彼女の言うとおり、階段を降りきった先は地下牢だった。

 その中には一つの牢屋につき男女を別々に、それから更に、大人と子供で分けられて詰め込まれていた。


 だが、子供の数は圧倒的に少ない。さっき母を助けてほしいと願った少年は、ただ一人牢屋に閉じ込められていた。女児は見当たらない。


 柵の隙間からいっぱいに腕を伸ばして、向かいの牢を指を差した。

「お母さんそっちなの!」と、先に駆けつけたサトミに向かって叫ぶ。

赤石賢誠

近藤孝則の使いです!

あと、浜松火山より救援に参りました、赤石賢誠です!




 最初は懸念していたものの、二人の名前を聞いた途端に牢屋の中に居た人々が安堵に顔を緩ませた。

 もう大丈夫だ……――そう安心したのか、泣き出す女性が何人も居た。


レインフォード

グールと言う可能性は無いのか?




 すっと眼鏡を外したライトは、牢屋に閉じ込められている人々を見回す。


ライト・ネスター

ちゃんと内臓も心臓も生きている時の働きをしています。

間違いないし、グールでしたらすぐにルームフェルが気づきます

レインフォード

内臓と心臓が、生きている時の働き……?

ライト・ネスター

ただ、奥で寝ているあの人、衰弱している。

急いで町へ下ろした方が良い




 サトミは牢屋の鍵を見る。

 頑丈そうな南京錠だが……――サトミはそれを掴むと、見る見るうちに真っ赤に染めていく。


 その光沢は、彼女が使い扱う真っ赤な人具と同じものだ。



 そして。




ぱんっ



 南京錠は全体が真っ赤になると、金色の砂を散らして砕け散った。

 アッサリと、頑丈そうな南京鍵が破壊されて、扉はあんぐりと口を開けた。


 そこから少年が真っ先に飛び出して、母親がいる女性が詰められた牢屋へ飛びついた。

 そんな少年を抱きしめる、女性が母親なのだろう。


あんなふうにも壊せるのか!?

ライト・ネスター

普段ならしません。
鍵を人具で作ってあけます

レインフォード

鍵の方を作るのか!?
本当に便利だな、彼女の人具は!

ライト・ネスター

その気になれば、散歩ついでに銀行強盗できます

レインフォード

それは犯罪だ




 続いて女性達の牢屋の南京錠を赤き塵へと変えて、開け放つ。

赤石賢誠

お助けが遅くなってしまってすみません。

もう大丈夫ですよ。
必ず皆さんと無事に汐乃へ送り届けますから

あの! 佐藤さんを見ませんでしたか!?

レインフォード

佐藤? 浜松の右腕の、ですか?

はい! 彼らもここを突き止めて、来てくださったんです!

助けを呼んでくると戻ったはずなのですが、ソレっきりで……

レインフォード

何人で来ていましたか?

五人でした。退治したら必ず助けにくるって……言ってくれてたから……



 そこまで言い残して、ここに捕らわれている人達を助けられないでいるとなると……――ヴァンパイアか、もしくはグールの魔手にかかった可能性の方が高い。


でも、すぐに悲鳴が……

レインフォード

悲鳴……おっと?




 突然、一人の女性がレインフォードに飛び込んできた。

 無理に引き剥がすことも出来ず、レインフォードは仕方なくやり場に困った手を彼女の肩におろす。


……ずっと、ずっと男の人の絶叫が聞こえてきたんです……!

痛そうだった……!




 悲鳴が、聞こえた。


 こんな薄気味悪い場所で、こんな息苦しいところで。

 そんなところで悲鳴が聞こえたら、怖いことこの上ないだろう。女性騎士やサトミぐらいに肝が据わっているならばまだしも、彼女達は正直言えばただの町人だ。


 そんなおぞましい悲鳴に耐性なんて無いだろう。 



 泣き始めた女性を見下ろして、何となくレインフォードはサトミへと振り返った。

 彼女であれば、この状況を見て怖い顔をるのではないかと思ったのだが……――。



 彼女は、女性達には目もくれずに男性陣が閉じ込められている牢を開ける。




別の声もして

レインフォード

その人の声が聞こえなくなったと思ったら、別の男の人の叫び声がして……!

あれは、佐藤さん達だったんじゃ…



 サトミは行ったり来たりを繰り返して、なにやらぶつぶつ呟く。

 一応、彼女の話を聞いているようで、「変わった男の悲鳴」となにやら怪しく呟いている。

赤石賢誠

ここ、そんなに音が聞こえますかね?

なんとも言えませんが、サトミはどう思うんですか

赤石賢誠

……勘なんですけど、こんなところまで悲鳴が聞こえるって変だと思う。

階段結構長いし、壁を開けっ放しにして、拷問してる部屋も開けっ放しにしたなら聞こえそうですけど

今まで開けてきた部屋に血痕とか無かったし

つまり、意図的に捕らえた人間達に聞かせた可能性がある

赤石賢誠

残虐性の高いヴァンパイアってことですかね?

だったら妙ですよ。

とっ捕まえてさっさとみんなグールにした方が得策です。

戦力になりますし、汐乃を襲うのにもうってつけ。


町人がグールになってるのなんて見たら警護人も精神ダメージ、デカいでしょう

なら他に、何故彼女達に聞かせたのか考えられることは?

赤石賢誠

聞かせる目的……。

聞かせることで誘発する可能性……

聞くことによる、その人達の役割……

赤石賢誠




 サトミは、階段を見上げて目を瞬かせる。

赤石賢誠

ルームフェル! 魔族の気配は感知できないんですよね!?

ルームフェル

あぁ。無い

赤石賢誠

すみません、お嬢さん!
その悲鳴、何人分聞こえました!?

三人ぐらい、だったと思います……

赤石賢誠

貴方の感覚で良いです。
佐藤さんの声は聞こえた気がしましたか?

たぶん、無かったと……思います

赤石賢誠

マスター!

今回のヴァンパイア、超クソ野郎かもしれません!

先生、ついてきて!

ルームフェルはここに残って!!

貴方が対峙して退治してきたヴァンパイアに、まともな奴は一人も居なかったと思いますけど、どうしたんですか?




 サトミは全速力で階段を駆け上がっていく。

 レインフォードは女性をはがし、レザールにここを見ているように言って、彼女の後を追いかけた。






 階段を登りきれば、そこは屋敷の出入り口。

 進入してから扉は、ずっと開いたままだ。


 サトミは、今まで気にせず開けっ放しにしていた引き戸を、わざわざバタン! と閉じた……――。



 閉じた、その場所に『ぽっかりと開いた穴』。


こんなところに、階段……!



 それは、レインフォード達が侵入を果たした長い廊下のすぐ隣に設置された階段だった。

 建設中のミスで作るには、あんまりにも完璧に階段の入り口が、開けた引き戸によって塞がれるような造り。

 もはや、意図的という言葉がぴったりと当てはまる。

赤石賢誠

忘れてました!
忘れてましたよ、こんちくしょう!!



 サトミは新しく発見した階段を駆け上がっていく。

 ぎしぎしと軋む木製階段。








 その先には、部屋の入り口のような引き戸。

 サトミは、バタン! と荒々しく開け放つ。


!?






 その部屋には、人が居た。






第三章 桜咲くこの町で

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