運命の日。
今日が大きな転機になるとはまだ誰も知らない朝。

智則

…………

何時も通り朝飯を食べる智則。
流石に朝はひとりだ。
時々玲美とあずさが顔を出す程度で、基本は無言で食べて出発する。

智則

おはよ

あずさ

おはよ

家の近くのカーブミラーで彼女たちと合流。
全員違う学校だが、途中まで一緒なのが日課だ。
今日はあずさだけだった。

智則

そういえばあいつらは?

あずさ

玲美は用事で休み
和美は早めに出てったって
莉子は……多分遅れて行くんじゃないの

智則

要するにいつものことか

あずさ

そうね

妙に嬉しそうに、あずさは歩き出す。
今朝は上機嫌だな、と智則は観察する。
それもそのはずで……。

あずさ

やったー!
久々にふたりきりの登校!
最高のチャンスじゃない!

内心あずさは非常に喜んでいた。
皆がデフォでは滅多にない二人きりのチャンス。
フルに有効活用せねば勿体ない。
顔にも少し出ているが、本人は隠しているつもり。

智則

今朝は機嫌いいな
ついでに自販機で何か奢ろうか?

あずさ

は、はぁ?
あたし別に機嫌なんて良くないし……
勘違いしないで、別に嬉しかないわよ
ってか、何がついでなのよ

指摘されて慌ててひた隠しにする。
あずさの言動不一致は日常なので智則もスルー。

智則

そうかい、で何飲む?

あずさ

話聞けっつーの!

とか言いながら結局温かい紅茶を奢ってもらおう。
お礼を言って、そっぽを向く。
智則はくっそ甘い事で有名な缶コーヒーを3本も購入。
それを血迷ったのか、プルタブ開けるや一気飲みする。
唖然とするあずさ。
長年一緒にいるが智則のこういう突発的行動にはいまだに謎が多い。

智則

……効くなぁ

あずさ

なにがよ

こんな感じ。何が効いているんだろうか。
糖分過剰摂取で毛細血管ぶち切れそうだ。
見ているだけで甘ったるい。満足そうに煽る智則。

智則

糖分取っとかないと頭動かねえんだ

あずさ

とりすぎ
血糖値上がりすぎて糖尿病になるわよ

そばに置いてあった回収かごに空き缶を放り込んで、また歩き出す。
時間はまだ余裕がある。
今日は学校は朝っぱらから騒がしくなる予感があるので、出来ればギリギリに到着したかった。

智則

糖尿病か……
そういえば知ってるかあずさ
アレって下手するとハゲるらしいぜ

あずさ

ハゲるんだ……へぇー
それで困るのあんたじゃないの?

※ハゲません。

智則

今のところは茂ってるから平気だろ
ハゲそうなのは大吾だな

あずさ

あのエロガッパのこと?

智則

そ、渦中のエロガッパ

大吾の扱いはひどいことに定評があるので良し。
そんな下らない話をしながら、あずさと二人で登校するのだった。

大吾

よォ兄弟、おはよう!

智則

よォエロガッパ、おはよう

大吾

なんだ藪から棒に!?

智則

わーり、あずさの評価が移っちまった

大吾

尚更ひでえなあの人……

ハイテンションの大吾に軽く挨拶して、そのまま机につっ伏す。
案の定、浮ついているクラス全体。
転入生は何でも可愛い女の子だという話が通っているらしき、浮き足立つ男子たち。
女子は女子で気にしているようだった。
いつもどおりなのは彼ぐらいなものか。

智則

悪い、大吾
一時間目俺寝てるわ
HRもすっとばすんで

大吾

お前、とことんどうでもいいんだな……

呆れる大吾に言われるまま、視界を閉じる。
眠れるまで、この喧騒を子守唄にすることにした。

半分寝ている智則。
幻想的な風景を、夢の中に片足突っ込んで眺めている。
BGMの喧騒が盛り上がる。
どうやら、担任が件の美少女転入生を連れてきたようだ。

???

はじめまして
今日から皆さんと勉強させていただきます、…………です
よろしくお願いします

名前がよく聞き取れない。
まぁどうでもいい。
関係ないだろうし、ただのクラスメートで終わる智則にはあまり知ったことじゃない。

大吾

あれまぁ……
確かに可愛いけどちょっと想像と違う……

小声で驚いている大吾の独り言。
何だ、珍しい姿でもしているのか。
そりゃ後で教えてもらおうとするか。

???

すいません先生
席決めてもらってる時に
確かこのクラスに、古い知り合いがいると聞いたんですけど……いらっしゃいます?

へえ、噂の転入生と知り合いの幸せ者がいるってか。
ますますすごいな、まるでエロゲーだ。

???

名前は小田智則さんと言うんです
彼とは顔見知りなものでして

大吾

ブハーーーーッ!

名前を聞いた瞬間、大吾は何かを吹き出した声。
汚いと思いながら、自分の名前を呼ぼれて怪訝そうに顔を上げる。
変わった見た目の女の子? そんな知り合いはいない。
そう思いながら。

智則

……呼んだか?
そりゃ俺のことだが

目をこすりながら、顔を上げて黒板の方を見る。
寝惚けている智則を見つけて、教卓の近くにいた少女は驚いていた。

彩愛

!!

彩愛

あ、あぁ……

彼女は指をさして、何かを言おうとしていた。
だけど、溢れ出る感情のせいで、何も言えないように震えている。

智則

…………?

