間くらい経って、

今度は店内中央にあるエアーホッケー
(東京フレンドパーク
でホンジャマカが
得意だったヤツ)が

台の上に手を乗せたり、周囲にモノを置くと危険です。直ちに台の周りから離れて下さい

という仰々しいエラーアナウンスを
連呼してプレイできないという
不気味なトラブルが起きた。

ティラミス

はじめは
ティラミスさんが対応に
当たっていたものの、

一切復旧の兆しが
見えなかったので
自分が代わった。

その際彼に

ピッツァ

お客さんに返金する用意しておいてもらえます?

と今度は聞き逃しの無いように
耳打ちして指示した。

ティラミス

はーいっ!

威勢よく返事して
彼が取ってきたのは

なぜか工具ドライバーだった。

ピッツァ

何やってんですか!人の話をちゃんと聞いて下さいよ!

と怒鳴ると、
バグったファミコンのように

ティラミス

…え?あ、はあ?

ティラミス

…あ

ティラミス

…はあ?

とベアさんはフリーズしてしまった。

ピッツァ

いやいや、それはこっちのリアクションだから!

というツッコミを入れる心の余裕もなく

ピッツァ

もういいです!

自分は駆け足でカウンターに戻り、

一人で返金対応をした。


ポカンとするベアティラミスさん。

次はそのまた1時間後の
休憩中に起きた出来事だった。

ウチの遅番は夜食の中華弁当
手当てが付いていて、

その日は汁多めの
鶏肉カシューナッツ炒めだった。

先にベアさんが休憩を取った後、

ポリ袋に空の弁当箱を持って
僕のデスク横のごみ箱上に
置いておくのが決まりになっている。

自分がデスクに座り、

いざ食べようとした瞬間、

まるで
ホラースプラッター映画の汚物、

ないし突射物のような
土色の液体が
横目に入ってきた。

それは間違いなくベアさんが
ポリ袋を横丁にしたせいで
漏れた汚染物質、

もといい食べかすの汁が
床に拡散したものであった。

彼はポリ袋に弁当容器を縦置きにして
持ってくる癖があり、

それによってゴミ箱内で容器が
割れて液体物質がメルトダウンした
案件が前にもあった。

今回は
それが最悪の形で
ゴミ箱外へ拡散、

想定外の二次被害を
呼び起こした格好となる。

ピッツァ

ちょっとベアさんいいですか?

彼を呼び出し、

これ以上の悲劇と過ちを
繰り返さないためにも
なぜこうなったのか、

今後の対応策について
簡潔に説明した。

ピッツァ

今度から空の弁当容器は縦でなく横にして持ってきて下さい。そうじゃないとこうなります

ティラミス

はーいっ!
すいませんでしたっ!

店内の混雑状況を鑑みて、
結局そのまま休憩中の自分が
汚染処理をしてから、

クリーンエネルギーである
自分の中華弁当を稼働させた。


もちろんその時点で食欲は
50%以下に沈下している。

閉店1時間前、

ようやく客足も落ち着いたので
どうしても球詰まりと
ホッケーのトラブル時に取った
彼の行動の真意を知りたくて
質問した。

すると

ティラミス

球…までは聞こえたんですけれども、その後よく聞き取れなかったのでとりあえずカウンターに行って様子を見る事にしました

この時点でグッと
歯を食いしばって、
自分は質問を続けた。

ピッツァ

じゃあ、エアーホッケーの時は?僕間違いなく耳打ちして“お客様に返金”って言ったはずなのですけれども

ティラミス

それが“点検”て聞こえて…でも返金の可能性もあるなあと思ってとりあえず両方に対応できる準備はして…

ピッツァ

いやいや、それは嘘ですよね?

ティラミス

嘘じゃないです

ピッツァ

確かにインパクトすごかったから右手にベアさんがドライバー持ってたのは見えました。

ピッツァ

じゃあ左手はどうでしたか?

ピッツァ

その手の中に返金用の200円が入っていたならその理屈成り立ちますけど、何も持ってませんでしたよね?

ピッツァ

ていうか持ってたら自分がカウンターに駆け出す前に渡してません普通?

ピッツァ

ねえ、そこのところどうなんですか?

ピッツァ

正直に仰って下さい

ティラミス

あの時左手には…

ティラミス

何も持っていませんでした

ピッツァ

でしょうね!!!

何だかこんなしょうもない口論に
サスペンステイストが
入ってしまったが、

ピッツァ

勘違いされてるようで言っておきますけど、俺が怒るのはミスするからじゃないんです。
殆ど人の話を理解できていないのに、聞き返さずにシレっとしてるのが一番嫌なんですよ。
だからこれからは一度で分からなかったら必ず聞き返して下さいね。
俺はちゃんと手を止めてまたわかるまで何度でも説明しますから。
わかりました?

ティラミス

はーいっ!

という小学生にするようなお説教を
一つ歳上のティラミスさんにも
立場上しなくてはいけない切なさ。

社会とは残酷である。

それから閉店後、

自分は金締め、

ティラミスさんは
場内のボール完全
回収清掃、

操作盤の電源オフをする
役割分担の中で、


先に仕事を自分が終えてから

ピッツァ

そっち全部終わりました~?

ティラミス

はーいっ!

と力強く返事をした暗がりの
彼の背後のネットに絡まった
白くボールが俺に助けを
求めているかのように光っていた。


僕は二人っきりの場内で
ためらいなくこう叫んだ。

ピッツァ

ほらまた嘘ついた!!

それから囚われのボールは
計10個以上出てきたそうな。

La Fine

‐次回予告‐

『ティラミスさんが何でこんなに残念なのかを分析する』の巻

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