教室の中でみんなに見えないように笑った悠美を見て、彼女に恐怖した。

失礼な話だけど悠美は、あたしの相手にはならないと思っていた。

自分よりも何もかも劣っていた悠美。

優っているのはコミュニケーション能力だけ。

それだって、そんなに差はないと思っていた。



なのに。



この状況はあたしのミスだ。

自分や環境に甘えてしまったあたしのミス。
 
牧だって、千裕だって、それなりに注意を促していたのに、傲慢にも、あたしは悠美を見誤っていた。

見誤った結果がこれだ。
 

悠美は、第一に警戒して、警戒をし続けなければいけない、そんな女だった。

 

紫穂

絢香ちゃんさ、あたし悠美に止められてたから言わなかったんだけど

静寂を切り裂くように紫穂ちゃんが話し始める。

 

紫穂

悠美を殴ってるよね、一回。
あたし見たもん

突如投下された別の爆弾に、騒ぎ出すクラスメイト。

そんなことしてないと、弁明はするけれど、すればするほど底なしの沼に入っていく気分だ。

誰も、あたしの話を聞いてくれない。

 

絢香

違うって、言ってるじゃない


 

紫穂

どうせ、男絡みでしょ?


 

痴情のもつれぇ?


 

絢香

ほんとにやってないの


 

悠美ほんとになんもされてねーの?

翠ちゃんの問いかけで、騒がしかったクラスが静かになる。
 

悠美に視線が集まる。

恐ろしい程に長い時間が流れた。

実際は短かったのかもしれないけど、すごく怖かった。

 

悠美

……悠美は、なんにもされてないよぉ


 

ほんとにぃ?


 

悠美

絢香ちゃんは何もしてない。
お話ししてただけぇ

そう言って顔を上げた悠美は、泣きはらした目で、気丈に振舞う、そんな顔だった。



それは見ている人間に、自分は何をされても大丈夫だというように。

被害者が強くいようとする。



そんな表情だった。
それだけで、十分だった。

必死に言い訳をして、この場をなんとかしようとするあたしと、何があったかは想像しかできないけど健気に振舞う悠美。
 

軍配は悠美に上がっていた。

全てが悠美のシナリオだった。

 

紫穂

絢香ちゃん、サイテー


 

絢香さ、高校で初めて出来た友達、普通いじめねーよな?


 

あたしたち悠美の友達だからぁ、許せないよぉ


 

絢香

いじめてないよ!
何もしてない!


 

紫穂

じゃあ、昨日はどこにいたの?


 

絢香

お店でご飯しながら千裕待ってたの


 

紫穂

待ってたのって一人?


 

絢香

一人だけど


 

紫穂

じゃあ、アリバイにも何にもならないね


 

絢香

お店で聞いてみればいいじゃない


 

紫穂

それを見越して、絢香ちゃんがお店の人に何にも言ってないとは限らないじゃない


 

絢香

そこまでする必要がないって言ってるのよ


 

彼氏とられた女ってぇ、こわいよねぇ

くすくす笑う碧ちゃんの一言で、あたしは完全に彼氏を取られて嫉妬に狂った女に見えてしまう。
 

ホントはそんなことないのに。

というか、彼氏とられたのも今日なのに。

時系列少しは考えてよ!
 


思うけれど、声には出せない。

下手に何か話すと、どこかがほころびてそうで、何も言えなくなる。

 

先生

そろそろホームルームはじめるぞー

 
先生がタイミングを見計らって教室に入ってくる。

流れが途切れて嬉しいのだが、このままだといけない気がする。

いけない気がするのに、何を言えばいいのかすら、あたしにはわからなくて、そのまま席に着いた。



地獄の始まりだった。

16時間目:ひびわれる

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