朱色の大きな鳥居へ
一歩足を踏み入れると、
春風が、彼らの背を押す
着いたな
朱色の大きな鳥居へ
一歩足を踏み入れると、
春風が、彼らの背を押す
参道の中央は、神様の通り道
それを知っていながら、
あえて中央を歩く少女
それを横目に青年は
鳥居を会釈してくぐり、
中央を避けて歩くものだから
少女の眼光がきらり、と光る。
しかし、彼は露知らぬ涼しい顔で
境内まで、端を歩いて行った
――朱に染まる大きな社。
彼女達にとっては、
春風の温かさを感じる社は
他にとっては、
血の様な生ぬるさを覚える場所でもあった
先代の神が消えてしまい、
新しい神を迎えて、早一か月
春と、生命を司る
桜花の神を招いたこの国は、
温かく、穏やかな国へと生まれ変わった
しかし、それも7日間
――まさに桜の寿命と同じ日数しか、
その平和は保たれなかったのだ
一週間以降も、
桜の花弁は、この国中に散り続ける。
しかし、この国で咲いた桜の樹を
見た者など何処にもいなくなった
神は、ほんの数人の願いは、
いくらでも叶え、
それ以外の些細な願い事に
耳を貸さない神へと
変貌してしまったのだ
わん様、仕事しないけど来たよー
もう、この両手は治らないのかな
返して、私の、兄さんを…。
貴方を守る戦争だったのでしょう……?
神の御加護が、ない。
私たちの信仰心が足りないのだろうか…
――そう。
まだ、春日様は不公平なことをするのね
如月も、如月だよ?
すまないが、
責められる理由などない
戦いの傷は
全部引き受けたんじゃないの…?
呪術以外の傷だってあるだろう?
―――。
そ、そうだね…。
八つ当たりしてごめん
構わないが、少し落ち着いた方がいい
ここにいる人々は、今、
戦いより、癒しを求めている
そ、そうだね…?
お前が、専売だろう?
そうだね。
私が、動揺したら、いけない
なんでも、やれるよ
……そうか
任せた
任された
何か、お困りでしょうか
…杏子……様…?
ええ、
春日神の巫女、杏子で御座います
ああ、杏子様…!
巫女が来たからには、もう安心だ!!
どうか、この子を救ってやって下さい
ご安心くださいな。
私が
貴方の神様になって
差し上げます
杏子様!
戦争で、足が取れてしまった息子が…!
杏子様!
どうか、どうか兄様を救って下さい!
杏子様!
私は、まだ、生きたいのです!!!
杏子様!
杏子様!
杏子様!
はい。
お話、聞かせてくださいな
……全部、請け負うのか?
邪魔しないでね?
やらないといけないし、
やり遂げたいの。
明日一日、何が何でも休め
言われなくても、休みますとも
さて、
はじめますか!
彼女は差していた淡い東雲色の番傘を、
眼を閉じるかの如く、静かに閉じていく。
その所作と合わせて蹲む少女
閉じた傘とは対照的に
その微笑みには朱と温かさを差して。
柏子見、柏子見。
私、桜花の甘藤と申す者なり――
眼を閉じたまま、
裾に付けていた鈴を転がす。
涼しげな音が、社に滴り、反響する
――。
御頼み、御頼み、申し上げ奉る
着物の袖を床につけての一礼を終えると、
鈴の音を立てずに、立ち上がる
そして、おもむろに傘を広げていく
傘を広げた刹那、
空は一面、東雲色に染まった
人々が、驚嘆し、空を見上げ
声など出せない状態でいることに
少女は、くすり、と笑みを零した
これが、春日神の力
貴方たちに施されるはずの圧倒的慈悲
悲しみと傷は全部、
この甘藤杏子が
桜花によって
散らしてしまおうか
ありがとうございました!
杏子様!
うん。お大事に。
はい!
……これで、最後の一人ね。
そうだな、やっと終わった。
貴方は
傷治ってるの?
如月 氷芳さん。
……如月様、だと!?
……っ
いや、
戦いが終わって間もないのに
如月様がいるわけないだろう
偽物だ
そうだよな、お前貧弱そうだし
少し不服だが、偽物だ
そうだ、そうだ偽物だ
そうだよな!!
………よし、行ったか
そういう遊びはやめてくれ
王様に見つかったら、
また雑用を押し付けられるだろう!?
今日は、家でごろごろしたかった
仕事などごめんだ
私だって、休日なのに、
私にだけ働かせておいて何をいうの!!
これ以上、働きたくないんだ!!
あっ、丁度良い所に
仕事しないよ?
さっきしたしね?
仕事したいよ?
わぁ、嬉しいなぁ
……出た、
暴君わん様。
さて、僕はこれで
待て、小僧。