秘密の地下迷路

帰りのHRが終わって、先生が教室を出ていくと、何を置いても携帯を見るようになっていた……。

静香

既読がつかない……。

いつ見ても、私が送ったメッセージは読まれていなかった。

静香

「どあほうが」
の次は、何を入れよう……。

あんまり送ると「重い女」って思われそうだから、送るのは一日一回にしていた。

一日一回にしていても、もう一か月近く経ってるから、30通くらい行ってるんだけどね……。

静香

なんて書こう。
この怒りをどう表現したら、あいつに伝わるのかしら……。

この私の
ほとばしる怒りは……。

聡士

…………。

聡士がこっちに来る。

聡士

……大丈夫か?

聡士が声をかけてきた。

静香

あ?

聡士

すごい顔してるぞ。

静香

生まれつきよ……。

聡士

……そうか。

すっと聡士が引き下がる。

聡士

ん?

聡士に着信があったみたいだ。
ポケットから携帯を出して、その内容を確かめていた。

聡士

静香、経次郎に、既読がついた。

静香

え?

私はあわててアプリを見る。

静香

ホントだ……。

経次郎の名前の下に私が送ったメッセージがあるけど、そこに、さっきまでなかった既読マークが付いていた。

静香

少なくとも
今、ヤツは携帯を持っている。

私は携帯からヤツに電話をかけた。

プルルル プルルル

静香

つながった!

いつもは携帯会社のメッセージが流れるだけなのに、呼び出し音になった。

プルルル プルルル

経次郎

もしもし?

一カ月ぶりに聞く、ヤツの声……。
あんまり聞いてない気がするけど、間違いなくヤツだ。

静香

今、どこにいるのよ。

なんだろう……、ホントは声が聞けて嬉しいんだけど、真っ先にそう言ってしまった。

静香

だって、それが一番知りたいことだし……。

経次郎

地下迷路。オリハルコンの発掘場所には着いたんだ。

のほほんとしたヤツの声。

一か月ぶりに彼女の声を聞いたというのに、なんだその「毎日会ってるよね?」みたいな感じは……。

静香

じゃあ、用事は済んだわね。
早く帰ってきなさいよ。

顔と言い方はナンだけど、それを聞いてまず思ったのが、

静香

それならすぐに
帰ってくるかも……。

という希望的憶測だった。
一瞬だけど、そう思っちゃった自分が悲しい……。

経次郎

無理かも。地底ずっと歩いてたし、すぐには帰れないよ。

静香

すぐに帰ってこなかったら
ただじゃおかないんだから。

また待たされるのかと思ったら、思うよりも先に口からその言葉が出てきた。

意訳すると、「すぐに会いたい」だったかも……。

経次郎

今、どこにいるか、
わからないんだ。

静香

はぁ?

経次郎

父さんともはぐれちゃったし。

のんびりと、ほわほわした口調で言う。
こういう言い方の時は、けっこうまずい。

前世でそうだった……。
危機的状況なのに、笑ってるって、ザラにあった。

静香

はぐれた?
なに? アンタ、
地下迷路で迷ってるわけ?

急に携帯から何も聞こえなくなった。

静香

経次郎、経次郎!
ちょっと、返事しなさい!

静香

無事なの?
返事をしなさい!!

プープー

電話は切れてしまった。

静香

え? 何?
あいつ、ホントに無事なの?

聡士

どうだって?

静香

お父さんとはぐれて、
地下迷路で迷ってるって……。

聡士

え?

瑞穂

大丈夫なの?

瑞穂が後ろを向いて聞いてきた。

静香

わかんないわよ。

静香

あいつの家もわかんないし……。

私はあいつのこと、何も知らない。

聡士

じゃあ、職員室に行こう。

瑞穂

あ、そっか……。

静香

二人が慌てたように教室を出て行ったので、私もついていった。

静香

A組の担任に住所を教えてもらうのかな?

二人は職員室に来ると、田中先生のところに行く。

静香

田中先生、担任じゃないよね?

静香

ん?
田中?

嫌な予感……。

聡士

先生、経次郎がどこにいるかわかりますか?

佐助

知らん。

先生は実験の採点をしているようだった。
面倒くさそうに答えた。

聡士

お父さんとはぐれて、地下迷路にいるそうです。

それを聞いて、急に先生の顔色が変わった。

佐助

何?!慶子は無事なのか?!

聡士

連絡がついたのは経次郎だけです。慶子ちゃんのことはわかりません。

静香

聡士も「慶子ちゃん」なんだ……。

なんなんだよ、こいつらは……。
私のことは呼び捨てにするくせに……。

佐助

あのクソ親父!

先生は職員室中に響く声で怒鳴った。
他の先生たちの手が止まって、こっちを見ていた。

佐助

地下迷路……。
オリハルコンだし……。

先生はそう言って、少し考え込む。

佐助

年休取ってくるから待ってろ!
一か所だけ思い当たる場所がある。

そう言って、先生は教頭先生の席に向かう。

静香

何?

