アート

――――っ

!?

――――

老人は、驚いた表情をすぐさま取り繕う。


青年に近付こうともせず、
気に留めない素振りで、話を続ける

なあ、シオン
おれのことを無慈悲なやつと
恨んでいるだろう。

シオン

―――

おまえに恨まれるのなら本望だ。
いくらでも怨んでくれ。

生きてる間の行いが悪いから、
死に様も悲惨だろうが、
元々、覚悟の上だ

その真摯な表情からは
酒の勢いなど見られない。

シオン

まあ往来で、
何をおっしゃるのでございます。

早く帰ろうじゃございませんか

老人の袖を引いて、
急いで、帰ろうとする

アート

…………

百歩ほど遠くにいる巡査に、
叔父の言葉を
聞かせたくないからである

しかし、叔父は、
それを素知らぬ顔で、

――いや、態と聞こえるような声で

言っておくが、
おれは、あいつが
金持ちか、身分の良い奴じゃないから、

巡査の月給が
8イェルムだから
と断るほど浅ましくはない

結婚すれば
お前を苦しめる奴――

――例えば、高利貸しだとか、
再犯の盗人という奴なら、
喜んでお前を渡しただろう。

乞食でもあってみろ、

おれはそいつに金を全て譲って
乞食になったとしても、
夫婦にしてやる。

シオン

なんで、そのような……

そうして、
おまえが
苦しむのを見て楽しむ事が
おれの生きる全てなんだよ

しかし、
あの巡査はおまえが
心から愛していた男だろう。

あれと、
一緒にならなけりゃ
生きてる意味がないとまでに

執心しているじゃないか

おれはちゃんと分かって、
きれいさっぱりと断わった。

そこで、
「おれが断ったのだから、
お前も諦めて他の奴を探せ」と

普通の人なら言うが、

おれの目的は、そこじゃあない

おれが諦めろと言って、
おまえが諦めてしまっては、

おれの野望が水の泡になってしまう。

しかし、
恋というものは、
そんな浅はかなもんじゃない

力自慢の奴が
危険な目に合えば合う程
強くなっていくのと一緒だ

邪魔者がいれば、恋も燃え上がり、
思い切れなくなってくる。

実に、面白いものだ

どうだい、
おまえは思い切れるかい

うむ、シオン、
今じゃもうあの男を忘れたか

シオン

――――彼の、こと、なんて……

―――

―――

シオン

い……い……え

きれぎれに答える

老夫は心地ここちよげに高く笑い、

むむ、もっともだ。

そう安っぽく諦めてもらっては、
わが因業も価値がないってものだ

頼むから
あいつを諦めてくれるな

まだまだ足りない、

その巡査を
もっと慕ってもらいたいものだ

 少女はこらえかねて顔を振りあげる

シオン

叔父さん、
何がお気に入りませんで、
そんな情けないことをおっしゃいます

シオン

私は、……

「何がお気に入りません?」

そんな馬鹿なこと
言わないでくれないか?

お前ほどに、
おれが気に入ったものはない

容姿よし、気立てはよし、
優しくはある、することなすこと……

飯を食べている姿でさえも
気に入っているのだ

しかしそんなことで何、
巡査をどうするの、こうするの
という理由はない。

例え、おまえが、
おれの命を助ける引き換えに、
巡査と結婚させろと言っても、

けっして巡査には渡せないのだ。

おまえが憎い女なら
おれも邪魔などしないが、
かわいいから、ああしたものさ。

気に入るの入らないのと、
そんなことを、言ってくれるな

 少女は、思わず叔父を睨みつけてしまう

シオン

それでは
あのお方が、お嫌いなのです?

少女は、耳を澄まし、
後ろを振り返る

―――――


巡査は、囁く声さえ聞こえる距離に
着々と歩みを寄せていた

老夫は、彼女の問いに
首を横に振った

う、んや、あいつも大好きさ。

最近の巡査というものは
8イェルムもの高給だからと
ふんぞり返って何もしない奴だって多い

だが、あいつは違う

あまり職掌を重んじて、
苛酷だ、思い遣りがなさすぎると、
評判の悪いのに頓着なく、

規則通りで、見境のない
あの非道なところが、
馬鹿におれは気に入ってる。

まず八イェルムの価値はあるな。

8イェルムじゃ高くない、
高給取りとはいわれない、
まことにりっぱな8イェルム様だ

シオン

―――――――

少女は、耐えかねて一瞬振り返る。

シオン

……………

アート

……っ!

しかし、振り返ったことを
叔父に悟られてはいけない


瞬間に、首を返した彼女は
彼の表情を見ることさえ叶わなかった

アート

――――――

アート

――――

アート

―――――

 

冷酷巡査の恋末路(夜行巡査④)

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