生まれたその頃より、金、力、知恵等……権力以外の全ての能力を得た勇者がいた。

 魔王を退治した後の世界、勇者は今日も依頼主と共に、悪さをするドラゴンを懲らしめていた。

 しかし、彼の表情は何故か浮かない。

勇者

はぁ

依頼主

どうかしたの?

勇者

何をしていても退屈なんだ。相手に勝っても当たり前だし、女の子は僕の肩書やお金しか見ていないし、覚えることはもう覚えつくした……もう忘れたいくらいさ

依頼主

そう、それは大変ね

勇者

君が手に入ったら、何か変わるかもね

依頼主

あら。残念だけど、私駄目な男が好みなの

勇者

駄目な男?

 勇者はそう聞いたあと、くすりと微笑んだ。

勇者

だったら尚更良いよ、俺は駄目な人間だからね

依頼主

そうかしら?

勇者

うん。だって俺は、もはや何をしても退屈としか感じない、駄目な男なんだからさ

依頼主

……そう

 二人が手を繋ぎかけたその瞬間、依頼主の手先が激しく蠢いた。

依頼主

けれど、この姿を見ても、貴方はそう言えるかしら

 依頼主がそう言った瞬間、依頼主の体は黒煙に包まれた。黒煙が風に流れると、その姿は豹変していた。

勇者

……!!

依頼主

さぁ、戦いなさい勇者

 魔物と化した依頼主が言った。

 すると、勇者は大声で笑い飛ばし、魔物へと歩み寄る。

勇者

やっぱり思った通りだ。君は僕を退屈させない

依頼主

でも、私は人間の敵なのよ? 私を逃がしたら……

勇者

君は悪い人じゃない。だから、もし君をいじめるヤツがいたら、僕が守ってやるよ

依頼主

……!!

依頼主

本当に馬鹿な人。でも好きよ、貴方みたいな、底なしの駄目な人

 二人は堅く手を繋ぎ合った。

 だが、幸せなひと時はそう長くは続かなかった。

 魔物をかばう勇者を、人々は手の平を返したように反逆者と呼び、多くの人々を集めてその命を奪おうとしていたのだ。

いたぞ! 化け物と反逆者だ!!

勇者

チッ、もう見つかったか。お前は逃げろ!

依頼主

いえ、私はもう良い、だって本当は誰も傷つけたく無いんだもの……だから、貴方だけでも逃げて

勇者

そんなことするもんか! そんなことするくらいなら……

 二人は手を繋ぎ、見つめ合った。

 すると、無抵抗の二人へと、敵へとなった人々が刃を向けた。

勇者

愛してるよ

依頼主

私もよ、きっと、生まれ変わってもね

……

……

 とある木の下、生まれ変わった二人の男女は手を繋ぎ、幸せそうに眠っていた。

勇者の憂鬱

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