炎は、優しく揺らめき、
ほのかな温かさを覚える

しかし、触れてしまえば最後、

引き摺り込まれ、
溶かされ、呑まれてしまう

如月氷芳

――――


青年は、
氷で自分を庇いながら、炎を避け、

彼女へ間合いを詰めていく

紫蝶

―――♪

紫蝶も、
ひらり、ひらりと、
舞うように火を掻い潜り、

彼との距離を遠ざける



ただ遠ざかり、近付き、
剣を交えず、間合いを図り、
相手を読み合うだけの攻防――

紫蝶

貴方、名前は何といいますの?

如月氷芳

言っていなかったか?

紫蝶

貴方の口からは聞いておりませんわ

如月氷芳

それは必要なことだったか?

紫蝶

ただ、貴方の声が、聞きたくて

如月氷芳

断絶魔か? 良い趣味だな

紫蝶

いいえ、

消えるのは私です

如月氷芳

何を言っているのか、
分からないが

紫蝶

――少し、
消す記憶を、たがえてしまいまして

如月氷芳

常世王の記憶を消したのでは?

如月氷芳

そもそも
常世王の記憶を燃やす等と
仲違えした事を言われても
訳が分からないだが

紫蝶

――

紫蝶

走馬燈って、
本当にあるのですね?

如月氷芳

何を言っている…?

紫蝶

私が消したのは――

如月氷芳

自分の記憶を消すなど、
間違いで起こす奴がいるか

紫蝶

あら?

ここにいますわ?

如月氷芳

……確かに、そうだな……

紫蝶

だ、なんて。

紫蝶

じきに、
私の過去も、
現在の記憶はなくなります

如月氷芳

抗おうとはしなかったのか?

紫蝶

これでも、
抗った結果ですよ?

紫蝶

私の記憶がなくなれば、
貴方達を処分する理由は
なくなります

他の姉妹には、悪いと思いますが
私がいなくても、
きっと、強い子達です

如月氷芳

何故、
自身を犠牲にする選択をした

殺そうと思えば、
僕は殺し易い相手だっただろう?

紫蝶

私、もう、
貴方の死を見飽きたのです

如月氷芳

――僕の、死?

紫蝶

――だ、なんて
秘密です。

紫蝶

今までも、これからも、

――忘れようと思って、
忘れてしまっていた想いでが


走馬燈として、一つ、一つ
私の中を入っては、抜けていく

まるで、その記憶が別れを告げる様に

それは、彼が常世者になる前――

私は、ただの芋虫でした

彼は変わり者なので
話し相手がおらず
仕方なく、私と話している

――それが、私たちの数日間の
些細な関係でした

――お前、名前は?

そんなもの、虫けらの私には
御座いません

そうか、
ポンちゃんか

言ってません

妙な名前をつけられたものだな
付けた奴の顔が見てみたいものだ

強いて言うなら、貴方ですが

よし、命名してやろう
ポンちゃんなんて名前はもう捨てろ

元々持っておりません

えーーーーー

あーーーーー

――帰蝶

なんか蛇の娘で、うつけの妻

…………

………良い所ないではないか、
この名前

なら、ポンちゃんで

貰えるなら、戴きます
しかし、投げ槍な気もします

朝早くから元気だな、
ポンちゃん

いいえ、
貴方の足音に起こされました

今日はな、疑問が出来た

何故、蝶は蝶の時だけ愛されるのか

芋虫の時に
あれだけ気持ち悪いと
言っておきながら、
手のひらを反す人間の順応力

興味深いと思わないか

貴方こそ、不思議な方ですね
お名前は何というのですか?

そうだろう、
ポンちゃんを一目見た時から
コイツは出来る奴だと
見込んでいたのだ

会話、一切嚙み合ってませんが、
それでも喜んで頂けたなら、嬉しいです

昨日の続きだ

ポンちゃんを
蹴飛ばした奴らに

成長したポンちゃんを
見せつけてやろうと思うのだが、
どうだろうか?

私は、虫けらですし、それぐらい当然の――

そうか、
流石ポンちゃんだな

その手があったか

どの手でしょうか。
全て足ですが

――また、明日。
ポンちゃんの案を活用するから、
本日はこれにて

おい、コイツ
義央が話してた芋虫だぞ?

潰したら、義央が怒るんだろ?

――お前ら、
ポンちゃんに何してるんだ?

ポンちゃんとか!古い名前だな!!

こんな奴、こうだぜ!!

……っ、止めろ……!!!
止めてくれないか…?!

それは、もう。
息を吐く間さえもなく、

彼の悲痛な声と足音が聞こえ――

私は虫けら

どうせ、
こんな運命なのだろうと
思っていたものだから

私の死を喜んでくれる人がいる
――それだけで、良かった

気付いたら、
芋虫だった私は

蝶になりました

その時は、
死んだことにさえ気づかず、

純粋に蝶になったと
思い込んでいた気がします

―――!

