美咲

ボー……






























今日からうちのプロジェクトに配属になった
間木くんだ。

では、間木君。
簡単な自己紹介を。

間木

間木 一心と申します。
未熟者ではございますが、
1日も早く業務に慣れて……

あら、中々のイケメンじゃない?

まあまあかなぁ……。
アタシはもうちょっと遊んでくれそうなのが好きだけど……。

美咲

……。








派手さはないけど整った顔立ち。


清潔感漂う佇まい。





間木さんは男性として、


確かに理想的だった。



















でも、それは普通の女の子から見た場合の話。







自分の中から『恋愛』という言葉を、


とうの昔に捨て去っていた私は


全く興味がなかった。



























そのはずだった。












自分では『冷静な方』だと思っていたのに、


間木さんの申し出には思わず浮かれて、


頭の中が真っ白になってしまった。







間木

ありがとう、美咲さん。

美咲

あ……えっと……その……。

間木

そうだ、連絡先を教えてくれないかな?
SNSとかでもいいんだけど。

美咲

は、はい。
じゃあ、SNSで……。








そして、事もあろうに婚約を受け入れ、


異性とSNSの連絡先を交換してしまったのだ。






いま思うと、実に馬鹿げた話だ。













美咲

…だって、プロポーズしてから、連絡先の交換をしてるのよ?

美咲

普通の神経なら、こんな事できないわ。







午後の業務に戻った私は


手を動かしつつも、


頭の中ではぐるぐると同じ事ばかり考えていた。





美咲

それに、私なんかにプロポーズしてるのよ?

……君

美咲

一体何がしたくて、そんな事するって言うの?

斎藤君。
進捗、どう?

美咲

ハッ!

美咲

あ、はい。
オンスケです。

考え事もいいけど、程々にね。

美咲

はい……。すみません……。






傍から見てどこか上の空だったのだろう。




いつもと違う私の様子に


上司はチクリと刺してきた。




美咲

あー……もう……。
なんでこんな事で悩まなきゃいけないの!?

美咲

何もかも
わからないわ!





美咲

!!











そんな私の心を見透かすように、



スマホにメッセの通知が入る。





美咲

……間木さんからだ。




私は疾風のごとく机上のスマホを手に取り、


数字のロックを解除し始める。








しかし、最後の数字をタップしようとした時、


過去の私が手にブレーキをかけた。


美咲

……もしかしたら、冗談でした、というカミングアウトかもしれない。

美咲

よくある事ね。
今までにもあったし……。

美咲

想定していて損はないわ。



冷静さを取り戻した私は


最後の数字をゆっくりとスワイプした。










間木

お昼は驚かせてゴメンね。





書き出しはこうだった。





どちらとも判断が付かない内容。


おそるおそるスワイプする私の指。



間木

急な話でびっくりしたと思うけど、僕はいたって本気だよ。

美咲

はい、確かにびっくりです。
いまだに信じられません。

間木

でも、美咲さんにとって僕は得体のしれない人間かもしれない。

美咲

そうですね、実に的確な自己診断です。
何を考えているのかさっぱりわからない人です。

間木

そこで、お互いをもっと知るために、土曜か日曜にデートしよう。
一緒に食事なんかどうかな?

美咲

……デートぉ?





メッセージの節々には


間木さんの優しさがにじみ出ている。





しかし、言われ慣れない言葉に


私はスマホに向かってドギマギするばかりだ。




美咲

……デート?

美咲

……デート?

美咲

……デート?

美咲

……いや、そもそも結婚?






































美咲

ハッ!

美咲

チラッ

美咲

もうこんな時間!?





気が付くと時計の針は終業時間をまわっていた。


私は返事を送れぬまま固まっていた。










困惑続きの金曜日。










今日を終われば週末だ。










そう、提案された日はもう目の前だ。










これまで浮いた話のない私は


そもそもデートに行けるような


オシャレな服を持っていない。



美咲

そ、そうだ。
……まず、デートの準備をしないと。




そう思った私は


美咲

映画がいいです。
日曜日にアクション映画を見たいです!





と返していた。


美咲

……暗い映画館なら、センスのない服もあまり見えないはず。

美咲

なぜアクションかって?

美咲

ラブストーリーを見てお互いが変な気になっても困るし、ホラーが怖くて間木さんにしがみついたら恥ずかしいし。

美咲

なにより、この悶々とした気分をスカッとしたい。





目の前に迫る脅威に、


私の頭からはもはや婚約した事実は


すっ飛んでいた。








ただただ週末をやり過ごしたい。


それだけだった。


魅力的な婚約者を相手に、だ。














程なくして、手に持つスマホに


通知が飛んでくる。










間木

いいですね、アクション映画。
僕も見たかったところです。
ぜひ行きましょう。













週末の予定はもう揺るがない。




























噛みしめられない現実




つづく

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