またも迷惑をかけ
実家に戻った私は
高校卒業相当の
資格を得ました。

ないよりは
マシだろうと。

やりたい事は
相変わらず見付からない。

アルバイトして、
辞めて、
またアルバイトして。

実家にいた分、
お金を貯める事は
出来ましたが

古本屋で働けば
『あんなの辞めなさい。汚い。』
辞めたら辞めたで
『家にずっといるの
見られたらどうするの?』

就職活動でも
あれはダメ、これはダメ
ここがいい
これがいいと

全てに口を挟みたがる母に
うんざりでしたが
どこか他人事のように
流せる事も多くなりました。

それでも時に
どうしても喧嘩になるのです。

私の心や体の調子が
良くなってきても
母との蟠りが無くなる事は
残念ながらありませんでした。

すこぶるプライドが高く
母は昔からごめんと
言えません。

空気が読めず
相手の気持ちを考える事も
一切出来ないし
何に対しても誰に対しても
全体的に偏見が強く、
人としてどうなの!?という事や
暴言を平気で吐く

これが1番我慢
出来ませんでした。

また同じことにも、
もう喧嘩にもなりたくない。

私も大概頑固者で
どうしても
分かり合えない、
思い合えない。

父と相談し
再び親元を離れ
上京。

定職につき、
親に頼る事も
もうありませんでした。

母の夢は
いつも壮大で

都合の悪い事は
隠したがり

そして

予想外の出来事を
認めたり
処理が出来ない、

寂しがり屋。

母の事は1番私が
解っているのです。

心配をかけ過ぎた事も
どれだけ傷付けてしまったかも
母がどんな人かも
どれだけ愛されているかも
愛され過ぎてる事も
依存させてしまった事も
不安も。

それでも

母が私を許してくれたように
親子だからといって
全て許す事は
私には出来ませんでした。

一人の人間同士…
親だろうと
子だろうと
合わない事も
許せない事もあるのです。

ここまで来るのに
随分時間が
掛かってしまいました。

やりたい事は
まだ見つかっていません。

出来る事も
まだ解りません。

死ななかっただけ
かもしれないですが、
生きてこれました。

あの時、
母が話を聞いてくれたら

正直、今までに
何度も考えましたが

それでも
やっぱり私は色んな事を
間違えてたんじゃないかな
と思います。

子供の頃、
一歩も反れてはいけないし
一つも間違えてはいけないと
思っていました。

1箇所2箇所3箇所と
崩れていく度
愛されなくなっていく気が
していたのかもしれません。

お手伝いが出来るからなのか
テストで花丸貰ったからなのか

子供には
自分が何故、
愛されているかなんて
わからないし
愛されるための術も
よくわかりません。

だから誰より喜ばせたいのに
折り紙やお絵かきじゃ
喜ばなくなるし
難しいもので。

中々上手く
思った通り行かない。

親子の絆は
一旦ねじれると
もう元の綺麗な状態には
戻りません

戻そうと
上京して数年間
記念日や誕生日など
ずっと祝えなかった事を
一生懸命やったり
なるべく要望に応えるなど
努力もしましたが

結末は
いつも同じ。

私の気持ちなんて
カーペットみたいなもの。

でも
私は母を尊敬していますし
心の底から感謝しています。

もちろん父にも
感謝をしてもしきれません。

出会ってきた様々な
素晴らしい人達にも

多くの友人にも。

こうして毎日
笑っていられるのは
生きているからです。

生かされて来たからです。

恐らく私の人生は
何回回っても黒歴史だらけ
なんでしょうけど

小学校の担任も
中学の教師も
私の過去に
置いてけぼりにされた
可哀想な人。

もう苦しみません。

そして
大人になった今
何の因果か、
ポンっと無職となったので
“何でもやってみる”を
やってみています。

ていうか準備中?


やりたい事見付けて
胸張って
生きていきたい。



それでいつか

分かち合えたら
いいなと思います、

今度こそ
家族で幸せに、、、

ご精読
ありがとうございました!

11月10日
【ライブドア公式ブロガー】
ヘビイチゴ

最終話 一周回ってまだ黒歴史

facebook twitter
pagetop