受付近くの入口から体育館に入る。

 西側にバドミントンコートが三面、東側にバスケコートが一面、左右を挟まれる形で卓球台が三台あり、それぞれが天井から吊るされたネットで区切られている。高校の体育館よりもずっと広い。ここがなくなったのかと思うと残念な気持ちになった。

 扉や床、果ては転がっているボールまで念入りに確認していく。

五十嵐深月

ねえ、安藤くん。これ見て

安藤

何か見つけた?

 手招きされ、深月の許(もと)へと駆け寄る。彼女は南側のバスケットゴールのバックボード裏を指差していた。

 彼女の指先を追い、天を仰ぐ。そこには奇妙な図形が描かれていた。

 正方形が六つあり、そのうち四つにアルファベット。残りの二つにはクエスチョンマーク。きっと『?』には何らかのアルファベットが入るのだろう。

五十嵐深月

何だろうね、これ。クロスワード? でもないか……

安藤

形が関係しているのかも

五十嵐深月

〝形〟か。正方形が六つ繋がってるってことは、立方体になるね

安藤

あー。言われてみれば、確かに

 深月が暗号らしきそれを携帯端末のカメラで撮影する。

五十嵐深月

反対側も見てみましょ

 二人は反対側、北側のバックボード裏へ移動する。

五十嵐深月

あ、こっちにも何かあるね

 今度は楕円の中央に『シ』という文字。だが、それだけだ。文章にもなっていない。

五十嵐深月

これも犯人の言う『次の場所に繋がるヒント』なのかな?

安藤

いや、これは違うと思う。少なくとも、さっきの正方形六つとは無関係だよ

 思ったことを口にする。

五十嵐深月

どうしてそう思うの?

安藤

根拠ってほどのものでもないけど、さっきのものとは形式が違うし、これ単体で問題にはならなそうだからね

五十嵐深月

ふーん

 深月は腑に落ちていない様子だったが、安藤はそれ以上のことはあえて言わなかった。

 本当はあの六つの正方形については答えの検討が付いていたのだが、確信があるわけでもない。答えるのは他のメンバーの連絡を待ってからでも遅くはないだろう。それに、間違っていたら恥ずかしい。

 もうここにはヒントはないだろう。そう判断し、体育館の出口に向かって歩いていると、不意に深月が言った。

五十嵐深月

安藤くんも凌も、こんな状況なのに落ち着いているんだね

安藤

うん、確かに。そんなに危機感はないかな

 安藤は正直に話した。

五十嵐深月

自分が死ぬかもしれないのに?

安藤

そういう気持ちは思考を鈍らせるからね。深月もある程度余裕は持っておいた方が良いよ

五十嵐深月

余裕、ね

 深月は発音を確かめるようにゆっくりとその単語を口にした。

 その後で、徐(おもむろ)に卓球台を指差した。

五十嵐深月

安藤くん。一セットだけやらない?
安藤くんの好きだったシェークハンドラケットもあるし

安藤

過去形にしないでくれよ。今も好きだって

五十嵐深月

負けた方が勝った方の言うことを一つだけ聞く、なんてどう?

安藤

気乗りしないなあ。『一万円くれ』とか、そういうのはやめよう

五十嵐深月

お金なんて賭けません

 それから二人は一セットだけ試合をした。一セットというのは、つまり十一点先取した方の勝ちということだ。

 試合をしながら、安藤は考えた。

 もし自分が勝ったら、深月に何をお願いしようか。そのお願いはどれほどの効力を持つのだろうか。例えば、そう、飽くまで例えばの話だが、「付き合ってくれ」と言ったらそれも叶うのだろうか。

 そんなことを考えてしまうのは、自分が密かに抱いているこの気持ちは叶うことがないと知っているからだ。

 深月はたぶん、凌のことが好きだ。そしてきっと、凌も。もしかしたら二人は既に付き合っているのかもしれない。現に、深月は永田凌のことを歳上なのに『凌』と呼び捨てにしている。

 部活後に二人がこっそりと何かを話している姿を思い出して、胸の奥にしゅんと萎むような感覚が落ちる。

 この想いは一生胸にしまい込んでおこう。

 いっそ深月が勝って「わたしのことは諦めて」と言ってくれたら楽になれるのに。

 そんなことを考えていたせいか、いつの間にかゲームは終わっていた。

 9ー11で深月の勝ち。よく考えれば安藤の深月に対する勝率は三割ほど。捕らぬ狸の皮算用もいいところだ。

五十嵐深月

わたしの勝ちね。さて、何を命令しようかな

安藤

あ、深月。こっちに来てくれ

五十嵐深月

安藤くん、勝負をうやむやにしようとしてない?

安藤

違うって。ここにも文字があったんだ

 転がったピンポン玉を拾いに行ってようやく気付いたのだ。一番南側の台の裏側に文字が書かれている。楕円の中央に『ヤ』とある。

五十嵐深月

あ、本当ね。この文字、まだ他にもありそうね

安藤

体育館にもまだないか、もう一度よく探してから他の場所に行こう

 その後、体育館中を探してみたが、他にはヒントも文字も見つからなかった。

 二人は今度こそ二階へ向かうことにした。


(※まだ解答はお控えください)

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