安藤

ししゃがいる

 安藤は静かに呟いた。

安藤

それがこのパソコンのパスワードだよ

 深月がキーボードに文字を打ち込んでいく。

『ししゃがいる』をそのままローマ字に変換して『shisyagairu』。

 パソコンのキーボードがあって、かつ、入力するのがゆっくりな深月だったからこそ辿り着けた答えだ。

 ただ、このとき安藤は素直に喜ぶことができなかった。なぜなら、深月の横顔に哀しみの色が差していたから。
 そして、その理由を問う勇気を、彼は持ち合わせていなかった。

 ぶーん、という柔らかい音と共にローディングマークが表示され、続いて画面が青に変わる。

五十嵐深月

正解、みたいね

 深月の表情はいつものような静けさを取り戻していた。

安藤

さて、次のヒントは何かな?
そろそろ終わりにしてもらいたいんだけど……

 そうしてモニターに現れたのはたった一つ、フォルダのアイコンだった。タイトルは『泥棒』とある。

五十嵐深月

開くよ

安藤

うん。頼むよ

 ようやく泥棒、すなわち犯人に辿り着く。あとはこのファイルによって明かされる犯人を逮捕すれば、消失したメンバーも生き返り、現実世界に戻ることができる。

 安藤は一瞬でもそんなことを考えた自分を殴りたくなった。

 この犯人に限って、そんな簡単に正体を明かしてくれるはずがないのだ。

 開いたフォルダには、PDFファイルが一つだけ入っていた。そこには、打ち出された文字でこう記されていた。

『文字を横切り、
頂上の北西から進め』

五十嵐深月

え、これだけ?

安藤

みたいだね……

 安藤はすぐさま検索コーナーを離れ、出入り口近くのカウンターに向かって歩き出す。深月も後から付いてくる。

 カウンターから図書室全体を見渡して安藤は言う。

安藤

ここが頂上の北西であることは間違いない

五十嵐深月

そうね。最上階の端っこだもんね

安藤

ここがスタートなのは良いとして、問題はどこに進むのか。

五十嵐深月

北西から進むんだから、南東へ向かうんじゃない?

安藤

うーん。南東と言ったら、さっき僕らがいた検索コーナーがそこなんだよね

五十嵐深月

整理してみましょう。
ここ、カウンターで見つかった文字が『ユ』

 深月はカウンターから南にある児童書コーナーを指差す。

五十嵐深月

そこの児童書コーナーで見つかったのが『ウ』

 次いで、東の学習席を示す。

五十嵐深月

あっちの学習席にあったのが『ジ』

安藤

南にも東にも文字はあるけど、南東にはない。
いや、文字があったのは全フロアなんだけど……

五十嵐深月

南東の部屋に文字があったのは三階と四階だけね。
『ウ』と『ユ』だけど、これじゃ意味を成さない

安藤

そもそも横切っていない

五十嵐深月

そうね

 安藤は溜め息を吐いて天を仰いだ。あと一歩のところまで来ているのに、答えが見えてこない。方角も、文字も、謎のまま。

安藤

謎といえば、犯人の目的はいったい何だったんだろう……?

 自分の前髪を見上げながら安藤はぼやいた。

安藤

こうして、最終的には自分の正体を明かすつもりだったのもよくわからない。
それに、二人一組で行動している以上、まず皆殺しなんてできっこない。それはつまり、犯人には勝ち目がないってことだ。
勝てないゲームの何が楽しいんだ……?
勝ったとしても、この世界に独りぼっちになるだけなのに……

五十嵐深月

勝つことが目的じゃないんじゃない?

安藤

結果だけ見れば、僕らはすごい足止めを喰らっているよね

 冗談混じりの発言だったのだが、自分のその言葉に答えのようなものを見つけた。

 犯人はゲームに勝ちたいわけではない。最終的に正体がバレて困るわけでもない。

 ただ、時間を稼ぎたかったのではないだろうか。

 何のためにかはわからない。
 でも、だとしたら、ここで無駄な時間を食うわけにはいかない。

安藤

この『泥棒』というファイルの謎を解くのが一番の近道だ。それは間違いない。ピースは全て手の中にあるんだ。問題はどうやって組み立てるのか。
あと少しなんだ。あと少しでこのゲームを終わらせられるのに……!

五十嵐深月

安藤くん

安藤

え? あ、うん。何?

五十嵐深月

大丈夫? 恐い顔してるよ

安藤

ああ、ごめん。問題が解けなくて……

 安藤は笑顔を作って応えた。

五十嵐深月

安藤くんがすぐに解けないなんて珍しいね。
そういうときはさ、とりあえずここだと思うところに進んでみたら良いんじゃないかな。
間違ってたら違うところに行けば良いんだし

安藤

とりあえず『進む』か……

 水底から気泡が上がってくるように、何かを閃く予兆を感じた。

 だが、深月の一言に思考が中断される。

五十嵐深月

わたし、ちょっと席外すね

安藤

えっ。どこに行くの? 一人だと危ないよ

五十嵐深月

安藤くんとは一緒に行けないところです。
察しましょう

 溜め息と共にそんなことを言われては何も言い返せない。

 安藤はカウンター横の出口へと消えていく背中を見送った。

安藤

とりあえず『進む』。文字を横切る。間違っていたら違うところに。頂上、北西、南東……

 目を瞑り、今まで与えられていたヒントを反芻(はんすう)する。

 それが数秒のことだったか、はたまた数分のことだったかは自分でもわからない。

 ただ言えることは、次に目を開けたとき、彼の顔には笑みが浮かんでいたということ。

安藤

なんだ、そういうことか。
犯人はまだわからないけど、『泥棒』というファイルの答えはわかった

 安藤は一度呼吸を整え、自分の声を確認するように答えを口にする。

安藤

『泥棒』というファイルが示しているのは


(※安藤の台詞を完成させるようにして解答をコメントにご投稿ください。
 犯人の名前ではありませんのでご注意ください。
 ご参加をお待ちしております)

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