子供の頃の出来事なんて、誰が覚えているだろう。
他愛ない、子供同士の小さな約束。
将来お嫁さんにしてね? という可愛らしい約束だった。
よくある深い意味なんてない、子供同士の口約束で。
子供の頃の出来事なんて、誰が覚えているだろう。
他愛ない、子供同士の小さな約束。
将来お嫁さんにしてね? という可愛らしい約束だった。
よくある深い意味なんてない、子供同士の口約束で。
少なくても、彼は重要視していなかった。
だが相手はそうも言っていられないようで……。
性別の差とでも言おうか。
軽々しく、小さな頃とはいえそんな約束するもんじゃない。
するとのちのち、大変なことになる。
幼馴染。なんと甘美な響きか。
それはリア充にのみ許されし王道にして絶対の関係。
非モテには決して許されない聖域。
リア充の証。
おい、聞いたか智則!
……何が?
明日、女の子の転入生が来るんだってさ!
それがどうした
関係ねえじゃん
とある学校に通う高校生、小田智則(おだとものり)は仲の良い友達、飯島大吾(いいじまだいご)にそう声をかけられていた。
言われてみればクラス全体、特に男子が浮ついている。
気にしてなかったから気付かなかった。
あー……そーだよなー……
ハーレム王には関係ないよなー
エロゲー主人公だもんなー
ホント思うんだけどさ
お前そんなんだから彼女できないんだろ
うっせーな!
大吾は顔は精悍な顔つきでなかなかイケてる。
なのに中身はこれだ。ゲーマーというかオタクというか。
基本、女子に嫌煙されるタイプ。
口を開けば出てくる二次元ワード。
三枚目にすらなれない、智則の友人。
彼女欲しくて努力しても報われない。
智則は周りに女子が多いが、基本無関心。
恋愛自体に興味がなく、彼女欲しいと思ったことすらない。
というか女子のいる日常に慣れちゃっててどうでもいい。
揶揄されるハーレム王の渾名も大して気にしていない。
男子たちには分かりやすくやっかみされたりするが、事情を知る連中からは唐変木とか朴念仁と言われていたり。
周りの女子に同情の念が行く。
この男、とことん無頓着なのである。
隣のクラスから仕入れた情報じゃ、相当可愛いらしいぜ?
ふーん
お前は……
興味持てよちったぁ
実は不能なんじゃねえの?
いや別に
俺関係ねえからな
大体不能言うな、正常だ
お前こそ狙っとけば?
何も知らねえ転入生なら狙い目じゃね?
おっ、言われてみればそんな気もする!
お前いいこと言うね!
頑張れよ、応援ぐらいはしたる
こんな会話ばかりしているから、同類扱いされている。
智則も確かにオタクな一面はある。
だからと言って三次元を捨てているわけじゃない。
ただ、ゲームなどの二次元が好きなだけだ。
結局一緒くたにされることが大半だけど。
っつか、大吾
あん?
今、無性に俺はあんぱん食いたい
帰り道スーパー寄ってこうぜ
おう、じゃあ俺クリームパンな
おっけ
割と平凡な日常。悪くない。
仲の良い友人と他愛ない話をする。
酷い目に合うのは大抵、大吾であるのだから。
放課後。校門前には、数名の女子たちが集まっている。
大吾と共に出てきた智則は発見して、迷わずそちらに向かう。親しげに軽く手を挙げて挨拶。
あ、お待たせ
わざわざ待っててくれたんだ、あんがと
素っ気なく言っているようにも聞こえるが、智則はこれが通常運転である。女子達の反応は様々だった。
べ、別にあんたを待ってたわけじゃ……
随分と遅かったですね
待ちくたびれましたよ
大丈夫、今来たところだし
…………
待っていたのを否定したり肯定したり。
何時もどおりの面々である。仲の良い古馴染。
周囲も横目で見て、通りすがっていく。
おっすみなさん、またお揃いで
大吾も同じように気さくに挨拶するが、反応は真逆。
印象は悪いようにしか見えない。
あんたはマジで呼んでないから
どうも、大島さん
あれ、飯島さんいたんですか……?
いつの間に……?
