四階の音楽室前に行ってみると、驚いたことが二つあった。

 一つは、凌の左手首に手錠が嵌められていること。
 もう一つは、亜美の姿がどこにも見当たらないことだ。

安藤

凌さん。その手錠はどうしたんですか?
それに、亜美がいませんけど……?

 それに対する凌の説明はこうだった。

永田凌

ここで太一と亜美のペアと合流した途端のことだ。ふざけていたのか、突然、亜美が俺の手首に手錠を掛けたんだ。そうしたら、ふっと、煙のように消えちまったんだよ

橘太一

それは、その、僕らも、見ていたよ……

 おどおどと太一が言う。

 親友が消失してショックなのだろう、妹の千代子は俯いたまま、こちらを見ようともしない。

 推測に過ぎないが、きっと亜美はここが非現実だということも、犯人からのメッセージの内容も、信じていなかった。だから軽い気持ちで手錠を使ってしまったのだろう。言い方は悪いが、亜美ならやりそうなことだ。警察であった亜美が、同じ警察である永田凌に手錠をした。つまり、結果的に誤答をした。だから消滅した。

 正直なところ、安藤もここが偽物の世界だとは信じ込んではいなかった。そんなことあるわけがないと、どうせ脅しだと、心のどこかでは高を括っていた。

 けれど、これで証明されてしまった。このドロケイは、ただのゲームではない。命懸けの脱出ゲームなのだと。

 全員が口を噤む中で、深月は迷いのない足取りで前に出た。それから、落ち込んでいる千代子の肩に手を当てる。

五十嵐深月

大丈夫よ、千代子

 彼女は普段の二倍ほど優しい声音を出した。

五十嵐深月

亜美は実際に死んでしまったわけではないわ。警察の誰か一人が犯人を捕まえれば良いだけの話よ

 その通りだ、と内心で頷く。たとえ警察が一人になろうとも、その最後の一人が泥棒を逮捕できればゲームには勝利する。脱落者を救うためにも、思考は絶えず働かせておかなければならない。

 それに、現状は言うほど悪くはない。ミスで脱落した亜美と、手錠を掛けられても問題のない凌は、これによって泥棒ではないことが証明された。逆に言えば、橘兄妹、深月、そして自分、この四人にまで容疑者が限定されたということ。自覚する限りでは自分は泥棒ではないから、残るは三人、と考えても良いかもしれない。

 気持ちを切り換え、全員に向けて話す。

安藤

今は、この世界から脱出することが先決だ。とりあえず、音楽室に入ってみよう

 音楽室にはグランドピアノや譜面台の他、スピーカーやアンプが備えられていた。音楽室というよりもスタジオと呼んだ方が良いかもしれない。

 入ると同時に全員が散り散りになって部屋の中を捜索する。
 真っ先に声を上げたのは深月だった。

五十嵐深月

見て。ピアノの中に何かあるわ

 四人が深月の許(もと)に集まり、グランドピアノの内部を覗き込む。

 弦の下、響版の上に文庫本ほどの小さな金庫が置かれていた。

橘太一

おかしいなあ。さっき見たときはこんなものなかったはずなんだけど……

 唸り声を上げながら太一が箱を手にする。

 そのまま力尽くで開けようとしているようだが、金庫の扉はびくともしない。どうやら扉のナンバーロックを解除しなければならないようだ。

 太一の言葉を信じるのであれば、たった今深月が金庫を隠したことになるが、そんなものを隠し持ちながら捜索をしたり卓球をしたりできたはずがない。

 すると太一が怪しくなる。ペアを組んでいた亜美がいなくなった以上、彼の潔白を証明する者はいない。

 ただ、ここは犯人の意識の世界だ。なかったはずのものが突然現れても不思議ではないし、そう考えると誰も彼もが怪しく見えてきてしまう。邪推は控えるべきだろう。

 太一の言葉は聞かなかったことにして、安藤はみんなに提案した。

安藤

まずは駄目元でみんなの誕生日を入力してみようか。
見たところ、解錠ナンバーは四桁のようだし。
太一、入力をお願いできる?