静まり返る室内。困惑する担任。
一体この二人の中に、どんな関係があるというのか。
すぐに動いたのは、何とハーレム王、智則の方だった。
何かを思い出したように、手を打って言った。

智則

……お前、もしかして志木彩愛(しきあやめ)?

彩愛

……やっぱり
やっぱり……
まだこの街にいたんだね、智くん……
そう、私……彩愛であってる
覚えててくれたんだ……

名前を問うた瞬間、彼女――彩愛は、大きく頷いた。
智則は辛うじて覚えていた。彩愛の面影を。
10年以上離れていた少女と今、再び対面している。
周りはなぜ彩愛があんな風に嬉しさを堪えるように俯いているのか、分からない。
必然的に知ってそうな智則に集まるが。

智則

……名前しか思い出せねえけどな
説明はできねえんで、悪いみんな
んで、久しぶりだな志木
またこっちに戻ってこれたのか?

彩愛

…………

正直に言うと、悲しそうにする彩愛。
何かまずいことをいったとしても、それが事実なのだから仕方ない。
一部の男子からはまたテメェかハーレム王、みたいな嫉妬の視線がビシビシ当たる。
智則はどこ吹く風で、平然としているが。

大吾

えっ、何?
お前知り合いだったの!?

智則

えらい前のことだけどなぁ……
ガキの頃だと思うぜ?

近くの席の大吾が聞いてくるので、智則も小声で答える。
確か、小学校入る前くらいの年だった。
それからは顔を合わせていなかった。
そう伝えると、軽く頷いた。
その間に、彩愛は。

彩愛

……まぁ、予感はしてなかったわけじゃない
私が覚えていても
どれだけ努力したとしても
智くんは覚えてないだろうから、仕方ない
何せもう10年以上、顔を合わせていなかった
名前と顔だけでも思い出せてもらえただけで上々だと思うことにする

彩愛

だったら改めてもう一度、智くんに伝えるだけ
手っ取り早く、この場でね

智則

彩愛はニコリと笑って、不穏なことを言う。
そんでもって、志木彩愛は転入早々の一日目で。

やらかした。

彩愛

小田智則君!
付き合ってくれ!
私は君が好きだっ!

転入生、突然の告白。
相手は天下無敵のハーレム王。
何と自ら攻略しに行った。

大吾

嘘だろおおおお!?

殆どの男子生徒の心情を代弁して叫ぶ大吾。
大半が嘘だろうと現実を疑った。
あの朴念仁にストレートに切り込んでいった!
信じられないと目を見開く。

だが。本当に驚くのはここからだ。

智則

すまんが無理だ

大吾

あっさり断ったよ!?

にべもなく断るハーレム王。
何と攻略しにきた女子を跳ね除けたのだ。
一刀両断、ぶった斬る。

智則

理由はある
先ず、脈略がなさすぎる
話が見えない状態なら断るのが普通だろ
説明を求めたい

意外とまともな理由だった。
そしてハーレム王、全く動じない。
これ程にない直球勝負の愛の告白を受けたのに。
表情を崩さずに、淡々としている。
唖然とするクラスメート。
こいつ本物の唐変木だと思い知らされる。

彩愛

構わないよ
私は君を好きだったあの頃と変わらない
それだけ言えれば、今は満足だからな

智則

それはそれで、大変光栄だ
だが月日は確実に経過している
それを無視して変わらないと思わないでくれ

ドライな反応。余裕というよりは、無関心。
絶対的な差があった。
エロゲーみたいな甘ったるい空気は皆無。
担任含めて展開が凄すぎてついていけない。

彩愛

ふふっ
相変わらず、性格がドライだな智くん
少しは動揺してくれないと面白くないぞ?

智則

からかうのはよしてくれ、志木
後で思い出話を交えて話をしたい
久々の再会だ、いいだろう?

彩愛

嬉しいな、案内してくれるの?
喜んで!

智則

今はHRの邪魔になる
積もる話はゆっくりと、な?

彩愛

あぁ、そうだったね
いけないいけない
転入早々、口説かれてしまった
当然ホイホイついていくんだけど

智則

転入早々、愛の告白をする奴がよく言う

彩愛

ははははっ!
確かにそうだね、どっこいどっこいだ

楽しそうに彩愛は手を振ってもう一度挨拶する。
言葉を失う担任を促して、座席を決める。
やっぱり予想できたが、口を挟んできた。

彩愛

そこの黒髪のイケメンの後ろあいてますよね
そこでもいいですか?

大吾

イケメンって……俺!?
マジで!?

初めて女子にカッコイイと言われて嬉しそうに自分を指差す大吾。彩愛は肯定。

彩愛

そうそう、君のこと
君の後ろだと丁度好ましいかな

彩愛

だが、私を狙うのならごめんね
私の心はとっくに決まってるんだ
口説くだけ無駄だから、先んじて言うよ

笑顔で告白フラグを全部へし折った。
彩愛のココロは全部、智則にむいていると実に堂々と、隠そうとせず宣言した。

大吾

智則ィィィィィィ!

智則

すまん、大吾
お前の春はまだまだ先だったな

怨嗟の声を上げている大吾。
智則は適当に謝っておいた。
ハーレム王は伊達じゃない。
こんなエロゲー展開にも動じない。
ならば、この男が驚くとか困惑するとかの状況とは何なのか。
寧ろそれが気になるクラスメートもいたとか。

智則に恋愛フラグが立ちました。
速攻へし折られました。以上!

転入生が知り合いとかお前は以下略

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