…………
約三名、酷い扱いであった。
一人は存在否定、二人は刺々しい。
最後の一人も名前が未だに間違っている。
相変わらずひでえ扱い……
ほっとけ、こいつらはいつもこうだ
行こうぜ、大吾
大吾は大げさに落ち込むが、智則はなんのその。
何も言わずに振り返り、頷く。
すると彼女たちも彼に続いて歩きだした。
ついていくのが当たり前、みたいな雰囲気で。
結構な人数で歩いていると目立つがそれも最早日常。
この学校じゃ有名な話なので気にしない。
智則、今日も寄り道ですか?
お付き合いしますよ
冷たい印象を与えるクールな視線を持つが、割と温かい心も持ち主(一部にのみ)の桜庭玲美(さくらばれみ)。
仕方ないから、付き合ってあげる
野郎二人だけじゃ淋しいだろうし
何だかんだ言いながら、結局ついてくる夏川あずさ。
わたしも智則君と一緒に行くよ
基本素直で感情豊かな柿原和美(かきはらかずみ)。
…………
物静かでどっちかって言うとネガティブ思考の雪野莉子(ゆきのりこ)。
以上四名が、現在智則の周りにいる女子たちである。
全員と良好な関係を築いている彼を人は「ハーレム王」と呼ぶ。真面目に。
莉子、どうした
あんまり顔色優れないな
平気
じゃあ無理だな
後でまた話ぐらいなら聞くよ
…………
彼女たちとの付き合いは長い。
最低でも5年。最長だと11年にもなる。
それ程長期間つるんでいれば、機微はすぐに分かる。
隠そうとするだけ、智則には無駄だった。
無理しないで下さいね、莉子
苦しかったらすぐに言うんですよ
大丈夫よ
莉子に何かしたらあたしがぶっ潰すから
あの……あずさちゃん……
流石にお互い、いい歳なんだから荒っぽいことは……
いいの
言って分からない奴は実力行使、基本でしょ
やれやれ……
その尻拭いは誰がすると思ってるんですか
互いに仲の良い彼女達は、互いを気遣いながら生きてきた。
その中心にいるのが智則であり、彼を楔につながっているに等しい。
雪野さん、何かあったん?
俺で良ければ相談乗るぜ?
いらない
バッサリきられたよ俺の親切!?
折角良いところを見せようとしても、拒否される。
莉子が相談するとすれば仲の良い人だけ。
そのオマケ扱いの大吾には何も言わない。
莉子はこう言う奴だってば
見てりゃわかるだろ
智則に言われて項垂れる大吾。
信用されていないと友人直々に言われたようなもんだった。
……小田、ごめん
心配かけて
無理して笑っても、痛々しいだけだ
やめとけ、俺たちの前で位はな
……結構、容赦ないね
今更だろ
取り繕う笑顔ですら、智則は指摘している。
逆を言えば、親しい人がいるから無理はするなという不器用なりの優しさ。全部、聞くと言っているからこそだった。
俺もいるんだけど……
お前は例外だ、空気扱いされてるから
余計に酷ェよ!
大吾はいつもこんな感じだから問題はない。
一行は帰り道、道草を食っていく。
どうせ集ってくんだろ?
今日も食ってけよ
夕飯の買出しもしていくことにした。
智則の家は基本、理由あって片親で居ないことが多い。
で、仲の良い彼女達は両親と暮らしてはいるが、前提で智則の家で食べていく事になっているのか夜の時間に働いていたりもする。
時々夕飯のお金を手渡されるほどだ。
故に彼女達は好き好んで小田家に集まっていく。
家が近所なので、帰りも問題ない。
そんでもって、実質一人暮らしに近い智則の家で夕飯を食べても行くのが常だ。
付き合いの長い智則だからこそ、娘を任せてもいいと親達は時々、差し入れを心配して持ってきてくれたりと、近所づきあいはかなり色濃く残っていた。
たまには趣を変え炒飯とかどうです?
えー……
あたしは米よりパスタ食べたい
智則君に任せるよ
蕎麦がいい
纏まりがまるでない。
米に麺類、お任せ。
そう言われると結構雑になる。
あずさ、お前冷凍の持ってこい
莉子、お前はカップ麺だ
玲美、炒飯なら簡単なのやるよ
和美、野菜炒めつくるけど食うか?
