ルック・ワールド・ノクトビション

……。

潮騒を聞きながら、ノクトビションはあの浜辺に立っていた。

ノクトビションが今抱えている少女に救われた砂浜である。

夜はまだ明けていない。

空はかすかに青を帯びているが、まだ黒が支配している。

それは本来なら美しくも思えるような光景なのだけれど、今のノクトビションにそんなこと思う余裕はなかった。

いや、余裕がなかったというよりも、猶予がなかったというべきだろうか。

なぜなら彼は早急に今抱えている彼女の身体を、亡骸を処理する必要があるのだから。

これがどういう罪になるのか、なんてことは法律を知らない彼にとって知るところではない。


だが、少なくとも。

血塗れの少女を、
息絶えた少女を。

抱えているということが彼を目立たせてしまうということに変わりはなかった。


今の彼にとっての最大限にして最小限たる目標は「逃避」である。


海風がノクトビションの髪を揺らす。


彼は少女の亡骸を抱えたまま、海に入っていく。

二つほど、妙なことがあった。



一つは彼女の亡骸。
それは蝋人形のように白くなっている。白く、白く。白々しいほどに白い。

彼女の死因は「流血による創傷による出血多量死」というトートロジーもいいところなものであるから、それ自体は不思議ではないのだが。

だが、それならば、彼女の身体は赤いはずなのだ。

血に濡れた身体を血で流したような死に様だったのだから。

しかし、今、彼女の身体は蝋のように白い。そして、損傷としては首元についた二つの穴のみ。

すなわち、ノクトビションが吸血によって付けた、その傷しか残っていない。

裏を返せば、死因となったはずの「流血による創傷」は跡形もなく、消え失せているのである。

つまり、吸血によって彼女の身体は回復した。

同時に、吸血によって彼女の生命は消失した。

そういうことになる。ならざるを得ない。

二つ目。

それは彼女の最期の言葉だった。

彼女の首元に噛みついたノクトビションの耳元で彼女が言った言葉が頭から離れない。

「■■■■■」

吸血している最中はそれは単なる音に過ぎなかったのだけれど、こうして冷静になって考えるとなぜ彼女が最後にそんな言葉を口にしたのが分からなかった。

それは怨嗟の言葉ではなく。
それは恐怖の言葉ではなく。
それは後悔の言葉ではなく。
それは悲哀の言葉ではなく。

本来ならば、言われて悪い気はしないはずのその言葉が、その因果が分からないがゆえに呪いのように思えた。

皮肉るように、揶揄するように、嘲笑するように。

分からないから、そう思えてしまう。

しかし、もうそれを問うこともできない。

だって、もう彼女は死んでいるのだから。

海水は冷たい。

この遺体が発見されるのは時間の問題だろう。

だが、この場を離れるだけの時間が稼げれば十分。

ノクトビションは彼女を抱える腕の力を抜く。

彼女の身体が浮力に逆らって沈んでいく。

ルック・ワールド・ノクトビション

こんなの……もうごめんだ。

ノクトビションは独り言ちる。

だが、これでノクトビションの悲劇が終わるわけがなかったのだった。

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