橘太一

う、うん。わかった

安藤

じゃあ、僕から。八月十六日

橘太一

0816だね?
……うーん、駄目みたい

永田凌

俺は一月十八日だ

五十嵐深月

わたしは三月三十日

橘千代子

わたしは二月九日――って知ってるよね。
亜美は七月十四日だよ

橘太一

僕は五月六日だけど……、全員ハズレみたいだね

安藤

ここにいるメンバーの個人情報じゃないとすると……、この部屋のどこかにこのロックナンバーを解除するヒントがあるんだと思う。
手分けして探そう

永田凌

そうだな。四つならすぐ見つかるはずだ

 五人がバラバラに部屋を捜索する。

 しばらくして、あ、というか細い声が聞こえてきた。そちらを向くと、声の主は千代子だった。

 安藤は彼女が全員に知らせる前に駆け寄って声を掛けた。

安藤

何か見つけた?

橘千代子

あ、安藤先輩。
はい。あの、楽譜の途中のページに暗号らしきものが

 千代子から問題の楽譜を受け取り、中を確認する。
 譜面が途中で途切れ、唐突に丸々一ページに大きく、こう記されていた。

『2、③、6、9、11』

安藤

③ってことは、三桁目の番号かな? お手柄だね

橘千代子

でも、答えがわかりません……。数列でしょうか?

安藤

今までの問題の傾向からしてなんとなくわかるけど、これはサービス問題だね。
だって、「3」「4」「5」のどれかなら、最悪正しい答えがわからなくても箱は開けられるから

橘千代子

あ、それもそうですね。
少しだけ希望が持てました

 まだ元気のない千代子にこんな質問をするべきなのか迷ったが、安藤はこれも必要なことだと自分に言い聞かせ、言葉にすることにした。

安藤

ところで、千代子に訊きたいことがあるんだけど

橘千代子

えっと、はい。何でしょうか?

安藤

二階の事務室で金メダルを見つけたんだ。ここで開かれた卓球大会の小学生の部のもので、千代子の名前があった。何年前のものかわかるか?

橘千代子

わたしが出場したのは一度切りなので、小学校四年生のとき、つまり六年前のものですね。でも、それがどうかしましたか?

安藤

いや、単に気になったってだけなんだ。
それにしても優勝とはすごいな

橘千代子

いえ、本当は一位ではないんです。決勝戦で深月さんが棄権せずに残っていたら、わたしは負けていたはずですから

安藤

えっ。それって――

橘太一

おーい。こっちに暗号があったよー

五十嵐深月

こっちにもあったわ

永田凌

俺も見つけたぜ

 周りから声が上がり、安藤は質問のタイミングを逃してしまった。

 千代子が歩き出したので、その後に付いていく。

 五人が再びピアノの前に集まる。
 
 まず千代子が例の楽譜を提示し、続けて他の三人が見つけた暗号を差し出す。

橘太一

僕が見つけたのはこれだよ。ギターの弦に挟まっていたんだ

 太一が手にしていたのはピックだった。
 裏面には針の先で書いたような小さな文字。

『2 ④ ④ 7 ④ 2 4 5 8』

五十嵐深月

わたしが見つけたのはこれ

 そう言って深月が出したのは壁に掛けてあった風景画だった。

 その裏面を見るとこんな文字が書かれていた。

『い=53、う=92、お=8
な=11、に=28、ね=10、の=102
へ=②、ほ=67
ん=7』

永田凌

俺が見つけたのは指揮棒だ。こいつに銀色の紙が巻き付けてあった

 凌から指揮棒を受け取り、紙を剝してみる。内側には暗号が書かれていた。

『3+6=9 3+9=0
4+7=27 5+6=19
6+9=81
7+10=117
2+3=①』 

安藤

みんなよくこんなの見つけられるなあ

五十嵐深月

安藤くん、また何もしていないの?

 感心していると深月に睨まれてしまった。

安藤

何もしていないってことはないんだけどな……。探し物が苦手なんだよ

五十嵐深月

まあ、安藤くんは解答担当だもんね。答えを聞かせて

安藤

別に解答担当じゃないよ。みんなで考えよう

 そうは言ったが、十分ほどして答えがわかったのは安藤だけだったようだ。

 彼は周りに答えを言って良いか確認した後に、四桁の番号を口にした。

安藤

金庫の番号は


だよ

(※安藤の台詞を完成させるようにしてご回答ください。
 わかる部分だけ答えていただいても結構です。
 ご参加お待ちしております)

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