智則

……

翌朝。待ち合わせ場所で智則はずっと考え込んでいる。
昨日は多くのことが有りすぎた。
そして、分岐点になったと間違いなく言える。
恋。
愛。
合わせて、恋愛。
全く知ろうとしていなかった未知の世界。
これから知らなければいけないこと。

智則

…………

ネットやら書籍やらで調べまくって徹夜している智則。
無表情だが、目が虚ろで危ない人になっていた。
虚空をさまよう視線が怖い。

智則

分からん……

結局答えは見つからず。
こんな簡単に見つかるはずはないと思っていたが、情報社会の現代において、ここまで難航するとも思わなかった。
腕を組んで、一人呟く。
智則には何もかも足りない。
経験も、感情も。
そして自覚も、だ。
恋とは何だ。愛とは何だ。
理屈的に判断しようと情報を求めるから、答えが出ない。
情緒、というものがないのだこの男には。

そこにするりと紛れ込む闖入者。

彩愛

朝っぱらから難しい顔をしているね
何があったんだい?
私でよければ、相談に乗るよ?

智則

…………教えてくれ
愛とは、なんだ?
恋とは、なんだ?
恋愛とは、なんだ?

彩愛

うん? それなら簡単さ
恋とは求める心
愛とは与える心
恋愛は即ち求め、与えることを言うんだ

智則

成程、求め与える心の動きを恋愛というのか

彩愛

そう、だから私は君を求める
そして君に私を譲りたいんだ
やっぱり諦めるのは無理だったよ
私と付き合って欲しいな、智くん

智則

断る、まだ考えている最中なんだ
が、言葉で言うなら簡単なものだ……
それで志木、お前はなぜここにいる

何時の間にか隣に立っている小柄な少女。
志木彩愛、音も無く当たり前のごとくここにいた。
いきなりの告白も華麗に断って流す。
今更気付いた智則が冷静に問う。

彩愛

おはよう
さすが智くん、動じないね?
私はまたこっちに入居したんだ
近所、ということになるんだよ

智則

……おはよう
で、どこのことだ?

彩愛

そこだよ、私の新しい部屋

近所に空家やら空部屋のあるアパートなんてあったか?
智則が問うと、指差す彩愛。それは集合場所の真ん前。

真ん前にある、オンボロのアパートを指さしていた。
今にも崩れそうな、よく彼女達と幽霊アパートとネタにしてたあの場所だった。
遠目によく見ると、手前の一室のネームプレートに『志木』という真新しいのははめ込まれていた。

智則

だからイヤでも会うことになるっていったのか

彩愛

よく覚えてるね
そう、私の家は君たちの集合場所の眼前、というわけさ

昨日の不吉な言い回しはこういうことだったのか。
確かに毎朝、襲撃されそうな位置ではある。

智則

俺たちの集合場所をなんで知ってる?
最近来たばかりなんだろ?

彩愛

何か勘違いしているようだけど
私はもうひと月位前にはこっちにいたんだ

彩愛

私のところでも色々あってね
本来学校に転入はもっと早かったんだ
が、そうこうしてる間に遅れて昨日に至った
だから言うほど最近じゃないのさ

トラブルがあったようだ。彩愛は嫌そうに言う。
でも合致が行った。だから知っていたのだ。
ここの場所と彼らのハーレム状態だということを。

彩愛

因みに、私は既に挨拶をしてきているよ
君の幼馴染お二人さんにはね
あとの二人は知らない子だけど……
智くんののちの知り合い?

智則

莉子と和美か……
あいつらは小学校高学年からの付き合いだ

彩愛

成程、理解した
入学して少ししたら居なくなっていた私は知らないはずだよ

彩愛はそう言って、肩を竦める。
そういえば小さい頃、なぜか突然いなくなるようにして消えてしまった彩愛。
その理由を、未だに智則は知らない。

???

全く、いきなり修羅場がお望みですか?
ならば、物理的に排除いたします

不意に、背後から尖りまくった声。
智則は声だけで誰か分かった。
嫌な予感がする声だった。
止める事もできるが、敢えて止めない。
止めたら、多分余計に不味いことになる。

智則

志木、後ろ
くるぞ

彩愛

えっ?

