……え？
明日の朝に日本を発ってしまう。
一緒に映画も見れないんだ。
……どういう事？
混乱する自分の頭を整理する上でも、
一心さんに聞いた。
……どうして？
それは……。
一心さんからの説明はこうだった。
今朝、会社から一心さんに電話が入ったという話。
それは、海外プロジェクトの急な欠員の話。
一心さんはそれにも配属されていたという話。
そして、海外の開発リーダーに抜擢された話。
話を聞き、バラバラのピースが繋がる。
確かに先日のミーティングで
全社的に海外に注力する話もあったし、
私に来る依頼も海外向けの物ばかりだった。
あまりに急だから、一度断ったけど……。
すぐにまた電話がきて……。
……他にできる人が……いなかったんだ。
優秀が故の苦悩。
入社したばかりじゃなかったら、
他のメンバーを育成するなり、
また違ったんだろう。
けど、一心さんは
このプロジェクトのために採用されている。
同僚としての私に
異議を唱える権利は無かった。
……。
一心さんの丁寧な説明のあと、
沈黙を続ける手の中のスマホ。
……海外プロジェクトのリーダーなら大抜擢じゃない……。
おめでとうって……書こう……。
…ッ！
私は何かを入力しようとして
指を当てては、やめ
また当てては、やめる。
……だって、そうでしょ？
つい1日前まで、なにも関係がなかったんだから……。
同じ状態に戻るだけよ？
祝福だって普通にできるはず……。
表面上はそう思っていても、
そう思おうとしても、
心の奥底の感情は
それを伝えることを望まなかった。
……ダメ。
まるで私が一緒に居れる事を
望んでないみたいじゃない。
お互い何を伝えたらいいのか分からないまま
時は流れていく。
どのくらい経っただろうか。
ビクッ！
突然の振動に私は身を跳ねる。
一心さんからのメッセージだ。
明日の朝10:10の便でワシントンD.C.へ向かうよ。
……―ッ……。
反射的に私は心の声を振り絞るように入力する。
……行かないで。
……つらい。
なんて苦しいの？
これまでに感じた事のない気持ち。
胸が、肺が、心臓が、
ぎゅぅぅと締め付けられるように感じる。
いつの間にか頬を伝っていた涙は
スマホへとその身を落とし
その画面を滲ませる。
悲しみの水たまりを指で拭うも
全ての視界は滲んだまま。
お願いだから……
何かの冗談であって……。
……しかし、
ゴメン。
一心さんの返答は変わらない。
向こうに行っても連絡するから…。
平穏だったはずのこれまでの日常。
それが再び訪れる事になるとなった時、
もはやそれは
苦痛な日々としか考えられなかった。
……このままでいいの？
……また今までみたいに、
干渉しないことを選ぶの？
そんなの……
……絶対イヤッ！
……この状況で私にできる事
……それは……。
数少ない選択肢から一心さんに伝える。
私、見送りに行きます！
無理しないで、美咲さん。
すぐさま届く私を諫めるメッセージ。
……そして
続けて送られてくる、
一心さんの心の深奥。
……でも、僕も会えたら嬉しいよ。
それが、今日最後のメッセージだった。
出掛けのまま玄関に座っていた私は
省電力画面となったスマホを握りしめ
暗闇のディスプレイの向こうにいる
一心さんを思い続けた。
そして、すりガラスから差し込む光が
郷愁を帯びる頃、
履いていた靴を脱ぎ、
重い腰を上げる。
……うん。
……もう一度
一心さんに会いたい。
私は自分の気持ちを再確認したあと
作業のため部屋へ戻り、
自分の机へと向かった。
感情
つづく