瑞穂

田中先生、経次郎のお兄さんなんだよ

静香

………………。

なんなんだ、あいつはもう……。

静香

田中先生は知ってたのに……。
っていうか教わってる。

どうしてあいつの存在、いままで知らなかったんだ?

近所の観光地に、先生は車で連れて来てくれた。
観光名所には人がたくさんいて、慣れた感じで大きな駐車場に車を停めた。

平日だというのに人が多い観光名所を横目に、目立たない鉄の柵のような門を通り、私有地のような場所に入った。
そのまま奥に行き樹々に囲まれた場所に出た。

ここはひっそりとしている。

静香

すごく緑が綺麗なところだな……。

家の近所とは思えないほど、神秘的な雰囲気だった。
人がいなかったら、確実に舞ってる。

静香

今度、休みの日にひとりで来てみようかな……。

佐助

ちっ

携帯を耳に当てていた先生が舌打ちした。
車を降りて、ずっと携帯を耳に当て、リダイアルしてる。

聡士

誰に電話してるんですか?

それは私も思った。

経次郎にはつながらなかったので、私は携帯をカバンにしまった。

佐助

地下なら、たぶんアイツと一緒だと思うんだがつながんねえんだよ。

静香

誰?

経次郎ではなさそうだ。

それから先生はほんの少し歩いて、小さな穴の前で立ち止る。

静香

なに? ここ……。

草木に隠れて、人がひとり通れるくらいの穴が開いている。

けっこう深そうだ。

柚葉

先生、
ここ、なんですか?

静香

来ると思ったわよ。
神出鬼没だし……。

聡士の隣をしっかりキープしている。

佐助

可能性があるとしたら
ここなんだよな。

私有地もわかりにくかったし、言われなければ確実に見落としてしまう場所だった。

瑞穂

…………。

音楽を聴きながらの瑞穂もいた。

佐助

今はいいが、
授業中はそれやめろよ。

田中先生は形だけ瑞穂に注意をする。

瑞穂

は~い。

瑞穂も形だけの返事。

佐助

慶子のためなら探しに行きたいんだが、道案内がいないと入っても無駄なんだよ。

そう言って、先生はまた携帯を耳に当てる。

聡士

なんですか? それ。
異空間につながるみたいな?

佐助

…………。

先生は答えなかった。

柚葉

真っ暗で、何も見えませんね。

穴を覗きこんで、聡士の彼女がそう言った。

瑞穂

…………。

瑞穂が両方のイヤホンを外した。

瑞穂

聞こえる……。
何人かが、こっちに向かってきてる。

静香

え?

瑞穂

4……、5人かな?

穴の中の音を聞いてみようとしたけど、何も聞こえなかった。

柚葉

あ……。

石が落ちるような音はみんなにも聞こえた。

静香

何か登ってきてる?

だんだんと、何かがこっちに向かっているのがわかった。

佐助

おっ

携帯を耳に当てていた先生が反応した。

佐助

翔、お前、どこにいるんだよ。
慶子は無事なのか?!

携帯に向かって言っている。
相手とつながったらしい。

静香

何かが
昇ってくる?

無事無事
みんな元気だよ!

穴から変な人が出てきた……。

天狗の恰好をしているのに、手には携帯を持っている……。

あれ?

天狗は先生の顔を見た。

佐助

よぉ……。

佐助
お出迎え、ごくろう!

静香

先生の電話の相手?

佐助

お前というヤツは……。

先生は電話を切って、ポケットに携帯を入れた。

静香

経次郎と同じ
仕草だ……。

天叢雲剣

外の光か……。

静香

女の子?

見たことがない女の子が出てきた。
小さくてかわいい感じ。

でも、どこか不思議な雰囲気を持っていた。

そして……

経次郎

あれ?
ここって……。

ヤツが現れた……。

静香

経次郎……。

嬉しかった。
久しぶりに会えたし……。

なんか言わなきゃ。
無事でよかったとか、相手を労わるような……。

静香

お帰りなさい……。

これは正解?
帰ってきたんだから、これでいいよね?

だって、私は彼女だもん。
お帰りなさいだよね?

経次郎

ただいま。

静香

待ってたわよ……。

経次郎

…………。

柚葉

先輩、顔、顔
怖いですよ……。

静香

あ?

え? 怖い?
なんで?

私は経次郎を温かく迎えようと…………、



したけどなんか1か月分の恨みがちょっと顔に出てしまったようだ……。

慶子

外……。

弁慶が顔を出す。

佐助

慶子!
無事だったか!!

そう言って、先生が弁慶を外に引っ張り上げた。

静香

なんか、イメージが……。

違う気がした……。

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