そこは、簡素な厨房だった。
そこは、簡素な厨房だった。
ナイトは料理の本には手をふれず、調理台にまな板を置きながら作業をしていた。
ナイフを巧みに扱いながら、庭で見つけたレモンとリンゴを切分ける。
切り分けられたリンゴとレモンの絞り汁を鍋に入れる。鍋を火にかけて、ひと煮たち。
甘い匂いが漂ってくる。
リンゴのコンポート?
私がそう言うと、ナイトが振り返って微笑を浮かべる。
正解!
ごめん、邪魔だよね
そんなことはないさ。オレはただ実験していただけだし
それで、どうした?
ひと段落したから、休憩に来てみたの
応接間のティーポットは図書棺のものと同様だろ。淹れても減らない魔法のティーポットだ
そうみたいね
本を開けば食べ物もホイホイ出て来る。なんか、食べた気がしないからオレは自分で作るけどな
調理器具は揃っている。材料もそれなりに調達できた。
ナイトは料理が得意なのね
まぁな
それなら……
プリンって作れるかな?
………
そう言うと、一瞬だけ眉をひそめた気がする。
そして、
もちろん作れるけど材料がないな。
食材のページを開いて念じても食材は出てこないらしいからな。
そっか
プリンが載っている本があったから、それで召喚したらどうだ?
うーん、やってみるよ
何かあったのか?
【プリンが好きだから、プリン王子って呼ばれていた】……まずは、そこから物語を始める
これ以上は考えても何も変わらない。
一度、プリンにプリンを食べて貰う。
そして、その反応から考える。
それは分かるけど、どうして作ろうとしたんだい? 手作りだなんて
なんとなく手作りの方が良いかと思ったの………なんとなく、だけど
………そっか……じゃあ、どうにか出来ないかオレも色々考えてみるよ
ありがとう
庭にリンゴやレモンがあった。
外には動物がいるから、牛や鶏だって何処かにいるかもしれない。ミルクや卵を手に入れる方法もきっとあるだろう。
とりあえず…………今は本を探すか。
今すぐには作れないからな、とりあえず召喚して食べさせる
そーだね
……っと
えーー……自分で探すよ
オレ、さっきこの辺りを確認したんだ。
大体の場所は把握しているんだ。言っただろ、エルカの手伝いするって
ありがと
っていうか………女の子に危ない事、させたくないからな……
?
そう言いながら、ナイトは高いところに置かれた本に手を伸ばす。
そんな高いところにあったらしい。
………そんな場所に?
そう、エルカの身長じゃあ……椅子に乗っても……どうにか届くかってところだろ?
……否定できないわね
「家庭で出来るお菓子作りの本」は、ここにあるらしい。手が届く場所に移動できれば良いのだけど、なぜか本は元の場所に戻ってしまうんだよ
それも魔法なのね
必要なときは言ってくれよ、いつでも取ってやるからさ。
家庭料理以外の本。「本格的なお菓子の作り方」は、届く位置にあるけど、作りたいのは、こっちなんだろ?
ジッとナイトが私を見据える。
うん
何があったんだ?
………図書室に行って本を読んだの、その結果
(不思議ね、ナイトには嘘がつけないみたい)
だけど、
ソルと会ったことは言ってはいけない。
きっと、私が何かを隠していることなんて彼は御見通しなのだろう。
(まぁ、私は隠し事をしているけど、嘘はついていない)
ま、今は追及しないが……無茶なことはしないでくれよ
うん
私はナイトが見つけてくれたお菓子の本を手に応接間に向かった。
部屋の中で王子は不貞腐れている。
自分の物語なのに、何も出来ないのがもどかしいのだろう。
エルカ?
私は目を見開いた王子の前で本を開く。
そこにはプルプルとしたプリンの写真があった。
この中は図書棺と同じ、これを開けばプリンが出てくるのよね
はい
…………じゃあ、やるね
甘くて美味しそうなプリン。
プルプルとしている。
ほろ苦そうなカラメルソース。
甘ったるい匂いが溢れる。
そんなことを考えていると、目の前にプルプルのプリンが現れた。
皿にのせられたそれに熱い視線を向ける者がいた。
……
王子だった
……先ほどの不機嫌な表情は消えている。
………これで、どうかな
おおお
わぁぁぁぁぁ
飛びついてプリンを口に放り込む。
無心にプリンを口に放り込んでいく。
私はそのスピードに驚きながらも、追加のプリンを召喚させた。
プリン王子がプリンを食べる、まさに共食いだな
入ってきたナイトが彼に聞こえない程の小声で呟いた。
おお、何て美味しいプリンなのですか
……
……なめらかで優しい甘さ、幸せです
し・あ・わ・せ
…………
彼は子供のような、いや女の子のようにうっとりとしている。
しばらく、観察しているとスプーンを持つ手が止まった。
二人とも、そんなに見ないでください。折角の美味しいプリンが不味くなります
そう言われても……
……
な、何ですか。エルカ、僕に恋をしても無駄ですよ
それはないない
否定するの早っ
…………今、「美味しい」って言ったよね
はいー
私の言葉にプリンは顔を赤らめた。
そして、思い人を言い当てられて気恥ずかしくて仕方がない乙女のように目を反らす。
はい、美味しいですから
ニコリとしたスマイルは爽やかすぎる。
あ? プリンでしたら幾らでも食べますけどね
そう言って微笑む彼はプリンを食べたからだろうか。
心底幸せそうである。