一週間経って、やっと、

自身が死んだこと、
人の姿に変化出来ること
を知りました

仕事は――死を、知らせること
もしくは、死を運ぶこととも知りました

しかし、
これで、いつか彼と話せる
少しだけで、いい。

彼と言葉を交わしてみたい

私の仕事はすぐに、訪れました

丑三つ時よりも、
深い深い真夜中

それなのに、
沢山の武人が掲げた松明によって
昼間よりも、酷く、明るい


その大勢が
まるで獣のように
歓喜の声を張り上げている

とうとう、彼を倒した…!

ついに成し遂げた!

これで、やっと、仇討ちが…!

やった、やったぞ!

聞いての通り、

殺された者への
復讐を果たした後なのでしょう

それが、何方かなど、
関係御座いません


私は、死へ誘う
――それがお仕事ですから

――ああ、綺麗な蝶だ
お迎えか?

――けれど、

恨みを買う人だなんて
思えないほど、穏やかな微笑み

――そうか。
もう、終わり、なのだな

皺枯れてしまっているのに、
冷涼な雰囲気を与える

どこか、聞き覚えがある声

そういえば、
虐められている芋虫を
助けたいと思ったことが
あってな

―――そうですか

それは――
紛れもなく――

それは、
私の唯一の話し相手だった

彼女は、
僕に色々なことを教えてくれた

そうですか

いいえ。
紛れで御座います

教えるどころか、
言葉を捻じ曲げられておりましたし

人の姿…!?

少し、反応遅くありません?

最期のおともに、と
遣わされておりますので

そうか

して、君は、彼女を知っているのか

どうでしょうか

私に唯一話しかけた、
変で優しい少年

人付き合いの苦手だったから
何か、誤解をされて、
殺されてしまったのかもしれない

君じゃないかも知れないのは、
分かっている

だが――帰蝶、と呼ばせてくれないか

代わりのようにしてしまって、すまない

……なんなりと

代わりでもなく、それはきっと、

いいえ、
そんなことは言いません。

それと
……ポンちゃんは流石にやめたのですね

それと――
僕には、あとどのぐらい猶予がある?

この線香が、消えてしまったら、もう

それは、残念だ
やっと話が出来ると思ったのに

虫けらに話?
面白い方ですね

私もです
だ、なんて。酔狂なこと言えるわけがない

あくまでも、人の魂を連れ去る
――そんなお仕事ですから

あまり、僕の大切なものを
卑下しないでくれるか?

そうですね

人は、
ここで不思議そうな顔をするのだが
お前は腑に落ちた嬉しそうな笑い方だな

私、人ではありませんの

そうだったな…

もし、帰蝶を知っているのなら
伝えてほしい

ありがとう、
可笑しいかもしれないが、
――大切だった、と

彼女も、
そうやって言いたがっていますよ?

それは、ないな
僕が見殺しにしてしまったのだから

それは違いますわ

……君は、

いいえ

けれど、彼女は、貴方に逢えて、
嬉しかったです

もうすぐ、
彼は、消えてしまう

彼が何をしていた人か、さえも知らず、
彼に私が帰蝶でした――とも告げれずに


ただ、会話を交わす。

それだけが、いとおしくて、

涙が出そうなぐらいに
しあわせで、


――それだけで十分だと思ったのに

やっと、倒すことができた…!!

領主様、見ておりますか?やりましたぞ

我々の領主様もさぞ、御悦びになることだろう!!

吉良殿、打ち取ったり

彼が、何者にも祝福されていない空間
――彼の死を喜ぶ人々の声

耳を覆って、
思わず、問いただしたくなる

彼の温かさを、
貴方は知っているのですか?

どうして、人の死が
人の喜びになるのですか?

――彼が、今、
たった一人なのを知っていますか

彼の死を、喜んでいる彼らの熱と
冷たくなっていく彼の温度差が、

痛いぐらいに、心に刺さって、
息が出来なくなる

帰蝶、僕の魂を運んでくれないか
最期が君なら――死んでもいい

その優しい声に、
何もかも投げ出したくなるのに

――私は、そのころから、
蜘蛛に囚われて仕事をしているから、
どうすることもできませんでした

――そして、常世者であった彼に
会うのですが

―――退け、王の御前だ

彼は、王を殺された
――という幻覚から錯乱し

触れる者全てを
凍てつかせる眼で、
淡々と人を斬っておりました

あまり、血の香りがする話は
好んでおりませんでして

しかし、一言で言うのであれば、

私が、彼を――

逢った時には、
もう、彼は壊れていました

私も蜘蛛に囚われていました

他になかったのです…!

彼を諦めて、殺めるしか

そして、私も、諦める様に、
記憶を燃やしながら、

彼の刃を使って、後を追ったのです

―――

きっと、あれが夢だったのです。
永い永い夢――けれど、

夢は忘れても、
幸せな夢を見た、という事は
決して、忘れません

かなしい夢?
そうかもしれません

―それでも、忘れたくない夢ならば
それは、幸せな夢ですから――……

想いでより、忘れた今

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