私は走っていた。

はぁっはぁ

息を切らしながら、どこまで走ったのか。
足元の悪い悪路を転んでも、崩れてもひたすら走った。

それだけの理由があった。
あの場所から逃げ出したかった。

怖い出来事、怖い光景、怖い人のにおい。

私は目の前で起こった惨劇から逃げてここまで来た。
私を襲った男たちからも、私を助けに来てくれた先輩をからも。

今日は寝てしまおう、寝て忘れてしまおう。そうして全部無かったことにしよう。そうすれば明日から始まるんだ。いつもの日常が。

はぁ、はぁ

ぐちゃっ、ぐちゃっ、ぐちゃっ、ぐちゃっ、ぐちゃっ

 鼻がつぶれる。目がつぶれる。物の移り変わりは美しい。身体が変わっても変わらない。
 それが分かってよかった。目の前に転がっている塊に興味はないけどそれが変化していくプロセスは見ていて美しい。
 例えるなら彫刻で木片を一つの作品に仕上げていく感覚に近い。

途中で女の子の悲鳴がした気がした。
そんなことに構う時間は無かったため気にも留めなかった。

何もそこまでしなくてもいいじゃないか。

声がした。ここまでで作品は二つ。
三つめの木片を見つけた。

来るな、来るな。嫌だ、嫌だ死にたくない。

そろそろ時間切れか。もう限界なんてまだ時間がかかるのかな。まったく真面目なんだよねコイツ。

何を言ってるんだよ

まるで他人のように薫を指す自分を不思議に思う浩介。

そういうわけだから。
ごめんね今日は君で最後になりそうだ。
お楽しみはこれまでだ

嫌だっ。どうしてこうなるんだよ。助けて

濡れた雑巾を踏んだような感触がした。

変な音

私は何も見ていません。何も知りません。

案の定私のところに刑事さんが来た。
思い出したくなかった。

まいったなぁ、君を近くで見た人がいるって聞いたんだけど

刑事さんには悪いことをしていると思った。
でももう巻き込まれたくない。その思いが、恐怖が私の言葉の発信を邪魔していた。

その時何か見たとか、騒ぎがあったとか何か知っていることはないですか

わかりません

余計なことを言って深入りさせないように慎重に言葉を選ぶ。

わかりました。引き留めて申し訳ありません。
今日はここまででいいので何か思い当たるところがあったら私たちまで連絡をください

若いほうの刑事さんから名刺をもらって私はすぐにその場から離れた。

佐々木さんはどう思いました

よっぽど怖いものを見た。
僕はそういう印象を持ったけどね。

同感です。あの子はあの惨劇の犯人を知っている

でもあの子から得られる情報も少ないだろうし深追いはする必要はないかな

どうしてです

今考えているよりも複雑な事件かもしれない。一人を取り囲むよりももっと情報が必要な気がしてね

複雑、ですか。

それより、さりげなく連絡先渡すなんてやるね

あなただと怖がられるからです

うわ、これだから二枚目の顔立ちは。ホント人が傷つくのをいとわないこと

視界が暗い。自分は夢を見ているのかもしれない。心地良い夢を、それだけ寝つきがよかった。

本当に満たされていた。
拳を叩きつけるとき体中に走る電撃のような快楽。
僕の中にいる怪物が何者かは知らない。でも今はこの快感を共有できる存在がいることを喜ぶことにしよう。

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