夕飯は冷凍パスタとカップ麺と炒飯と野菜炒め。
何だこのカオス。主食すら統一性がまるでない。
あれ、ねえ智則
この間和美が食べ損ねたパスタなかった?
うん、食べる食べる
野菜炒めなら小分け探してくる
バラで買うと高上がりだし
野菜も高くなったよねー
味はどうしますか?
やはり濃いめでいきます?
……カップ麺、どこにあったっけ
いっぺんに返答されても、慣れている智則は的確に返事を返していく。
確か、冷凍が残ってたなペペロンチーノ
そっちは任せるよ、高くなったよなホント
炒飯は味はシンプルに行くつもり
カップ麺は乾物のところ
普通の人なら難しい作業も長年の経験で軽くこなしている。
それを見て、改めて感心する大吾。
会話を眺めていて思った感想。
智則……
同棲してるカップルみたいな会話してるぞ……
一度に良く聞き分けできるな
慣れだ
お前だって二次元でやってることだよ
俺ここまでは無理だわ普通に
聖徳太子かお前は
10人まで行くと別次元だけどさ
四人までなら余裕だな
ついでにこれで俺はゲームまでできる
微妙にすげえ!?
成程、自慢にならない微妙に凄いことだった。
さて、それは良いとして。
先ほど大吾が言ったひとつのワード。
『カップルみたい』という単語に、ぴくりと反応する乙女たち。
それってあたしのことだよね……
そう見えるってことなのかな……
当然ですね
付き添った年月が違うんですもの
嬉しいけどちょっと恥ずかしいかなー
……まさか、ね……
各々思うことはあるようで。
だがあの唐変木の朴念仁にそんな例えも通じないのも知っている。
あのバカの鈍感に恋を自覚させるには、これだけわかりやすくしてもダメなのだ。
そろそろ、次のステップへと進むべきじゃないかと密かに悩む今日のこの頃。
因みに彼女達を、第三者に追いやられている友人、大吾の話を又聞きした同種のオタク共が好きに妄想して変な渾名がついていた。
ツンデレラ、クーデレラ、デレデレラ、ヤンデレラ。
最早誰が誰なのか不明だが、どうやら萌え属性的なものを勝手に当て嵌めて楽しんでいるようで。
尚、事実無根であることを証明……出来なかった。
ヤンデレラ以外は大体あってるのが一番困る。
で、その夢見るお姫様を掻っ攫うハズの王子様役があの朴念仁である、と。
これでは中々進展しない。
やきもきしているのはバレバレ。
好意を寄せているのもとっくにオタク共は気付いている。
中々これはこれで見ものなので、皆さんネタとして大いに期待している一行だったりする。
ほ、ほら!
そんな重たいかご、持つの大変でしょ!?
あたしが持ったげる!
そっか、悪いな
何か微妙に不機嫌なあずさにカゴを渡す。
何か照れているようだった。何にかは知らないが。
智則君、今日デザートなに食べる?
俺飯の後あんぱん食うけど
上機嫌な和美にデザートを聞かれいっしょのにされた。
戻ってきた莉子は何故だか批難する目線で智則を見る。
…………
何を察しろと?
批難だと分かっているが、内容はイマイチ見えない。
ふいっ、とそっぽを向かれた。こっちも機嫌悪いようだ。
ふふふっ……
見てて微笑ましいですね智則
そうか?
余裕の笑みを浮かべる玲美は、みんなとの空気も好きなので、特に焦っていなかった。智則は気づいてないし。
あぁ、ダメだ智則の奴
全然気付いてねえ……
ってか気付く気すらねえよ!?
ハーレム王は伊達じゃない。
鈍感どころか無頓着なので、気づく気もない。
ある意味、あの子達は不憫である。
そんな宛らリアルエロゲー主人公、智則の生活は次の日、一変することとなる。
彼女たちも、一歩踏み出さざるを得なくなる大事件。
それは不思議な目の色が違う少女との再会だった……。