彩愛

うわぁっ!?

後ろの茂みから飛ぶ出す影にタックルされる彩愛。
そのまま、アスファルトに顔面強打。
思ったよりも鈍いらしかった。

玲美

おはようございます、智則

長い髪の毛を枝だらけにしながら、玲美が出てきた。
涼しい顔で突き飛ばした彩愛を無視して、立ち上がる。

智則

おはよう、玲美
……何してんだ?

玲美

お気になさらず
敵の物理的排除に過ぎません

クールに悶える彩愛をスルー。
今自分が振るった暴力がさも正しいかのように振舞う。

彩愛

いたたたた……
いきなりとはやってくれるな、桜庭さん……

涙目になりながら、彼女は立ち上がった。
ちょっと汚れている。

玲美

おや、生きてましたか
しぶといですね

さらっと酷いことを吐き捨てる。
普段の玲美とは思えない攻撃的な言動。
いや、他人に対してはいつもこれだった。
寒暖の差が激しいのは玲美の本質だ。

彩愛

やれやれ、普通背後からどつくかい?
非常識にも程があるな

玲美

黙りなさい、泥棒猫
智則は渡しません
私達のグループに干渉するなら追い払うまで

これは、智則でも分かる。
修羅場だ。本物の。

彩愛

だろうね、私の旨は伝えたとおり
私は全てを奪うつもりだよ

玲美

やれるものならどうぞ
言っときますが、私はあの頃は違いますよ

彩愛

そうさ、お互いにもう高校生
ある程度の常識も身についた
取っ組み合いの喧嘩を出来るほど幼くない

玲美

だから、何です?
私は必要なら身を滅ぼしてでも実行します

彩愛

桜庭さんは相変わらず、智くんにぞっこんでべったりか……
本質ってのは10年やそこらじゃ変わらないものだね

玲美

そうですけどそれが何か?
既に告白済みですので隠しませんよ

彩愛

予想はしていたさ
君は冷静そうにみえて負けず嫌いだもの
対抗してくると思っていたよ

やばい、止められない。
人生初のハーレム王の修羅場。

智則

俺は先に行くぞ?

携帯を見ると、他のメンツはどうやらこれないらしい。
運が良かったので、このまま出発することに。
放置して歩き出す智則の背後で言い争う二人の少女。

玲美

大体、何年も音沙汰無しの貴方が一体智則に何用です?

彩愛

言ってしまえば、交わした事を果たしにきた
それだけの話だ

玲美

ふんっ……やはりですか
智則との『約束』
それを実行するためだったんですね

彩愛

察しがいいな桜庭さん
私はその約束をする為に生きてきた
無論、責任はとってもらわないとね?

玲美

とっくにそんなの時効ですよ
もう智則は責任を取っている最中です
余計な重荷を背負わせるつもりはありません

彩愛

まるで自分が半身のように言うんだね
ちょっと気に入らないかも

玲美

当然です
私の半分は智則と共にありましたから
途中で消えた奴とは違います

彩愛

全くだ……それには同感
私は殆ど一緒じゃなかったんだ
薄情なものだよ、過去の私は

彩愛

だから未来の私を彼に捧げると決めている
今までダメだった分を、全て……彼に

玲美

……事情があったとは思います
ですが、それとこれとは話が別

玲美

私達のグループを壊した人を認めるわけにはいきません

彩愛

そうだね、認めなくてもいい
あくまで私達は、恋敵なんだ
馴れ初めは良くない

彩愛

桜庭さん、悪いけど手加減はしない
私は速攻がデフォの行動派なんだ
既成事実だって急がないとつくるよ?

