ルック・ワールド・ノクトビション

この辺りか……。

ノクトビションは意識的に嗅覚に集中する。

わずかではあるがあの甘い香りは確かにある。


“赤い目”を持つ少年少女たちが襲われる前に見つけ出さなくてはならない。


でなければ、悪夢の再来となる。

ルック・ワールド・ノクトビション

ちッ……。
さすがに香りだけじゃ、距離的に探し出すのは無理か……。

そう呟いて、ノクトビションは時計台の屋根に飛び乗る。

そして、見える限りの範囲をぐるりと見渡す。


と、そのとき。

紅原 瞳

ちょ……何するんですか!?

ごちゃごちゃうるせーんだよ。
いいから来いよ。どうせそんな髪だ。
男の家に行くのなんて珍しくもねーんだろ?

公園内で言い争っている一組の男女。


なんだ、痴話喧嘩か、と無視しようとしたとき、少女の瞳が目に入った。



赤。緋。紅。



今までに“殺しなおし”てきた少年少女たちと同じ。

けれど、こんな近くにいたのに、この程度の香りの強さしか感じないことに疑問がないわけではない。

ノクトビションはその香りに対して、夢遊病のように無意識のうちに惹かれ、曳かれていたのだ。

そのレベルの香りがしていたのだ。

だが、もし、あの白髪の少女がそうだというなら、50メートル以内にいるのにも関わらず、この程度。



確かめる必要がある。

ノクトビションは屋根から飛び降り、歩み出す。

近づくにつれ、男の言葉が聞き取れるようになる。

それは、正直、聞くに堪えない言葉だった。


特別、彼女に何か感情があるわけではないけれど。

人の尊厳を踏みにじるその言葉が許せなかった。
人の尊厳を誰よりも欲しがっていた彼にとって。

だから。

柄にもなく。
凝りもせず。

あんなきざったらしい言葉を言ってしまったのだ。

ルック・ワールド・ノクトビション

何騒いでるんだ、クソ眼鏡。

* * * * *

高架下。


結局あの白髪の少女からはとても弱い香りしかしなかった。

近くに実験参加者がいたせいで香りが移っただけかもしれない。

まぁ少なくとも、あの男は惨殺の犯人ではないだろう。

あの程度の人間になせる業ではない。

まぁ、結局、成果はなかったということだが。

それでも、悪くない気分だ。

何か目的をもって生きている実感が少しわいた。

化物だけど。
怪物だけど。

生きている。
それでいいじゃないかと思えてしまう。

ブラッド

なんだい、やけに機嫌がいいじゃないか?

ルック・ワールド・ノクトビション

……別に。

ブラッド

なんだい、機嫌が良くても無愛想だね。

ルック・ワールド・ノクトビション

お前には関係のないことだ。

ブラッド

そうかい。ならいいのだけどね?

でも、さぁ……。

ブラッド

慣れた気になってないかい?
救った気になってないかい?
お前が犯した罪は消えない。
消えない、消えない、
消えない、消えない、
消えない、消えない、
消えない、消えない。

ルック・ワールド・ノクトビション

そ、そんなことは……

ブラッド

そうかい……でもなんだか……。

いい香りがしないかい?

ルック・ワールド・ノクトビション

はぁ……はぁ……。

ノクトビションは息を切らして、あの山道を走る。

甘い香り。
甘い香り。甘い香り。


嫌だ、嫌だ、もう見たくない。

こんなはずじゃ。

こんなはずじゃ――!!

両沢 泪

あ……あ……。

ルック・ワールド・ノクトビション

お、おい!

ぼろぼろの少年。

しかし、まだ、血塗れではない。

そうだ、間に合ったんだ。

両沢 泪

僕……襲われたです……。知らない人に……。

ルック・ワールド・ノクトビション

大丈夫だ。僕が、助けるから。

ブラッドは脅すように言ったけど、ただの前兆だったんだ。

とにかく、彼をここから連れ出す。

もし追いつかれたとしても、敵を迎え撃てばいい。

ノクトビションは自分に言い聞かせる。



自分は化物で怪物だからこそ、戦える。

まだ間に合う。間に合うんだ。

ルック・ワールド・ノクトビション

とにかく、ここから……。

まるで、風船のように。


破裂した。

血を噴き出しながら。

目の前で。


そして広がるのは強烈な甘い香り。






一瞬、気絶しそうになって、いや、本当に意識を失って、気づくと――。



――その首に嚙みついていた。

ルック・ワールド・ノクトビション

うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!

気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い

絢鞠 国士

対象……発見。

暗闇から厚着の男が表れる。

その目は。

ノクトビションと少年を行き来する。

絢鞠 国士

殺害……達成。
捕獲……目標。

ルック・ワールド・ノクトビション

おめぇが……犯人か?

声が震える。

間に合わなかった後悔。
あまりに強い欲望に敗北した恐怖。

絢鞠 国士

回答……義務……皆無。

そう言って、厚着の男は拳銃の引き金を引いた。

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