桐子と詩音がお互いに気持ちを伝えあったその夜、二人が住むマンションの一室に客が来た。
殺人鬼探しの協力者であった。

あー、おなかいっぱい。生き返ったよ

野川 詩音

よかった。今日は気合を入れていたところなんですよ

詩音ちゃんの料理でよかったよ

と失礼なことを言うこの男は警察の人である。少年課に所属していて桐子と詩音をよく補導していた。
殺人鬼についての情報を提供してくれるのだが、そんなことをして本当にいいのだろうかと桐子は思っている。

ひどいですね、俊樹さん。その野菜炒め、私が作ったものなんですよ

え、これ辛くなかったけれど桐子ちゃんの?

ええ、詩音にしごかれながら作った努力の結晶ですよ

と桐子はずばっと言う。詩音は私が鬼嫁みたいなことを言わないでよと桐子に怒った。

野川 詩音

普通の味を教えただけですよ。桐子、また指導されたいかしら?

普通って言われてもね?普通の味が何なのかちゃんと定義してくれれば素直に指導を受けるけどね

と桐子は屁理屈を並べる。普通って言う言葉が好きじゃない桐子は詩音に反発する。普通のことができないから、普通を嫌うのだ。詩音は桐子の禁句に触れてしまったと思いつつ、自分の家庭的な味を馬鹿にされたような気がしてムッとするが客人である男に止められて冷静になった。

やはりあの赤いペンキの予告どおりになったのですね

橋の下で見つけた水に浮きし赤き花というあの予言どおりに死体が見つかった。死体の写真を眺めながら桐子はデザートのいちごを食べている。
詩音は捜査資料を読んでいた。

本当に犯人は誰なのかいまだにわからないからね。予告はあれど場所や時間の特定には至らないんだ

野川 詩音

私たちが頑張りますよ、絶対に犯人を見つけてそして、

質問しますから

死体を見終わった桐子は今回の死体について思う。
いつもと同じ刺殺死体だが、めずらしく川に捨てている。大抵の死体はそのまま動かされずに野ざらしにされているが、今回は殺人鬼のきまぐれなのかわからないが動かされている。何の意味があるのか、殺人鬼が何を考えているのかわからない。

じゃあ、何かあったらまた

野川 詩音

あ、送りますよ。マンションの玄関まで

詩音が情報提供者を見送り、桐子は一足早くに寝始めた。

 詩音は谷津谷 俊樹に恋心を抱いている。
 彼を見ると心がふわふわと明るくなるのだ。詩音は律儀に、内心は恋心いっぱいに彼をいつも見送るのだ。

それにしても、詩音ちゃん変わったね

野川 詩音

え、どこがですか?

自分の話題を振られて少しドキッと心臓が鳴る。どこが変わったのか自覚がない。

そうだね、明るくなったところかな。出会ったばかりの頃は、なんだか危うい感じがしていたからね

野川 詩音

あー、あの時は荒れてましたからね。内面、いや外見もそうか

家にいたころは、荒れていた。家族が嫌いだった。私にとっての家族は離れていった母親だけ。その母親をのけ者にした家族が嫌いだった。
そんな中、自分を救ってくれた希が死んだのだ。荒れてしまうのは仕方のない事だ。

野川 詩音

今、こうやって生きていけるのは桐子のおかげですし、俊樹さんのおかげでもありますよ

僕がね…。そんなことないと思うよ。犯人を捕まえられていないから

 俊樹はそう言うが、犯人を捕まえられていないにもせよ、詩音にとっての心の救いは俊樹なのだ。
 殺人鬼を捕まえるという無謀な命を顧みない詩音と桐子の話を真剣に聞いてくれたのが、俊樹だったのだ。詩音はオートロックの内側に止まって、俊樹を見送る。

野川 詩音

おやすみなさい、俊樹さん

おやすみなさい。詩音ちゃん

詩音は俊樹と会話できたうれしさですぐに部屋に帰る。一方の俊樹は待ち合わせしていた家族と一緒に家に帰る。

確かに危ないけれど、警察官ぐらい一人で帰れよ

そう、言わないでよ。今は別々に住んでいるんだから

防衛隊の幹部の一人、颯太は兄の俊樹にそう言いつつも律儀に頼みを承る。そんな弟に感謝しながら俊樹は夜道を歩いた。

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