玲美

ふんっ、言うと思いましたよ
これだから発情期のアホどもは……
社会的地位の無い状態でそんなことすれば先の人生真っ暗ですよ

玲美

学生同士でヤリたいなら大学に行ってからで十分でしょう
大した差なんてありませんよ
高校生なんて微妙な立場でヤれば忽ち将来が破滅します
社会的に抹殺されるのは見えてるのに

彩愛

うーん……まぁ、否定はしないかな
避妊もろくすっぽしないでヤるから責任がどうのこうのってなるんだよね
それって所謂反則勝ちになるのがネックだし

彩愛

先を見ると離婚の可能性だってあると思う
そういう愛のない行動は良くないよね
確かにそれじゃあ目先のことばっかりか

玲美

意外と合理性あるんですね……
もっと即物的かと思ってました

彩愛

伊達じゃないんだよ
彼を奪うためにあれこれ考えているからさ

彩愛

智くんを振り向かせればいいんだ
常識の範囲で、ね

玲美

チッ
何かしたら警察に相談してやろうと思ってたんですけど……

彩愛

……君、徹底的に私を倒すつもりだろ?
私はそこまで敵意はないのに

玲美

当然でしょう
敵だと、言ったはずですよ

彩愛

よく智くんに愛想尽かされなかったね……

玲美

智則には甘えているのでそんなことしません

何か生々しいやりとりが聞こえてくる。
ちょっと待て。
女子高生がヤるとかヤらないとかの単語を言うな。
いろいろ朝っぱらから何を話してるんだこいつら。

智則

玲美、下品なことを朝っぱらから言うな

玲美

あっ……
ご、ごめんなさい……

品のない会話に流石の智則を苦言を呈する。
玲美は直ぐ様、謝った。

彩愛

私には何も言わないの?

智則

お前に言って効果あるかわからんからな

彩愛

さり気無く……ひどいね、智くん

区別されていて彩愛はちょっとへこんだ。
もう少し、知ってもらわないと。自分のこと。
自分の今までのことも含めて、多くを。

彩愛

智くん、提案がある
恋愛というものを知るなら、私達を見るといい

智則

ん?

何を言い出すかと思えば。
彩愛は至って真面目に言った。

彩愛

私達は現に、君のことが好きだ
桜庭さんや私を見ていれば、自然と分かるよ

玲美

当たり前です
私が好きな男は彼だけです

彩愛

ね?
つまりこれが『恋』であり『愛』であり、『恋愛』だよ

それは……確かに。
彼女たちと向き合い、恋愛を知るという意味では打って付けの方法だった。というかこれしかない。

智則

あぁ、そうだな……
だったら、暫く観察させてもらってもいいか?

意中の人なのに観察するとか抜かしやがる。
本当にどうしようもない。

玲美

観察……ですか……
智則、あなたって人も大概というか……
本当に何から何まで分かってなかったんですね……

彩愛

人間、興味のないことなんてこれぐらいだよ
前向きに考えてくれているならいいじゃない

所詮はこの程度でしかなかった。智則の認識は。
救いなのは、周りの女子たちが理解してくれて協力してくれていること。
普通ならば怒っている。

玲美

まぁ、この程度で怒るほど器量の狭い女じゃありません
みたければどうぞ
私で良ければお好きなだけ

彩愛

同じく、私もね
智くんの納得いくまでいくらでも手伝うよ

二人の女子は、智則という阿呆のためにこの場は修羅場を収めることにした。
こんなので学習されても困るので。

玲美

それでは、智則
また後で

智則

ああ、また後でな

玲美との分かれ道。
彼女はまた夜にでも、ということで手を振って走っていく。
ちゃんと彩愛を睨みつけていくのを忘れずに。

彩愛

彼女とは何というか、バイオレンスなことにはなりそうにないけど……
問題はもう一人の方だったよね

智則

あずさか?

見送る彩愛がボヤく。
あの子は手を未だに出す癖がある。
バイオレンスにはなりそうな予感もする。

彩愛

私は暴力は嫌いなんだ
ぶっちゃけ、どんなに狂っても私は誰を傷つけたり殺したりはしないよ
性根に叩き込まれているからさ

智則

自業自得ってやつだろ

うまくやればよかったものを、宣戦布告なんてするからと他人事のように言う智則。
彩愛は認めた上で、なんとかしてみると言った。

そんなこんなの修羅場第一。
何とか穏便に終わることは出来たようだった。

先ずは恋を知ろうとかお前は以下略

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